今はまだ、親友の二人 4

 リタは、二人に見られていたことを認識した瞬間に、絶叫していた。

 だが、取り敢えず今は誤魔化すしかない。折角の計画が台無しにされても困る。幸いにも、右眼には眼帯を着けていることだ。久々のアレを試してみるのも悪くない。


(千年以上ぶりだけど、今の状態の身体でいけるかな……?)


 リタは、時間を稼ぐべく、ノルエルタージュ謹製の結界を発展させた魔法式を展開する。

 ――――部屋の空間座標を隔離空間に再定義、対象空間内の時間観測平面を固定。


 お願い、止まって……! リタは、あまり得意では無い時空結界で部屋の時間を凍結する。


 そして部屋に、完全な無音が訪れる。その空間に存在する全てが、停止――――していなかった。驚いた顔で瞬きをするキリカ。


(“時の埒外に居る者”……ッ! 魔眼の能力!? それとも、まさか干渉力が私より上? いや、それは無い筈――――)


 リタは瞬時に時間凍結を解除した。キリカの違和感が膨らみきる前に、時間が戻ってくる。複雑な構成で、制御の難しい魔法を使用した反動で、若干足元がふらつきそうになる。


 キリカの存在に、思考が沈みそうになるのを必死に堪え、リタは曖昧な笑みを浮かべた。


(仕方が無い……か。最悪の場合は、巻き込んじゃえばいいし)


「えっと、その……。カッコいい、わね?」


 訝し気に首を傾げつつ、キリカの口から出たその下手な慰めの言葉は、リタの胸を抉ることになった。


「ぐはッ……」


 そして、部屋には三人分の笑い声が響いた。




「――――とりあえずさ、エリスには内緒にしといてよね?」


 頬を膨らませながら、部屋着に着替えたリタは二人にそんな言葉を投げる。


「そうだな……。今度また、菓子を作ってくれたらいいぜ?」


 ラキは、ニヤリと笑みを返す。リタは溜息をつきながら頷いた。


「ええ、それは構わないけど。――――聞いたら、エリスさんにも何も言わずに帰ったって言うから、心配して来たのに……。貴方も、ああいう趣味があるのね? ふふ」


 キリカは、口元を抑えながらそう笑う。リタは、恥ずかしさに顔が熱くなる。だが、どうやら彼女は先ほど何が起きたのかを認識はしていなかったようで、とりあえず安堵する。



 暫く、談笑していた三人であったが、ラキが同郷の友人のところに行くと言って席を立った。それを見送ったリタとキリカは、ベッドに座って寛ぐ。


「そう言えば、前から思っていたのだけれど。貴方の部屋着、変わったデザインよね?」


 リタの着用している少し大きめの灰色のパーカーを見ながら、キリカが問いかける。


「うん。だってこれ、特注で作ってもらってるオリジナルだから」


 部屋でも着れて、最悪ちょっと外に出る時にも楽なのだ。これは、以前エポスへの旅路で知り合って以降懇意にしている、マルクティ商会に発注している。これまで、数度の発注を経て、かなり着心地もデザインも改善されてきているように思える。

 冬になる前に、ブレザーの下に着れるようなものも作りたいとリタは思っていた。


「ふうん?」


「着てみる? お嬢様にはあまり似合わないかもしれないけど……」


「う、うん」


 恥ずかしそうに頷いたキリカに、リタは笑みを漏らす。収納から予備のパーカーを取り出すと、キリカに手渡した。一応、一番綺麗なものを選んだつもりだ。臭く無いよね、と心配になって匂いを嗅ぐリタに、キリカは呆れた笑いを漏らした。


 キリカは、制服の上着とシャツを脱いで、椅子に掛ける。キャミソールに似た下着姿のキリカの柔肌には、傷一つ無く、相変わらず綺麗だった。そして、変わらない微かな膨らみ。リタの鼓動は自然に高鳴る。


「ちょっと! 見過ぎじゃない?」


 リタの視線に気付いたのか、胸元を隠すように、キリカが非難の声を上げる。恥じらいの表情も、とても可愛い。


「ごめんごめん。色々相変わらずだなって思って……」


「貴方には言われたくない!」


 キリカは唇を尖らせながら、パーカーに袖を通す。軽く上体を動かしながら、その着心地を確かめているキリカに、リタは声を掛けた。


「どう……?」


「これ、結構いいわね」


「でしょ? 内側はタオルに近い生地にしてるんだ。寝るときはフードが邪魔だけど、ちょっと売店に行くときとか、そのまま出れるし便利だよ」


 そう言って二人は笑い合った。キリカの身長は、ほんの少しリタよりも高い。だが遠目で見れば、殆ど変わらない程度だ。サイズ感もぴったりである。長めの袖から、指先だけが出ているのがポイントだとリタは思っている。


