剣戟は語る 2

 ラルゴが放った一撃に吹き飛ばされるレオンを見て、客席に座るキリカは瞠目する。


 隣に座る親友は、「行けっ! 殺せ!」などと物騒なことを叫んでいるが、キリカの視線は訓練場の中央に釘付けであった。


 リタの語る通り、ラルゴという先輩の戦いを見る限り、自分やリタのレベルには全く及ばないであろうことは確実だ。それは二人が最初に交錯した時から分かっていた。


 ――――だが、今の一撃はどうだろうか。あの軌道もタイミングも、これ以上ない完璧なものだった。まず常人が見出せる軌道ではない。あれが、努力だけで到達できる領域だと言うのであれば、自分もまだまだ強くなれるはずだ。全く面白い。


 そう、あれは正に、師匠譲りの“鮮烈”な一撃であった。

 惜しむらくは、自分が受ける側に立っていないことだろう。


「勝負あったわね――――」




 ラルゴは駆け出していた。


 初めて、攻めに転じたのだ。リーチはこちらの方が上だ。先ほどの一撃で、若干足元が弱っているレオンでは、中々双剣の間合いに入れないだろうことを見越してである。


「歯ぁ食いしばれ!」


 ラルゴは飛び上がると、担いだ大剣を思い切り振り下ろす。

 上段から思い切り振り下ろされた大剣は、ラルゴの膂力とその重量も相まって凄まじい衝撃をレオンの両腕に伝えていた。どうにか剣を交差させて防いだレオンだったが、双剣を握る手に力が入らないようだ。


 ラルゴは、あえて追撃せずに一旦距離を取ると切先をレオンに向けて笑う。


「おいおい、これくらいでへばった訳じゃねーよな?」


「クソがぁぁぁぁぁあ!!」


 唾をまき散らしながら叫ぶも、その眼はしっかりとラルゴを見据え、距離を保つようにレオンは立ち回る。まだまだ続けるつもりらしい。


「そう来なくっちゃな! 来いよ、新入生ルーキー




 それからの時間は、一方的であった。


 我武者羅に振るわれるレオンの双剣から繰り出させる、四方八方からの斬撃をいなし、躱し、弾く。レオンは既に息が上がっているが、ラルゴの方にはまだ余裕がある。


 だが、レオンは吹き飛ばされようと、何度も立ち上がってくる。まるで昔の自分を見ているようで、微笑ましい気持ちになるラルゴであった。だが、周囲からは下級生を虐めているだけに見えないだろうか。そんなことを心配する余裕まであるのに対し、レオンは必死の形相だ。


 それでも、レオンは絶対に正面から挑んでくる。

 あえて、後ろに隙を見せても、そこは狙わない。


 面白い奴だ。


「悔しいか?」


 斬り結びながら、歯噛みしているレオンにラルゴはそう声を掛ける。自分が想像していたものより、ずっと優しい声が出た。


「うるせぇ! 俺様が、一番じゃなきゃ、いけないんだ! だからさっさと沈めよ、平民が!」


「元気がいいな……。お前、自分より強い奴と戦ったこと、あんまり無いだろ?」


 ラルゴの問い掛けに、一瞬レオンの剣先がブレた。図星か――。

 レオンはラルゴの問い掛けに応えずに、後ろに跳んで距離を取った。肩で息をしている。目に入りそうな汗を拭う間くらいは待ってやってもいいだろう。


「おい、そろそろ降参してくれないか?」


「馬鹿言え! 言わせて見せろよ!」


「いい根性してるな。じゃ、最後まで抗って見せろよ?」


 ラルゴは予想通りのレオンの返答に笑う。だが、こいつには何だか、ここで腐って欲しくないと思った。だから、俺程度の奴に、圧倒的な力で打ちのめされることも必要だろう。


 ラルゴは、大剣の剣身の付け根にある、丸いカバーを外すと、飛び出している小さな金属の突起を押し込んだ。リタ曰く、起動スイッチという奴だ。


『起動シークエンス開始。裁定者に限定解除の許可を申請――――』


 生命力を感じない女性の声が剣から発せられる。


 レオンはその様子に訝し気に首を傾げながらも、再度攻めたててくる。

 そんなレオンの剣をいなしながら、ラルゴはこの剣の制作者に視線を向けた。




 客席に座るリタは、脳内に響いた声に思わず笑みを漏らした。


(ラルゴが、自分からアレを使うなんてね。……殺すつもりは無いみたいだけど。まぁ、ラルゴなら大丈夫かな)


 ようやく見れるのか。ラルゴとああでもないこうでもないと言いながら、折角作り上げたというのに、街中ではまともに性能試験を行うことが出来なかった。丁度広い場所だし、恐らく最悪の事態でも自分が何とか出来る。


「キリカ? よく見ててよね? 私の作ったオモチャの最期を――――」


 そんな意味不明なことを話すリタに、キリカは首を傾げた。

 だが彼女は、すぐにその意味を知ることになる。




 リタが、確かに頷いたのをラルゴは見た。


『裁定者リタ・アステライトによって、全限定解除が許可されました。この刀剣は、術式発動後に自壊します』


 聞こえる音声に、ラルゴは口元を吊り上げる。相変わらず無駄な所に凝ってるな。だが、そんなところも最高だ。この剣を最初に見た時は、ただの武骨な両刃の大剣という印象しかなかった。

