ラルゴとレオン

 一撃必殺とは、正にあの剣と、あの剣術に相応しい言葉だ。

 ラルゴと二人で、馬鹿みたいにひたすらロマンを詰め込んだもの。――――ただ、一撃の為に造られ、その役目を果たし自壊する無銘の刀剣。


 その存在の何と美しいことだろう。


 リタ・アステライトは、自らが生み出した刀剣の最期を見届けながら、感激に浸っていた。なんというロマン、なんという夢。やはり、何度も使える高価な魔導金属で作成しなくてよかった。安価な金属の武骨さが生み出す、後が無い美しさには代えがたい。


「あぁ、素敵……」


 思わず涙を浮かべながら、微笑むリタの呟きにギョッとしてしまうキリカが居たのは仕方が無い事だろう。その呟きは、きっと訓練場の中央で恥ずかしそうに立っている先輩に向けられているのだと思っていたのだから。


 キリカは胸に浮かんだ寂しさを紛らわすように、声に出した。


「え、えぇ……とても、素敵、だったわ……」


 こんな声を出すつもりじゃ無かったのに、とキリカは自己嫌悪を抱く。


「だよね!? あれぞロマン! もっと凄い剣作るから、楽しみにしててね?」


「へ? そうよね……ふふっ。楽しみにしてるわ」


 満面の笑みを浮かべる親友に、キリカもまた心からの笑みを返した。


(よし、さっさと治療だけ済ませて、みんなでご飯行こうっと!)


 リタは、満足そうに頷くと立ち上がろうとした。――――しかし「お姉ちゃん……?」と発しながら右手を掴んだ妹の笑顔に、リタ・アステライトには逃れられない運命を悟った。


「後で、お話しようね?」


「はい……」


 エリスに視線で促されたリタは、肩を落として、立ち上がる。そのまま客席から跳躍し、訓練場に降り立った。幾ら手で押さえても翻るスカートに、男子生徒たちの注目が集まったが、装備された絶対防御障壁短パンに多くの残念そうな溜息が漏れることになった。




 ラルゴは、駆け寄ってきたクラスメイトや、知り合いの生徒たちから称賛の言葉を浴びせられていた。称賛の次は勿論、先ほどの剣と剣技についての質問ラッシュだ。


(こっちは滅茶苦茶手が痛いってのに。早くリタ来ねーかな)


 遠い目をしているラルゴであったが、質問攻めに合うのも理解はできていた。駆け寄ってきた彼らもまた、ひたすらに上を目指す者たちなのだから。だからと言って、答えられないこともある。あの刀剣と使った技については、曖昧に濁すことしか出来なかった。


(そもそも、あの大剣の仕組みは俺もこれっぽっちも知らねーし)


 ラルゴは闘技場の隅に見やる。そこには、レオンに回復魔術を行使する、幼馴染の少女の姿があった。ラルゴの視線に気付いた周囲の者たちは、次第に静かになる。


「行って来いよ!」


 クラスメートの男子生徒が思い切りラルゴの背中を押した。ラルゴが振り返ると、皆が一斉にニヤニヤとした笑みを返す。


「言っとくけど、今日のはお前らが思ってるような事じゃねーぞ!!」


 ラルゴがそう叫んでも、彼らはただ笑みを深くするだけだ。

 ま、誰も信じないだろうがな……。分かってるさ。

 ラルゴはゆっくりと、少女の元へ歩き出した。



 ラルゴが、レオンの前に来た時には、彼の四肢は完全に回復し健やかな顔色を取り戻していた。


「ラルゴ……ごめんね?」


 目を逸らしながらも、軽く頭を下げる幼馴染にラルゴは苦笑いを零す。


「……ああ。今日みたいのは、正直勘弁だぜ?」


「うん、ごめん……」


 そう言って彼女の柔らかく白い手がラルゴの手を握った。途端に感じた暖かさが、ラルゴの傷を癒していく。完全に塞がった傷を見て、少女の手が離れていくのを見届けながら、ラルゴは少し寂しく感じた。


 リタの睫毛は下がり、その視線には何処か落ち着きが無い。そう言えば、彼女から謝られるのは何年ぶりだろうか。ラルゴはその様子にとても微笑ましさを感じた。

 その柔らかそうな銀髪を思い切り撫でまわしたい衝動に駆られるも、そんな勇気は出ない。


「ま、いいってことよ。とりあえず、こいつ起きたら飯行くか」


「ありがと、ラルゴ」


 その儚げな微笑みに、ラルゴはきっとリタには勝てないなと思うのであった。




 ――――それから左程間を置かず、レオンは目を覚ますことになった。


「お、お前は――――!」


 レオンは目の前にいるリタを視界に入れた途端に、悔しそうな表情をするも、流石にこれ以上恥の上塗りをするつもりは無いようで視線を下げる。


「立てるか?」


 そう言ってラルゴは右手を差し出したが、レオンはその手を払って立ち上がると、そのまま走り去っていった。微かに、光るものが宙を舞っている。


「……泣いてた?」


 リタの呟きに、ラルゴは頷く。


「私が行くと、面倒なことになりそうだから、さ……悪いんだけど」


 気まずそうにそう話すリタに、これ以上気に病むなという意味を込めてラルゴは笑みを返す。


「分かってる。ちょっくら行ってくる。――こいつ、頼むぜ」


 ラルゴは、腰に差していた刀身を失った太刀を投げ渡す。


 やれやれ、レオンも世話の焼ける奴だ。……何だか、クリシェの時を思い出すな。ジャックとか元気にしてるだろうか。そんなことを思いながら、ラルゴもまた走り出した。




 暫く走り回ったラルゴは、訓練用の武器などが乱雑に置かれている部屋でレオンを発見した。貴族の令息には余りにも似つかわしくない部屋の隅で、膝に顔を埋めて肩を小刻みに震わせている。


