遅めの昼食会

 レオン・デル・シャバノルは、これまでの焦燥を吐き出すように、隣に座る先輩に思いの丈をぶつけた。尊敬する父と自分に誓った決意を。


 最初に剣を取った動機は、父に憧れたからであった。誰よりも貴族としての矜持を大切にし、いつでも領民の為に先頭に立つ父の背中を見て、いつしか自分もと剣を取ったのだ。

 だから自分は、誰よりも強く在りたいと願った。王国最強と呼ばれるシャルロスヴェイン公爵の騎士団をも超え、功績を陛下に認められ陞爵される。そんな夢があった。


 だが、満を持して出場した王都の剣術大会では、シャルロスヴェイン公爵家の令嬢に簡単にあしらわれ、王国一の学院に入学しても注目されるわけでは無い。聞けば、特別試験を潜り抜けた子爵令嬢がとんでもなく強いと聞く。周りは“黄金の剣姫”と“狂犬”、それから変な魔術を使うとかいう魔術師の話題ばかり。それが、どうしても認められなかった。


 今にして思えば、自分はただ、父に認められ、褒めて欲しかっただけなのだ。レオンは隣に座るラルゴと話しながら、なんでこんな簡単なことに気付いて無かったんだろうか、と思う。



 ラルゴもまた、凝り固まってしまったレオンの呪縛を解きほぐすように、優しく諭す。自らが辿った足跡と、未だに色褪せない始まりの景色を思い出しながら。


 いつしか、そんな時間が彼らにとって大切な思い出のひとつに変わる日も来るのかもしれない。

 だが、少なくとも決して長くは無い学生時代において、時間を無駄にすることは許されなかった。


 特にラルゴにとって大切な少女を待たせている状況であったならば、尚更だ――――。

 ラルゴは、臀部についた砂埃を叩きながら立ち上がる。


「腹減ったろ? 一緒に飯でも行こうぜ、レオン」


「俺も……付いて行っていいんですか?」


 レオンもまた、立ち上がりながらそう答えた。今更ながら、レオンの制服はボロボロだ。侯爵家なら金は有り余ってるだろう。……触れないようにしておこう。ラルゴは冷や汗を掻きつつ答える。


「……多分、な?」


「ちょっと! そこは、大丈夫って言ってくださいよ!」


 そんなレオンの声に、ラルゴはおどけた笑みで返した。


「それはお姫様次第だな」


「惚れた弱みってやつですね?」


 えっと? 何故知ってる?

 レオンの言葉に、ラルゴの笑みは凍り付いた。


「――――分かりやすいっすね、?」


「なななな何言ってんだよ! んな訳あるか!」


 これ見よがしに肩をすくめるレオンの頭をひっぱたいたラルゴは、雑に窓を閉めるとさっさと部屋を出ていく。そんな彼の背中もまた、大きいなとレオンは笑みを浮かべて追いかけるのであった。




