波乱の入学試験 4

 それにしても、とエリスは思う。


 設計理論上の千分の一程度の出力しか出していないにも関わらず、かなりの魔力を持って行かれた。高速詠唱で多少のロスがあるとは言え、である。

 自分の変換効率が悪いのか、姉が異常なのか、それともその両方か。

 この熱核魔法は初めて使ったが、簡単には使えないなと改めて思った。


 数十メートル程のクレーターが空いた地面は、高熱によりガラス化している。姉が以前魔物の群れを蒸発させた際は、直径数キロにも及ぶ巨大なクレーターが出来ていた。今回は範囲も出力も絞っていたとはいえ、まだまだ遠く及ばないのは事実。


武装解除リリース


 エリスはオメガ・アルス・マグナを待機状態に移行させた。展開していた次元武装は光の粒子となって消えていく。


 ――総合戦術複合魔法、オメガ・アルス・マグナは常にエリスの深層領域で起動している。

 普段は最小構成の待機状態にあるが、必要に応じて、局所的な限定解除により高速起動が可能だ。これは過去の出来事から学び、緊急時に小回りの利く構成を模索した結果である。

 勿論、全力戦闘の際には、完全詠唱を以て全機能を臨界起動することで、最大火力を発揮出来る。


 後ろから突き刺さる視線に耐えかねて、とりあえず地面を魔術で整地しようとしていたエリスは、駆け寄る足音に振り返る。

 紫色の髪を振り乱し、走り寄るユミアの姿が目に入る。どんな言葉を、彼女は発するだろうか。エリスは少しだけ身構え、身体が強張るのを感じた。


「エリスちゃん!」


 だが、エリスの目には、ユミアの後方に出現した空間の歪みが映った。


(転移魔術!? お姉ちゃんじゃない!)


「伏せて!」


 エリスはそう叫ぶと、ユミアを守るように即座に障壁を展開した。

 ちょうどエリスの目前に迫っていたユミアも、何事か理解は出来ていなかったが、エリスの剣幕にしゃがみ込むと、頭を守るようにしている。


 現れたのは褐色の肌にグレーの髪の毛、まるで水銀を垂らしたような瞳の女性であった。セミロングの髪の隙間から覗くのは長くとがった耳。年齢は二十代に見えるが、種族的に見た目通りの年齢とは限らないだろう。それに、この場に現れたこと、あの風貌、間違いない。

