閑話:エリスの孤児院訪問

 リタとシャルロスヴェイン家の屋敷で別れた家族三人は、両親の出身である孤児院に向けて馬車で移動していた。だらしなく服を着崩したクロードは、同じくだらしなさを絵にかいたような姿勢で座席にもたれている。


 シャルロスヴェイン公爵との会話は彼にとっては非常に疲れるものであった。しかしながら、貴族社会に疎い彼であっても、公爵の態度を見る限りは自分の応対は問題なかったと認識していた。

 そして、娘たちを通じてではあるが、公爵家と知己を得られたのはいつしか役に立つ時が来るかもしれない。貴族同士のいざこざなんて真っ平御免な彼にとって、そんな時は来ない方がいいのは事実であるが。


「お姉ちゃん、大丈夫かな……」


 エリスは車窓から流れる景色を横目に、小さく呟いた。


 きっとキリカと名乗った公爵令嬢と仲良く遊ぶのだろう。もしくは、彼女たちのことだから模擬戦でもするのかもしれない。キリカの所作を見ていれば分かるが、恐らく自分と同じ程度には戦えるんだろう。


 姉が楽しいのは嬉しいし、いいことだとは思う。

 しかし、何故だかよく分からないが、胸がもやもやする。


(はぁ、私もお友達作ろうかな、いい加減)


 そんな気持ちを抱いていることが少し悔しくなったエリスは、そう決意するのであった。



 馬車に揺られること数刻。到着したのは、王都最大の教会であった。


 しかし、目的地は教会ではない。併設された孤児院である。西方戦役の時には多くの戦争孤児を抱えていたと聞くが、今は平和を享受できている王国である。幸いにもそこまで孤児の数は多く無いようだ。しかし、どうしても冒険者や行商人の両親を持ち、亡くしてしまった子たちが絶えることは無い。


 気後れしそうになるほどの大きさと、美しい白亜の外壁の教会を横目に、一行は奥に進む。そこにあったのは、クリシェの孤児院の数倍はあろうかという大きさの施設であった。



 両親は、出迎えてくれたふくよかな女性と何事か笑顔で会話を交わしている。きっと旧知の仲なのであろう。エリスは、中々その会話に入る糸口を見いだせず、周囲をつまらなさそうに見渡す。


 そんな時、エリスは玄関からこちらを覗いている影を見つける。

 どうやら、同い年くらいの女の子のようだ。こちらを見つめて、何処か驚いたような目をしている。肩くらいで切りそろえられた紫色の髪に、青色の大きな瞳の可愛らしい少女だった。

 女の子は、エリスと目が合うと、さっと扉の陰に隠れてしまった。エリスは、私と同じで人見知りなのか、と少しだけ気が楽になった。




 その後、両親は断ろうとする女性を押し切り、持って来ていた袋一杯の金貨を寄付すると、大広間で子供たちに冒険譚などを聞かせていた。

 両親は孤児院出身で冒険者として名を上げ、貴族になったということもあって、子供たちからは憧れの存在であるらしい。そんな両親の姿を、エリスは少しだけ誇らしく思った。クロードは上機嫌に過去の冒険を面白おかしく話している。時折、子供たちからは悲鳴や笑い声が上がっている。


 最初こそ、リィナの隣に座っていたエリスであったが、いい加減飽きてきた。

 恐らくシスターであろう最初の女性に視線で許可をもらうと、広間の隅にある本棚から、適当に本を拝借し隅の方で座って読み始める。


 そのまま暫く、両親と孤児たちの輪から離れて、王都の歴史書に没頭していたエリス。


(あ、こんなだから友達いないのか、私……)


 思わず、事実に気付いてしまったエリスは本から顔を上げた。

 すると正面には、先ほどの紫色の髪の少女の顔があった。


 お互い人見知りだからか分からないが、思わず後ずさってしまう二人。


「え、えっと、何か、用ですか?」


 エリスは、相手の歳も分からないし、どう対応していいかも分からない。丁寧に、優しく話したつもりだったが、どうだろうか。


「あ、あの! クロード様とリィナ様のお嬢様、ですよね?」


 目の前の少女は、意を決したように切り出した。


「ええ、そうですが……」


「本、好きなんですか?」


 少しだけ、少女の目が輝いているような気がする。


「本ですか? ……そう、ですね。家でも良く読んでいます」


「実は、私も本が好きなんです! でも、孤児院の他の皆は全然本に興味が無くて、寂しいなっていつも思ってて。そうしたら、あの、あなたがすごく真剣に本を読んでるから。もしかしたら、私と同じで、本が好きなのかなって気になって――――って、ごめんなさい! 私なんかが話かけて、迷惑でした、よね……」


「あ、いえ、全然、迷惑なんかじゃ、ないです」


「ほ、本当ですか? 私、貴族のお嬢様って初めてだったから、緊張しちゃってて。……あの、エリス様とお呼びしてもいいですか?」


「貴族なのは両親だけですので、様付けは不要ですよ?」


 そう言ってエリスは微笑んだ。何だか目の前の少女の慌てようというか、コロコロ変わる表情を見ていると少しだけ落ち着いてきた。


「じゃ、エリスちゃん? 私はユミアっていいます」


「ユミアさん?」


「もっと気軽に呼び捨てで構いませんよ?」


「え、えっと、流石にちょっと。ユ、ユミア……ちゃん?」


「はい、そうですよ! ――――出来れば、私とお友達になってくれると嬉しいです」


 ユミアはそう言ってはにかんだ笑みを見せた。


「――――ッ、も、勿論。……喜んで」


 一瞬驚いた顔をしていたエリスであったが、途端に花が咲いたような笑顔をユミアに向けた。まるで、エリス自体が光を発しているかのような、眩しい微笑みだった。


 思わず頬を赤く染めて、視線を逸らしたユミア。


「エリスちゃんはおいくつですか?」


「もうすぐ十歳です」


「私と一緒ですね――――」


 そんな会話を交わしている二人を、リィナは遠くから見守っていた。エリスは人見知りで、基本的に自発的に外に出るようなことがない。だから、同年代の女の子と話しているところをリィナは殆ど見たことが無かったのだ。思わず頬が緩んでしまったのは仕方が無いことだろう。初々しく、頬を赤く染めて笑い合う彼女たちの姿に、温かい気持ちを抱いた。



 そして、夕日が大広間を橙色に染め上げるころ、別れの時間となった。両親に連れられて、玄関の外に出るエリス。玄関の前では、多くの子供たちが、憧れの眼差しで両親に手を振っている。


 そんな中、ユミアが小走りで走ってきた。


「エリスちゃん、さっきの約束、忘れないでくださいね? 私もお勉強、頑張りますから!」


「うん。――三年後、学院で」


 そう言って彼女たちは小さく手を振り合う。

 アステライト家の三人の姿が見えなくなるまで、ずっとユミアは手を振り続けていた。




「来てよかったわね、エリス?」


 並んで歩きながら、リィナは足取りの軽い娘に声を掛けた。


「うん」


 短く返事をしたエリスの横顔は、夕日より赤く、眩しい微笑みに彩られていた。

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