 王立学院を爽やかな風が吹き抜けていく。

 時刻は完全に昼を回った午後。未だ高い位置にある太陽は、まるで新入生たちの入学を祝うように燦然と輝く。


 学院には、色とりどりの花が咲き誇り、多くの学生たちの笑顔や賑やかな声で溢れている。だが、そんな中において、ただひたすらに呪詛を吐き続ける銀髪の少女が居た。


「お腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いたお腹空いた――――」


 リタの身体は悲鳴を上げていた。最早昼食のことしか考えられない。

 この身体はとにかくエネルギー効率が悪い。魔力のせいなのかよく分からないが、成長期を迎えて更に食欲が増大している気がする。


 訓練場の外のベンチに腰掛けて、その身を抱きしめるように下を向いて震えている少女の姿に、周囲からは訝し気な視線が向けられているがリタは気付かなかった。


「もう限界……」


 そう呟いて、視線を上げたリタの前に、ようやく待ち望んだ人物が現れた。

 ラルゴの斜め後ろには、少し気恥ずかしそうにしているレオンの姿もある。ラルゴは軽く右手を挙げると、謝罪の言葉を発する。


「すまん、遅くなっちまったな。――――それから、おい!」


 ラルゴは後ろにいたレオンの腕を掴むと、前に押し出した。レオンは、少し目を逸らしながらリタに向かって軽く頭を下げる。


「今日は、いきなり絡んですまなかった……」


「あ、うん……別に、いいんだけど……」


 何となく、お互いに気まずい。リタの笑みもきっと引き攣っているだろう。だが今は、とにかくご飯が食べたい。


「ちゃんと頭を下げろ!」


 そう言いながらラルゴがレオンの頭を鷲掴みにして、無理矢理腰を折らせる。


「い、痛いですって兄貴!」


 そんなレオンの悲鳴に、思わずリタは間抜けな呟きがを漏らす。


「あ、兄貴……?」


 そう言えば、慈善学校の男子グループでもそう呼んでるやついたな、とリタはまだ離れて間もない故郷を思い出す。


「意外とラル君って面倒見がいいからね」


 いつの間にか隣に来ていたエリスが、リタにだけ聞こえる声で話す。確かにそうかもしれないな、とリタは思いながら立ち上がった。


 いつもの三人娘に、姉妹の幼馴染と、その舎弟を加えた五人は微妙な距離感で歩き始めた。



 ――――結局のところ、貴族街まで歩く気力の残っていなかったリタの一言により、学院の食堂で昼食を摂ることになった。


 未だに、ぎこちない空気が漂うテーブルを、全く気にすることも無くリタはひたすらに目の前に並んだ食事を咀嚼し嚥下していく。その食欲を始めて目の当たりにしたレオンは若干引き気味だ。


(お腹空いてる時のご飯は何でも美味しいけど、奢りだとまた格別!!)


 寮のご飯も良かったが、また学院の食堂もいい。寮は女子寮ということも配慮されているのであろう。こちらの食堂は教員や男子生徒も利用するとあって、今日のような日に食べたい、味が濃く量の多いメニューもそれなりにある。


(あぁ、この雑な味付けもアリだな~)


 リタは、何とか鶏――名前は忘れた――の足に安っぽい衣をつけて揚げた料理を口に運びながら、そんなことを思う。王都は鶏料理が多いのだ。


(こんなのを摘まみながらお酒でも飲んだら美味しいのかな? 流石にこの見た目で飲んでたら怒られるから、今度こっそりやってみようっと)


 リタは静かにそんな決意を固める。前世では、全く酒の類はダメだった。だが、この肉体はかなり強靭だ。ある程度アルコールにも耐性があるんじゃないだろうか。この世界の酒がアルコールから出来ているのかは知らないが。父さんが飲んでたお酒はそんな匂いだったけど……。ま、飲んでみたら分かるよね。


(エリスに言ったら怒られるし、私の見た目じゃ買えないから……やっぱり、持つべきものは幼馴染ってね。どうせラルゴも隠れて飲んでるでしょ。アイツ見た目は十七くらいだし)


 また、次の楽しみが出来たなとリタは笑みを零すと、空になった皿を重ねて次の皿に手を伸ばした。




 上機嫌で次々に皿を空にしていくリタを尻目に、ラルゴは自己紹介を提案した。やはり年長者が音頭を取らねばならないだろう。

 そうして彼らは、それぞれ簡単に挨拶を済ませる。その最中、ラルゴはキリカの正体に非常に驚いていた。キリカははぐらかしていたが、ラルゴは森で会った少女だということに最初から気付いていたからだ。


 ラルゴから見ても、斜め前で上品に食事をする金髪の少女は非常に美しい。容姿だけで見れば、間違いなく姉妹とお似合いだろうとは思う。おかげで、食堂中の男子生徒から殺気の籠った視線を受け止める羽目になっている訳だが。


(というか、平民って俺だけ……?)


「まさか、噂の“黄金の剣姫”キリカ様と、クリシェ最大の問題児が知り合いだったなんてな……」


 ラルゴは乾いた笑みを漏らす。リタのことだ、決して偶然では無いのだろう。


「ふぁるふぉ? ふぉれってふぉふゆういみ?」


 頬を膨らませて話すリタに、ラルゴは溜息をつく。この後の展開が容易に想像できたためだ。


「お姉ちゃん? 食べながら話さない」


 案の定、エリスの呆れた声がかかった。学習しない奴だ、と思うと同時に、変わらないものがあることに喜びを感じている自分が居たことにも気付いた。


「……兄貴? 何で剣姫だけ様付けなんです?」


 そんなラルゴに、不思議そうな目でレオンが話しかける。


「いや、うん……何となく?」


 ラルゴはレオンの問いをはぐらかすしかなかった。

 流石に後輩の前で、あの時森で見た彼女の印象が強烈過ぎたなんて言い出すことは出来ない。


 そんな多少の葛藤を挟みつつ、食事を終える五人。

 ラルゴは、高級店に比べて遥かに財布に優しかった食堂に、深い感謝を捧げた。




 ――――それから暫くの談笑の後、ラルゴとレオンはシャワーを浴びると言って男子寮に戻っていった。模擬戦をした後だ。本当は先に浴びたかったに違いない。


 その後姿に、リタは何となく羨ましさを覚える。

 自分が決して、前世では手に入れることが出来なかったものだったからだ。


 だが、今は彼女たちがいる。

 大事な妹と、掛け替えのない親友。


 それからきっと、もうすぐ会えるだろう彼女も。


「――――とりあえず、お茶にしよっか?」


 リタは彼女たちの手を取ると、軽い足取りで歩き出す。

 鼻歌を歌うリタに引っ張られながら歩く、二人の足音も弾んでいた。

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