波乱の入学試験 5

 それは、何の予兆も無しに訪れた。突如、王立メルカヴァル魔導戦術学院の敷地内から、巨大な光の柱が立ち昇る。敷地内に居た誰しもが、その眩しさに目を閉じ、その轟音に驚愕を覚えていた。


「な、何が起きた!?」


「第四だ! 魔術の試験中だが、あれが魔術だと?」


 周囲が騒がしくなり、皆が第四試験場から立ち昇る砂煙を見上げていたころ、リタは第一訓練場の敷地内で、溜息を吐いていた。


(エリス……壊れちゃった……)


 彼女の手のひらに収まっているのは、金属製のペン型魔道具。余談ではあるが、王国で一般に普及しているのは羽ペンであるが、前世で言う万年筆のような金属軸のものも高価ではあるものの存在していた。

 先ほどまで、リタの頭頂部に突き刺さっていたそれは、エリスの放った魔法と共振を起こし、機能不全に陥っていた。途端に、体内で魔力が渦を巻くような不快感が襲ってくる。


(仕組みは、分かってるんだけど、な。ちょっと、細かい魔力操作は、無理っぽい……)


 リタは自分の頭に回復魔術を掛けると、魔道具の修理は諦め、これ以上気分が悪くならないうちに試験を受けようと歩く。

 だが、目の前に広がっているのは長蛇の列。受験者の多くが実戦試験を選択するためだ。第一から第三までの訓練場がこの試験に充てられており、さらにその訓練場を四分割するように、地面に線が引かれている。その中では、それぞれの受験者が教師に見守られながら、在校生との模擬戦闘に挑んでいる。


 暫く立って、ようやく残り十人程でリタが受験票を受付に提出する番が来ようとしていた時、見知った顔から声を掛けられた。


「久しぶり、リタちゃん。あれ、顔色悪い?」


 其処に居たのは、爽やかな笑顔を向けるミハイルであった。そしてその隣には、目つきの悪い桃色の髪の少女がいる。二人とも、制服の腕には腕章を付けている。彼もまた、試験の手伝いをしているのだろう。エリスが隣に居れば、その立場に立候補した理由を邪推していたに違いない。成長期なのか、また背が伸びているミハイルをリタは見上げながら、気だるそうに返した。


「うん、久しぶり、ミハイル……ごめん、ちょっと、体調悪くって……」


「大丈夫かい? 少し休める場所を探そうか?」


「いや、いい……これ以上悪化する前に、終わらせ、たいから」


 そう言って小さく首を振るリタに、ミハイルの隣にいた少女が声を掛けた。


「ちょっとアナタ? ミハイル様が気を遣ってくださっているのに、何? その態度」


「すいま、せん」


 俯きつつ、とりあえずリタはそう返した。


「おい、マギー? この子は僕の幼馴染なんだ。気にしなくていい」


「ワタクシは気にしますわ! 例え旧知の仲であろうと、学院では先輩と後輩! 何より、学院でも上位の実力者であるミハイル様が、こんなお子様に――」


「マグノリア! 少し黙っていろ」


 少し怒気を孕んだミハイルの声に、マグノリアと呼ばれた少女は小さくなる。だが、その視線はリタを睨みつけていた。リタの後ろに並んでいる他の受験生たちも、何事かと驚いた視線を向けているようだ。リタは思わず吐き出しそうになる溜息を堪える。


「申し訳ありません、ミハイル先輩。――それから、そちらの先輩も……」


 ミハイルの顔を立てるためにも、ここは謝罪せねばなるまい。リタは仕方がなく頭を下げた。


「フン!」


(何この人……)


 マグノリアと呼ばれた少女はそっぽを向いている。よく見ると、身長はリタより少し高いくらいだが、豊満な胸部に、折れそうなほどに細い腰。そのスタイルに、リタは少し苛立ちを覚えた。

 マグノリアの様子に苦笑いを零すミハイルであったが、教師に呼ばれたようで、小さくリタに手を振ると走って行った。


(で、なんでこの人は一緒に行ってないの……?)