 本来の姿は、全く別物だった。小さな噴出音を立てて、大剣の側面から円形の金属部品が射出されると、中に納まっていた金属製の無数のファンブレードが、高速回転を始めた。回転数が上がるにつれて、甲高い音に変わっていく。


『自律変形シークエンスを開始します』


 そんな声が聞こえると共に、大剣が割れた。リタ曰く、変形機構こそロマン、だそうだ。よく意味は分からないが、分厚い両刃の大剣だったものは、徐々にその形を変えていく。


 レオンの剣を弾きながら、変形途中でこんなに衝撃を受けて壊れないよな? とラルゴは冷や汗を掻いていた。

 レオンも流石に貴族といえど、ここまで馬鹿馬鹿しく変形する剣は見たこと無いだろう。目を見開きつつ若干腰が引けているのも仕方が無いとラルゴは苦笑いを漏らす。


 やがて、大剣だったものは、ラルゴの身の丈を超える太刀へと変形を遂げた。刀身の所々から溢れ出すように、黒光りする小さな雷が迸り、ラルゴの両腕に痺れをもたらす。


『電磁加速フィールド展開、仮想鞘を生成します』


 そして太刀を覆うように、まるで鞘のような形の光の線が現れる。刀身は、徐々に赤黒い光を帯びていく。その圧倒的な気配に、レオンが思わず後ずさったのが見えた。


『最終起動シークエンスに移行します。術式発動を続行する場合は、音声認証を行ってください』


 すべての準備が終わったようだ。ラルゴは一呼吸を置いて、レオンに問い掛けを投げた。


「一撃だ――――。次の一撃で、お前は無様に倒れ伏す。……もう一度だけ聞くぞ? 降参するか?」


「するかよ!! してたまるか!!!」


 真っすぐにこちらを見て、双剣を構えたレオンにラルゴは笑みを返した。


「そうかい――――死ぬなよ?」


 ラルゴの言葉に、レオンが唾を飲み込んだのが分かる。雰囲気が変わったのを感じたのだろう。


 そうだ、お前に教えてやるよ。

 俺とリタが生み出した剣、こいつが何のために生まれたのか。

 俺が、何のために強くなりたかったのか。


「我こそは、ただ一刀の為、この身の全てを無銘の劔に変えんと欲す者なり」


 力強く、ラルゴは発した。

 その瞬間に、太刀の握りから茨のような黒い物が伸びて、ラルゴの両手の平を貫通し、絡みつくように湯気を上げて癒着した。かなりの激痛が伴うが、歯を食いしばってラルゴは耐える。

 この太刀を振るうには、人間の握力では不可能だからだ。


 目の前の少年のために、ここまでしてやる義理は無いのかもしれない。

 だが、ラルゴは、そうしたかったのだ。リタも、それを分かってくれたのかは知らないが、使ってもいいと頷いてくれた。


 ラルゴは太刀を腰の位置に構えた。


『認証確認。仮想鞘の空間座標を固定。発動待機状態に移行します――――。マスター、ご武運を』


 太刀を覆う鞘には、凄まじい量の魔素が流れ込んでいる。ラルゴの両手からも、体内の魔力を殆ど吸い取られてしまった。徐々に唸りを上げる刀身から、溢れ出した光が周囲を真紅に染め上げていく。


 こちらを睥睨しているレオンは、いつでも防げるようにと、双剣を交差させて構えた姿勢のまま、まるで置物のように動けないでいる。


「動いたら、死ぬぞ」


 ラルゴは、そう言って、その太刀を仮想鞘から抜き放たんと、全力を込める。


「電磁加速式超音速抜刀術、参ノ型――――瞬閃!!」


 赤黒い閃光を周囲の人間が認識した時には、轟雷が全てを消し飛ばしていた。


 その太刀を抜き放った瞬間に、ラルゴは振り抜いたという結果を手にしていた。身体が軋みを上げている。発動の瞬間に全力で身体強化をしてもこの様だ。


 役目を終えた刀身は、根本を残して消え去っていた。恐らく先端はプラズマ化し、それ以外は自壊したのだろう。黒い煙を上げるその太刀に、ラルゴは深い感慨と、とんでもないものを作ってしまったという複雑な気持ちを抱くのであった。


 レオンが構えていた双剣は、ラルゴの太刀の切先で軽く撫でられただけで、融解していた。レオンが動けなかったのは僥倖であっただろう。レオンはただ、ラルゴの放った斬撃の衝撃波を受け止めるだけで済んだのだから。




 誰もが、レオンが物言わぬ肉塊に成り果てたと想像しただろう。

 だが、リタは幼馴染に人殺しをさせるつもりは無かった。


 念のために、発動の瞬間に障壁を割り込ませていた甲斐もあってか、レオンはくず肉にならず訓練場の崩れた壁に埋まっていた。凄まじい速度で石壁をその身体で砕き割ったため、レオンは意識を喪失しており、手足も折れ曲がってはいるが、息はしているようだ。


 観客席は正に騒然としていたが、壁に埋まるレオンが息をしている気付いたことで、爆発的な歓声に変わる。


(性能評価も完了っと。改善点は結構あるけど、ここまでの性能を発揮できたことは及第点かな? やっぱり変形機構は滅茶苦茶カッコいいな~。私のミストルティンも変形しないかな)


 頬に手を当てて、恍惚とした笑みを浮かべるリタ。

 両隣からキリカの呆れた視線と、妹の鋭い視線が突き刺さっていることには、まだ気付いていなかった。

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