 ラルゴは無言で、窓を開け放って埃っぽい空気を入れ替えると、レオンの隣に腰を下ろした。微かに赤髪が動く。こちらのことは認識しているようだが、特に拒絶されるわけでもない。


 ラルゴは暫く、隣から聞こえる呼吸が落ち着くのを待っていた。


「なあ、新入生? 少し、話でもしないか?」


「話すごど、な゛んて無い゛」


 まだ嗚咽の混じった声で、レオンはそう返す。


「まあ、そう言うなよ。この学院じゃ、お互いに武器を持ってぶつかり合った後は、こうやって腹割って色々話すもんなんだよ。俺たちは、殺し合いをした訳じゃないんだからさ」


 そうかよ、とレオンが返したのを聞いて、ラルゴは微かに笑みを漏らす。


「そういや……お前の双剣、ぶった斬って悪かったな? ――――もしかして滅茶苦茶高かったりすんのか?」


 ラルゴはわざと、おどけたように話す。レオンは顔を埋めたまま「別に」とだけ返した。


「それからさ、もし俺の態度が気に障ったならすまん。……お前の言う通り、俺はただの平民だ。今更遅いとは思うけど、やめろって言うんなら敬語で話すぜ? 後は――――」


 それから暫くの間、ラルゴが一方的に話し、レオンが短く返事をするだけの会話が続いていた。中々、

苦戦する相手だとラルゴも苦笑を嚙み殺す。

 見渡せば、埃っぽい部屋の空気も大分綺麗になったな、とラルゴが益体の無い事を思っていた時であった。ようやく、レオンにも変化が訪れ始めていた。


「――――なんでだよ?」


 急に顔を上げたレオンが、まだ涙に濡れた顔でそう返した。


「あん?」


 思わずいつもの癖で喧嘩腰の返事をしてしまったことをラルゴは後悔した。これは確かに、平民風情と言われても仕方が無い。


「お前のことも、平民風情だって馬鹿にしたし、“狂犬”にも喧嘩売っといてあんなに無様に負けたんだよ。……なのに、なんでだよ? なんでそんな態度取れるんだよ!?」


「……なんかさ、お前見てると昔の俺みたいだなって思ってさ。少し強くなっては増長して、追い抜かされては嫉妬して。そういうの、何となくだけど分かんだよ。ああ、貴族のうんちゃらは分かんねーけどな? それに――――」


「……それに?」


 レオンは訝し気な眼差しをラルゴに向けている。


「お前の剣が、すげー真っすぐだったからな。……それが、焦りだとか、嫉妬とかそんな事で濁って欲しくねーな、って思ったんだよ」


 ラルゴは、レオンの視線を受け止めてそう言った。だが、すぐに吹き出してしまう。自分でも流石にクサすぎたな、と思った。


 レオンはそんなラルゴの言葉に目を見開いていたが、目を逸らすとこう吐き捨てた。


「お前、恥ずかしい奴だな」


 レオンはそっぽを向きつつも、少し頬が緩んでいる。

 その様子に、ラルゴは安堵を覚えながらも、確かに恥ずかしいのには変わりがない。そんな気恥ずかしさを振り払うように、おどけて返した。


「おい、新入生? 一応俺は先輩なんだが……」


「知ってるよ……。はぁ、何だか馬鹿みたいだな、俺……」


 そんなラルゴの言葉に、レオンは気の抜けた笑みを返した。

 数呼吸の後、気合を入れるようにレオンは立ち上がった。そのまま姿勢を正すと思い切り頭を下げる。


「――今日は本当に、すいませんでした!」


 急な変化に一瞬驚いたラルゴであったが、多分レオンは最初からこういう奴だったんだろうなと思う。


「おう、気にすんな! 思い切り試合したんだ。だから後には引きずらねーよ。それがこの学院の掟だ。――――その代わり、剣をぶっ壊したことと、不敬な態度には目をつぶってくれな?」


 ラルゴの笑みに、レオンは恥ずかしそうに頬を掻いた。


「俺の方こそ、今更すいません。ちょっと、色々あっておかしくなってました……けど、なんだかぶちのめされてちょっとスッキリしたみたいです。……ありがとう、ございます」


「ああ。だけどな、今度リタには謝っておけよ?」


 レオンはラルゴの言葉に、もう一度謝罪をしながら頷いた。


「――――なぁ、先輩? 俺が強くなりたかった理由、聞いてくれますか……?」


 もう、“俺様”とは言わなくなった後輩に、ラルゴは力強く頷くと隣の床を叩く。


「勿論だ。汚いところで悪いが、座れよレオン!」

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