 ダークエルフの女性は、黒くタイトな服の長いスカートを靡かせながら、こちらに左手を向けている。――その意味は明白だ。


「ほう、先ほどのは貴様だな? なるほど、面白い」


 女はエリスを見据えて低い声を発した。その姿にエリスは障壁を解き、敵意が無いことをアピールした。


「お初にお目にかかります、メルカヴァル様。受験番号六八四、エリス・アステライトと申します」


 そう言いながら、エリスは目の前の人物に一礼した。

 メルカヴァルと呼ばれた女性は鷹揚に頷くと、その左手を下げた。


 彼女こそが、ロゼッタ・ウォルト・メルカヴァル――――。学院の創始者であり、生きる伝説。王国の魔術史を塗り替えた、現代最高の魔術師の一人であった。


「よい。近年稀に見る、面白そうな受験生じゃないか」


 ロゼッタはそう言いながら、笑顔を浮かべる。だが、その瞳は冷たい。少なくとも、教育者の浮かべるべき瞳の色ではない、と思いながらエリスはどう答えるべきか迷う。

 だが、エリスの返答も待たずにロゼッタは続けた。


「早速だがエリスとやら? 今から我と面接と洒落込もうじゃないか。――中々、学院長自らに面接してもらえる受験生などいないぞ?」


 ロゼッタの視線は鋭い。恐らく、断れるものじゃないだろう。元より、断るつもりなど毛頭なかったのであるが。


「分かり、ました」


 エリスは頷く。エリスとロゼッタに挟まれる形となっているユミアは、座り込んだまま状況を把握できず、キョロキョロと周囲を見渡している。


「我の望む返答なら、お前の望みを叶える手伝いをしてやる。だが、そうでないなら、今すぐ消えて貰う。いいな?」


 エリスは、目の前でそう言うロゼッタに、静かに頷いた。

 周囲はざわめき始める。ユミアもどうしたらいいか分からないようで、エリスに助けを求めるような視線を向けるも、二人はそれを無視して続けた。


「では、エリス。――貴様は、学院で何を学び、将来何を成す?」


「学べる全てを学びます。そして、いつしか魔の理の全てを解き明かしてみせます」


 エリスのその答えに静かに頷くロゼッタ。この程度の返答をする生徒なら幾度となく見てきたのだろう。視線は相変わらず鋭いが、エリスはその双眸を真っすぐに見つめる。


「どうして、それを志す?」


 エリスは視線を逸らさずに、自らの誓いを言葉にする。


「大切な人が、生きていたいと思える世界に、変える為です」


 エリスの答えに、ロゼッタの瞳に興味の光が灯る。


「ほう。貴様の事情は知らんし興味は無い。だが、人の生き方を変えるのでなく、一人のために世界を変えると、そう言ったのか?」


 ロゼッタはゆっくりと、その言葉を噛みしめるようにエリスに問いかけた。


「ええ、そうです。それが、どんなに傲慢な願いであろうと」


 エリスの返答に、ロゼッタは目を閉じ、何かを考えている。寂しいだとか、懐かしいといった感情だろうか。不思議な表情をしている。エリスにはよく分からなかったが、少なくとも彼女にとっては、大切なことだったのかもしれない。



 二人の間に流れる異様な雰囲気に、ユミアは涙目で地面を見つめるしかなかった。これは、自分が聞いていてもいいんだろうか……。だが、どうにも脱出できる糸口が見つかりそうにない。



「――そうか。だが、この学院で無くても良かったのではないか?」


 目を開けたロゼッタは、無表情で淡々と問いかけた。


「いえ、王国一の魔術師と名高い、“始源の魔女”メルカヴァル様に教えを乞うことこそ、最短距離だと考えました」


 それに対し、エリスは最初から用意していた答えを出す。


「それだけか?」


「勿論、姉や友人が通うから、というのもありますが……」


「いや、違う。貴様の目的は、それだけでは、そんなものじゃないはずだ。早速だが、一つ教えようエリスよ。魔術師であれば願いは声に出せ。想いには魔力を乗せろ。望みは掴み取れ。――――いいから、本音で話してみろ」


 ロゼッタは、エリスの奥底を覗き込もうとするような強い眼差しでそう言った。少し唇の端が吊り上がっている。


「では、僭越ながら……」


 一度言葉を切ったエリスは、ロゼッタを強く見据えこう発した。


「あなたから、その大層な二つ名と、魔導の玉座を――――しに参りました」


 ロゼッタは口が張り裂ける程の笑みを浮かべた。


「いいぞ! いいぞ、エリス。そうだ、それでいい…………確かに、こんな二つ名も地位もどうでもいいと我は思っている。だがな、貴様は、この名が持つ意味と、ここに立つ事が周囲に及ぼす影響を、本当に理解しているか?」


「ええ、勿論。それでも、その名は、その玉座は、私の姉にこそ相応しい――――」



「そうか。――――例えそうだとしても、その程度じゃ無理だ」


 エリスは突然後ろから聞こえた声に驚愕する。エリスの首元には褐色の肌の手刀が添えられている。


(いつからだ? いつ使った?)


 目の前に居たはずのロゼッタは砂のように崩れ去る。後ろから感じる気配に、エリスは両手を挙げて振り返った。


「お見それしました。――増長していたようです。申し訳ございません」


「世辞はいい。貴様、まだ何か隠しているな?」


「さぁ、どうでしょうか」


 そう言って肩をすくめるエリスに、ロゼッタは微笑んだ。先ほどまでとは雰囲気が変わり、その微笑みは優しかった。


「まぁ、今はいいか」


 ロゼッタはそう呟くとそのまま、肩で風を切りながら、周囲でざわめいていた教師たちの方へ歩き去っていく。教師たちや、在校生であろう生徒たちは慌てて姿勢を正している。


 ……ユミアは、気絶してるんだろうか。いつの間にか地面に倒れ伏していた。


(これで、面接は終了ってことでいいのかな?)


 そんなことを考えているエリスに、ロゼッタは振り返る。



「エリス・アステライト!」


 突然の大声に、驚いて肩が震えるエリス。


「――――合格だ。駆け上がって来い、我の元まで」


「はい! 必ず!」


 そう言ってエリスは、将来の恩師に深く頭を下げた。

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