波乱の入学試験 3
王都グランヴィリア。
その城塞都市の貴族街の外れ。其処には広大な敷地の中に、巨大な建物がいくつも立ち並ぶ一角がある。
王立メルカヴァル魔導戦術学院――その門の前に、アステライト姉妹は手を繋いで立っていた。目の前に佇み大きく口を開ける門と、その先に広がる将来の学び舎を見つめながら。
いよいよ始まる入学試験に、緊張の面持ちを見せる受験生であろう多くの少年少女たち。皆が足早に学科試験の会場に向かい門を通り過ぎていく中、二人は静かに寄り添っていた。
そんな中、貴族の子女であろう多くの人間たちに囲まれながら、金髪の美しい少女が歩いてくる。少女を取り囲む少年少女たちは、何かを口々に金髪の少女に話している。中心にいる少女、キリカの表情には確かに笑みが浮かんでいたが、それはどこか冷たく、決して周囲の人間たちと馴れ合うつもりなど無いのだと主張していた。
キリカは一瞬、視線を姉妹に向けて苦笑いを零す。姉妹はそれに頷くとそれぞれに、学科試験の会場に向かって歩き始めた。
「キリカちゃんも大変そうだね」
エリスは歩きながら、隣を歩くリタに声を掛ける。
「私も大変なことになってるんだけど、大丈夫? ねえ?」
そう言うリタの頭頂部には、一本のペンが突き刺さっていた。エリスが以前王都で購入した魔道具だ。魔力を込めることでインクいらずで書ける優れもの、とエリスは言っていた。だが今は、無惨にも改造され、リタが垂れ流す暴走した魔力を、収束し発散するための装置と化していた。今朝、エリスが思い付きで作ってくれたものだ。
申し訳程度にお団子頭で髪を纏めて誤魔化しているものの、近くで見ればはっきりとペンだと分かる。後はこれが、せめて午後までもってくれることを祈るばかりである。
「でも、気分はマシになったでしょ?」
「うん……お腹と頭は痛いけど、許容範囲かな?」
お腹をさすりながら歩くリタは、すぐに目的地とは別の方向に行こうとする。そんな姉を引きずりながら、ようやく二人は試験会場に到着した。共通学科試験は、学院の講堂で行われるようだ。
その建物の外観は、まるで大きな歌劇団の劇場のようだ、とリタは思った。赤いレンガと木の温もりが調和したような不思議な建築様式である。恐らく、全校生徒での催しなどが行われることもあるのだろう、クリシェではお目にかかれない大きさに威圧されながら中に入る。そしてロビーを抜ければ木製の円形ステージが目に入った。その周囲にはステージを扇形に囲むように段々と設置された多くの椅子と備え付けてある机。机にはそれぞれの受験番号であろう数字が振ってあった。多くの席が同じくらいの年齢の少年少女で埋まっている。
「うげ……めっちゃいるじゃん……」
リタはキョロキョロと周囲を見渡した後、げんなりとした顔で呟く。
「受験生は千三百人弱だよ」
エリスは歩きながら淡々と話す。姉の明らかに田舎者といった言動が少しだけ恥ずかしい。
「え、嘘……受かるのは?」
リタは信じられないと言った顔で訊き返す。
「三百人。入学後の、最初の武闘大会で更に六十人消える」
「……頭、また痛くなってきた」
「ほら、さっさと行くよ?」
エリスはげんなりした顔のリタの手を引いて、自分たちの番号を見つけると席に座った。リタは後ろの方から、「あれってペン?」「ペンだね……」「願掛けかな?」と会話をする少女たちの声が耳に入ったようで、隣で項垂れている。
周囲は暫く年齢相応のざわめきに包まれていたが、学院の教師たちであろう数名がステージに立つと、静まり返った。リタは全然聞いていなかったが、恐らく何らかの注意事項を男性教諭が話している。その後、数十人の生徒であろう制服を着た少年少女たちが問題用紙を配って歩いた。
そうして、三時間に渡る筆記試験が始まった――。
「終わった……色んな意味で終わった……」
学科試験が終わり、喧噪に包まれた講堂にて、リタは机に突っ伏していた。