 リタは頭痛が更に増した気がしていた。マグノリアは無言でリタを睨みつけている。

 前の列が進んだため、動こうとしない彼女の横を抜けようとリタは歩みを進める。


「おい、調子に乗ってんじゃねーぞ。――てめえごときが、ミハイル様のご寵愛を受けようだなんて、許されるわけがねーんだよ。潰してやる」


 丁度、彼女の横を通り過ぎようとした時、リタの耳元にマグノリアの低い声が響いた。言葉遣いも変わり、そう言うマグノリアの視線は鋭い。ミハイルの前では猫を被っているのかもしれない。

 リタは足を止めて、横で睨みつけるマグノリアに、恐る恐る返した。


「ミハイル――先輩は、ただの、幼馴染で、特に、何もありません。――もう、行っても、いいです、か?」


 リタの返答が気に入らなかったらしい。マグノリアは顔を真っ赤にして「ふざけるな」と吐き捨てると受付の方に去って行った。


(本当に頭痛い……でも、ミハイルって、やっぱモテるんだね……)


 面倒なことにならないといいが――そう考えるリタの期待はすぐに裏切られることになる。




「君が、リタ・アステライト君か……」


 何処かバツの悪そうな顔で、リタの受験票を読み上げた受付の男子生徒はそう言った。何か変なところがあっただろうか。だが、とにかく早く試験を受けてエリスに魔道具を修理してもらいたい。


「あ、あの、何か……?」


「い、いや、何でもない。――だが、君は特別試験だ」


「特別、試験?」


「ああ、試験担当の生徒からの要請でね。……だから済まない。準備が終わるまで少し待っててくれ」


 そう言う男子生徒の声にリタはがっくりと項垂れた。



 リタは訓練場の壁に背を預け、地面に座り込んでいた。

 四つに区切られて試験が実施されていた訓練場だが、それぞれが終わっても次の試験が始まらない。それを疑問に思っていた時、リタの名前が呼ばれた。


 首を傾げながら、ふらつく足取りで訓練場の中央に向かうリタ。監督官であろう教師と、その隣で仁王立ちで待つ、帯剣した桃色の髪の少女を認識し、思わずため息を吐いた。


(最悪……)


「リタ・アステライトです」


「アナタの相手は、ワタクシ、マグノリア・ステインレーブルが務めます。異論はありませんわね?」


「はい……」


 わざわざこの女は私に恥をかかせるために、こんな真似をしてくれたのか。全く、頭が痛い。


「それでは、一応説明する。勿論相手の殺害や後遺症が残る程度の攻撃は禁止だが、基本的には何でもありだ。特別試験につき、時間制限なし、会場は訓練場の全敷地とする。試験終了は相手が参ったと言うまでだ。その代わり、受験生が勝利した際は試験の合格と学費の全額免除を約束しよう。勿論、敗北の際も内容に応じて実技試験の点数として加点されるから、内容が良ければ通常の合格も可能だ。いいね?」


 確認するように、男性教師がリタに告げる。


「それから、受験票にも記載されている通り、受験生は指定された武器のみ使用可能とする。必要に応じて選びたまえ」


 リタは、頷くと近くに置かれた一本の長剣を手に取った。粗雑な造りだ。体調が悪いのもあるが、まともに使えそうに無い。エリスは間に合わなかったか……自分の試験が終わったら来てくれると思っていたが。


 尚、その頃エリスは、目を覚ましたユミアに詰め寄られながら、必死で地面を整地していた。


 リタは数回深呼吸をして、少しでも体内で荒れ狂う魔力を抑えようとするが上手くいかない。その様子を緊張と捉えたのか、マグノリアの顔には嘲笑が浮かんでいる。


 試験開始はブザーが鳴るようだ。男性教師はそそくさと去って行った。


「先ほどは、よくも恥をかかせてくれましたわね? 一応聞いてあげますわ。アナタ、入学の目的は?」


「回復、術師を、志して、います……」


「では、ワタクシが今からそれを踏みにじって差し上げます」


 そう言ってマグノリアは笑った。

 リタは身体の不調から、特にその言葉に感情を想起されることは無かった。無表情で頷く。だが、マグノリアはそんなリタの様子が気に入らないようだ。舌打ちすると抜剣し、切先をリタの顔面に向けた。


「その憎たらしい顔、ぐちゃぐちゃにしてやるからな!」


 受験生や他の試験官や教師たちは、訓練場に備え付けられた客席で見学している。マグノリアの声は聞こえないだろう。


 リタは、マグノリアの声に応えるもの億劫で、無言で剣を構えた。

 そして、試験開始を告げるブザーが、第一訓練場に鳴り響いた――――。

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