同じ気持ちを抱いて
「そろそろ、寝ましょうか? 明日は早起きしてよね?」
「え、もしかしてキリカ、私が朝が弱いとでも思ってるの?」
「違うの?」
「い、いや~、違いませんけれども……」
そう言いながらキリカはベッドに向かう。
「何してるの? 早く来たら?」
「え、え~っと、私はソファでもいいかな~、なんて……」
「どうして? 貴方も言った通り、そこそこ大きいわよ? このベッド」
「そ、ソウデスネ……」
挙動不審な親友の様子にキリカは首を傾げる。先ほどから、少し様子がおかしい気がする。何かを逡巡するような間を空けて、リタはおずおずとベッドに向かう。
「もしかして、今更遠慮してるの?」
「ううん、そういう訳じゃないんだけどね。なんか緊張しちゃって……」
リタのその発言に、何故か顔を赤くしてしまうキリカ。
少しの間無言が続く。
「…………ちょ、ちょっと、貴方が変なこと言うから私も何だか緊張してきちゃったじゃない」
「ごめん、家族以外と一緒に寝るのが初めてだったから……」
「それは私もよ。……は、早く来なさい」
そんなぎこちない会話を交わしながら、リタは思わず強張る手足を無理やりベッドに向かわせる。
とりあえず、ベッドの上に到達することには成功した。キリカと視線を合わせることが出来ない。上体を起こしたまま硬直しているリタ。
そんなリタの様子には気付かず、キリカは照明を落とした。
静寂と暗闇が部屋を満たす。
リタはゆっくりとベッドに仰向けで横たわった。自分の家とはレベルの違うふかふかした感触に、思わず可笑しくなる。流石に枕に顔を埋めて匂いを嗅ぐのは自重したが、薄い布団を掛けただけでも、キリカの香りに包まれているような気分になる。
左側でベッドが沈み込むような動きを感じ、キリカが寝転がったのが分かる。
「おやすみ、リタ」
恐らく、リタとは反対の方を向いているのだろう。少しだけ距離を感じる声が響いた。
「おやすみ、キリカ」
リタもまた、視線を向けることも無く、そう答えた。
それから暫く、天井を見上げていたリタ。
やはり、彼女は
自分がそう思い込みたくて、共通点を探しているだけかもしれない。
彼女は、オリヴィアの名前自体には特に何も感じていない様子だった気がする。その眼に映っていたのは、単純な憧れや目標といった感情。
だが、彼女の言う前世の記憶がどれほどのものか分からないし、以前のやり取りの様子を考えるとあまり気軽に聞けないな、と思う。もしかしたら全力で魔法で解析を行えば、分かるかもしれないが、その時彼女がそうじゃなかったとすれば、彼女には余計な厄介ごとの種を植え付けるだけになってしまうし、彼女を傷つけてしまうのかもしれない。
それに、その結果がどうであれ、彼女が自分にとって大切な存在であることには変わりがない。だったら、少なくとも今は、それで十分じゃないか。そう無理やり自分を納得させた。
リタとは反対の方を向いて、キリカは既視感の正体を探っていた。
先ほど見たリタの魔眼の輝き。
六年前に見た時とは、全く異なるあの輝きを、何処かで見たことがあるような気がしたのだ。
それはきっと遥か昔。その時に見た瞳の色とは違っていたが、同じような模様が強く煌めいていた。そしてその光が、涙に変わっていったのを知っている。
そして何より、夢で見たあんなに美しい魔力の煌めきを、理を覆すほどの魔法を忘れることは無い。
彼女には、何処かそれに通じる何かがあるような、そんな引っ掛かりを覚えた。
――――まさか、ね。
二人は同時に溜息をついた。
そのあと、同時に笑う。
「なんだ、まだ起きてたのね、リタ」
「うん、眠れなくてさ」
少しだけ、沈黙が流れる。
「そう言えば、聞かないの? ――――私の魔眼のこと」
キリカは寝返りを打って、リタの横顔を見つめると、静かに、そう切り出した。
「うーん。とりあえず今は、別にいいかな?」
リタは上を見上げながら、そう答えた。何処かぶっきらぼうで、何かの感情を押し殺したような顔で。
「そう……まだ、一度もちゃんと使えたことが無いの」
キリカは、少し悔しそうにそう言った。
(私みたいな異物ならともかく、あの力は、キリカみたいな子に宿ってはいけない類のものだ。)
過ぎた力は、必ず厄介ごとを招くだろう。彼女にはもっと穏やかで幸せな生き方をして欲しいのが本音だ。剣聖を目指すと彼女が言った時点で、それが難しいことは百も承知ではあるが。
「うん、凄い力を感じたよ」
思い返しても、あんな悍ましい気配を放つものが、果たしてまともなものであろうか。そんな訳は無いだろう。使おうとするだけで意識が飛ぶような代物だ。恐らくかなり強力な力を持っているに違いない。
「そうね、多分、あの力も全て使いこなせないと、私じゃ剣聖には届かない」
リタの右眼に宿るイデアの魔眼は、今となっては本物の魔眼であった。前世で長い間使い続けていたためか、魂に刻み込まれたのかは分からないが、この身体に生まれた瞬間から共に在る。自惚れる訳では無いが、この世界に無い、地球の理も加味して作り上げた前世の最高傑作だ。その右眼が分からないというのだから、きっと異常なモノだろう。
もし本当に神がいるのなら、きっと彼女は神に愛されすぎている。もしくは、神に憎まれて過ぎているのかもしれない。ふとそんな考えがリタの頭を過った。
けれど、きっといつか、彼女はあの力を使うだろう。
彼女の本当の望みを、叶えるために。
「いつか、見せてくれるんでしょ?」
リタも寝返りを打って、キリカの方を見つめる。
「ええ、必ず」
そんな親友の姿に、キリカは強く頷いた。
それは、覚悟であり――――リタと同じ種類の、もう一つの感情だった。
リタはキリカが頷いた瞬間に、背筋に寒気が走ったのを感じた。
その時は――――きっと、どちらかが死ぬ時だ。
そんな漠然とした予感が、過ったのだ。
悪い想像を振り払うようにリタは頭を振る。
そして優しく、目の前の少女に告げた。
「ねえ、キリカ?」
「何?」
リタはキリカの手を握って、その瞳を見つめる。
「君にはいつか、――私の秘密も話すよ」
そんなリタの様子に、キリカは小さく笑う。
「期待しているわ。貴方のことだから、とんでもない話なんでしょう?」
「どうだろうね?」
くすくすと、小さく笑い合う二人。
そんな時、ふぁと可愛らしい欠伸をしたキリカ。彼女の少し潤んだ瞳をリタは右手の親指でそっと拭い、頬に落ちた柔らかな髪を払う。
「おやすみ、キリカ」
「うん、今度こそおやすみ、リタ」
二人分の穏やかな寝息が、部屋を満たすまでに、それほどの時間はかからなかった。
その夜、リタは珍しい夢を見た。
真っ白な空間にいるのは、美しい一人の少女。
自分よりも少し年上だろう。
真っ白なストレートのロングヘアに、明るく輝くレモンイエローの瞳。
あぁ、そう言えばこんな姿を、誰かに願った時もあったな、とリタはぼんやりと思う。
少女は、寂しげに微笑む。
そして確かに、リタに何かを告げたのだ。
しかし、目が覚めた時には、リタは全て忘れていた。
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