エリスは隣の姉を見ながら、最早乾いた笑いしか出てこなかった。リタは試験開始から数十分で既に寝息を立てていた。せめて、得意な所だけでもちゃんと解答したと信じたい。
それから姉妹は、今朝購入していたサンドウィッチを校庭で食べ終えると、午後の試験会場に向かう。
「お姉ちゃん、本当に一人で大丈夫?」
「エリス? 私も流石にあんなに大きい訓練場は間違えようが無いって」
「第一だからね、第一」
「はいはい」
そう笑い合うと、姉妹は別々の会場へ向かって歩き始めた。リタは、上級生相手の実戦で戦闘力の試験を受ける。エリスは、魔術の測定試験だ。実戦形式で、自らの対応力や戦闘力をアピールする魔術師もいるが、エリスは単純に面倒くさかったので的相手の出力や規模の測定試験を選択した。
学院の訓練場は巨大である。リタであれば、アニメで見たサッカー場とでも言うだろうか。彼女が前世で生きていたころには、外で実施するスポーツなど存在していなかったのであるが。
第四訓練場に入ったエリスは、その人数に驚く。学院の校風的にも、実戦形式の実技を選択するものが非常に多い。そのため、第一から第三までの訓練場は実戦試験に充てられているのだ。
そんな中で、受験票を提出し順番を待っているエリス。彼女はその容姿から非常に注目を浴びていた。だが、その視線の冷たさに誰も近寄ろうとはしない。そんな中、エリスに声を掛ける者がいた。
「あの、エリスちゃん、ですよね?」
紫色の髪の美しい少女。その青い瞳にはうっすらと涙が浮かんでいるようにも見える。王国では珍しい眼鏡をかけており、以前と異なりその髪は結ばれていたが、忘れようも無い。いつしかエリスが孤児院で出会った少女、ユミアであった。背はエリスよりも高い。体つきもいつの間にか女の子らしい丸みを帯びている。
「久しぶり、ユミアちゃん」
数年ぶりの再会に、エリスは思わず微笑む。だが、自分には無いユミアの胸部の膨らみを見て眉間に皺が寄ったのは仕方が無いと言えるだろう。
「約束……覚えてますか?」
「うん。――だから、お互い頑張ろうね」
最初は少しだけぎこちない少女たちであったが、暫くすれば時間を忘れて会話に熱中していた。
そんな中、ユミアは先に呼ばれ、訓練場の中央に歩いていった。折角だから見学しようかとエリスも近づく。どうやら三人ずつ試験を実施しているようで、訓練場の奥に見える三つの的。そこに向けて魔術を放てばいいようだ。
周囲の受験生たちも、ライバルたちの様子に興味津々な様子で見学している。
ユミアは緊張の面持ちだ。見ているこっちが心配になってくるくらいだ。エリスはいつの間にか拳を握りこんで、彼女を応援している自分に気付いた。
ユミアが選択したのは、水属性の中級魔術だった。地面から湧き上がるように出現した水球が渦を巻きながら的を蹂躙していく。
(まあまあじゃないかな……)
上から目線である自覚はあったが、その魔術は同時に試験を受けている他の二人よりも洗練され、発動も早く感じた。ここまでの他の受験生の様子を全く見ていなかったエリスには、正直どのレベルかまでは判断が付かなかったが、周囲のどよめきを見るにそれなりの結果のようだ。
本人はそれなりに上手くいったという自負があるのか、ユミアは笑顔でエリスの元に駆けてきた。――多分、姉ならこうするかな、と思いながら手のひらをユミアに向ける。一瞬呆けたユミアであったが、笑顔でハイタッチを交わす。そして、少しだけ照れてしまう二人。
悪くないな、とエリスが微笑んだのも束の間。エリスは名を呼ばれ、訓練場の中央へ向かった。
先ほどの生徒たちの様子を見る限り、まず合格は間違い無いだろうと思える。だが、姉のあの様子では、自分くらいは学費免除で合格しないと母に申し訳が立たないだろう。
――――それに、姉はきっと学院でも私と同じくらいの実力しか出さないはずだ。
だから、せめてあの人が少しでも自由でいられるようにしたい。
最初から、どうするかなんて、決めていた。