(ちょっとオーバーサイズのグレーパーカーに、綺麗目な黒のスカートと黒タイツ。キリカ……すっごくいい)


「キリカ? ちょっとだけ、寮の中でも散歩しない?」


「どうして?」


「折角だし、お揃いで歩きたいなって」


 そんなリタの言葉に、視線が右往左往しているキリカ。


「ど、どうしようかしら……?」


「喉渇いたし、お茶淹れるのも面倒だし、売店で何か買おうよ。ね?」


 そう言ってリタは立ち上がると、キリカの手を取った。


「しょ、しょうがないわね」


 顔を赤くしながらも、嬉しそうな顔で立ち上がったキリカに、リタは大切な約束を告げる。


「外に出るときはね、フードを被るんだよ? そして、気だるげな目をしながら、両手を前ポケットに突っ込んで歩くの。分かった?」


「えっと、どうして?」


 キリカは首を傾げている。


「そういう作法なの!」


 リタはそう断言した。だが実際は、彼女の前世の知識による、完全な偏見だ。


「流石に私は立場というか、周囲の目が気になるというか――――」


「いいから!」


 リタは快活な笑みで、キリカの腕を取って歩き出した。

 気分の悪さなど、もう感じなかった。



 お揃いの珍しい服で廊下を歩く二人に、周囲からは微笑まし気な視線が向けられる。キリカは、一応リタの言うことを信じたようで、お互いにポケットに両手を突っ込んで腕を組んでいる格好だ。キリカは少し恥ずかしいのか、フードを目深に被っている。


(キリカたん……ギャップも凄くいい……次は猫耳パーカー作ろうそうしよう)


 そんな中、彼女たちの正体に気付いた女子生徒の「まさか、キリカ様……?」という呟きを、二人の耳は捉えていた。リタの右腕に絡んだ、キリカの左腕が強張るのが分かった。横を向けば案の定、赤い顔を隠すように下を向いて歩いている。


 それでも、歩みを止めない親友の姿に、リタは満足感を覚える。売店で軽く買い物を済ませた二人は、リタの部屋に戻った。


 キリカは、どこかぶすっとした表情で、椅子の背もたれに背中を預けて果実水の容器を傾けている。そんな彼女の学院では見られない姿が、とても可笑しくなってリタは笑う。


「何よ?」


「何でもないよ」


 半目のキリカの視線を受け流しつつ、リタは一気に自分の果実水の残りを飲み干すと、ベッドにダイブした。多少はしたないかもしれないが、今更だ。

 キリカは、そんなリタの様子に溜息をつきつつも、パーカーを脱ぐ素振りも見せない。意外と気に入ってくれたようだ。次はもっと可愛いデザインで発注して、彼女にプレゼントするのもいいだろう。


「ねえ、リタ? もし、私の正体が――――」


 何かを言いかけたキリカであったが、はっとした表情でその言葉を止めた。


「うん?」


「ごめんなさい。何でも無いわ。――――そう言えば、もうすぐね武闘大会」


 キリカは、話題を変えるようにそう切り出した。


「そうだね。特戦クラスだっけ? やっとキリカとエリスと同じクラスになれるよ」


「あら? 大した自信ね?」


 そう言って、キリカは笑う。その未来を同じく確信している顔だった。



「――私は、誰にも負けるわけにはいかないからね」


 何処か遠くを見ているような目で、そう話したリタに、キリカは急に親友との距離が開いたような感覚を覚えた。


「そう言えば、前にうちに来た時に、ちゃんと聞いて無かったわね。探し人が居るって話だったけれど、それが、貴方がそこまでの強さを求めた理由?」


「……そうだよ」


 何か悲壮な覚悟を抱えたような表情のリタに、キリカは胸が締め付けられる。自分の感情の正体が何なのかも分からない。だが、何故だか、もっと知りたいと思った。自分にとって彼女が、初めての親友であるように。初めて、自分の言葉を信じてくれた人であるように。


 自分も、親友にとってそんな特別を与えられる存在になりたいと思った。

 思って、しまったのだ。


 だが、自分の口から出たのは、とても浅ましい言葉だった。


「もし、いつか――――。その人と、私が敵対したら、貴方はどうする?」


「――――え?」


 親友の浮かべた表情の正体を、キリカは知っていた。

 何故ならそれは、いつも鏡で見ている自分の顔と、同じ表情だったのだから――――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る