学費免除だとか、王国一の学院の首席だとか、
「あの、すいません」
エリスは試験官であろう、年配の男性教師に声を掛けた。
「どうしたんだい?」
「私は、一人で試験を受けさせてください」
「うん? どうして?」
教師は首を傾げる。
「あの的じゃ小さすぎます。また、他の受験生も出来るだけ下がっていただかなければ、怪我をしてしまいます」
エリスは淡々と答える。
教師は、さも当然とばかりに言い放つ少女から、少し寒気を感じた。
少女は、一見すればその顔に何の感情も宿してないようにも見えたが、教師は感じ取っていた。その瞳の奥に燃える、覚悟の炎を。
「いいだろう……だが、分かっているね?」
「ええ、勿論」
言外に、生半可なものを見せれば、即不合格と言っているのであろう。エリスは微笑みと共に頷いた。
周囲がざわめいている。
それはそうだろう、とエリスは思う。正直恥ずかしい。
だが、やらなければならない。
――それが、私の道だ。
壁際に集められた受験生たちは、試験場の中央にそびえ立つ巨大な鉄柱と、それに相対する少女を固唾を飲んで見守っていた。鉄柱は教師たちが数人がかりで生み出したものだ。教師たち、そして上級生であろう生徒たちもそわそわした様子を隠せていない。
恐らく、前代未聞と思われる、一人のための実技試験が行われようとしていた。
「それでは、好きなタイミングでどうぞ」
周囲を説得してくれた、先ほどの男性教師はそう言った。その言葉に乗っていた感情は、期待であり、興味であり、畏怖であった。
「はい」
エリスは頷くと鉄柱を見据える。
もう何年も前に覚悟を決めていた彼女は、気だるそうに右手を前に伸ばし、淡々と発した。
「オメガ・アルス・マグナ、局所限定解除――――次元兵装・弐式」
既にオメガ・アルス・マグナという複合魔法は、首飾りという媒体無しに発動できるエリスの固有魔法となっている。エリスの右腕を覆うように、青白く輝く筒状の魔法陣が発現する。
その筒の先から、いくつかの光が回転しながら、まるで照準を合わせるように、円が重なり、鉄柱までの軌道を指し示していく。
これは、人の身で、姉の得意ないくつかの魔法を使うための補助兵装。勿論、まだまだ劣化版でしかないのだが。
ネーミングは仕方が無いから開発者の姉の好きにさせてあげた。少しだけ、後悔している。
(空間障壁の固定化も完了……出力は千分の一くらい、かな? 全く、とんでも無い魔法を生み出したんだから、お姉ちゃんは……)
エリスの右腕から伸びる筒状の魔法陣の先には、魔素が唸りを上げながら収束し眩い光球を生み出す。その熱量と光量が高まるにつれ、周囲の空間は歪み、強烈な暴風が起きる。
周囲の人々はまるで重力が何倍にもなったかのような錯覚を覚えていた。
その光景に、教師でさえ声を発することが出来ない。
そんな魔術など、誰一人として見たことも無かったのだから。
そしてエリスは、魔法名を詠唱する。この程度の的なら、高速詠唱で十分だ。
『
閃光が走った、と認識出来た者はいただろうか。
刹那、巨大な光の柱が立ち昇ると、訓練場の地面ごと融解させ、鉄柱は一瞬で蒸発した。
耳をつんざく轟音が周囲を覆いつくすも、衝撃波は見えない障壁に遮られ、周囲の人間たちを壁に叩きつけるようなことは無かった。熱もまた同じである。
それが彼女のおかげだと認識できるほど、正気を保っていたのは数人ほどだっただろう。
濛々と巻き上がる砂埃を切り裂くように、訓練場の中央に、日の光が差す。
光はまるで、少女だけを照らすスポットライトのように、ただ一条、エリスを輝かせるためだけに存在していた。
いつの日か、ここに居た誰かが、こう語るのだ。
世界で二人目の魔法詠唱者であり、世界で最初に魔法師を名乗った少女が、初めて歴史の表舞台に姿を現したのは、この日だったと――――。
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