城塞都市と黄金の少女 2

 姉妹は宿の前の広場を抜け、宿の近くに流れる小川を橋の上から眺めていた。穏やかな流れに反射する太陽は、少しずつ赤くなろうとしている。


「結構、王都っていい雰囲気じゃない? 学院に通うのが楽しみになってきた」


 リタの両手には広場で購入した大量の食べ物の袋がぶら下がっている。


「さっきから食べてばっかりじゃん、お姉ちゃんは……晩御飯大丈夫?」


「それは余裕です」


 笑顔を浮かべながら、次々と口に放り込むリタに呆れた視線を向けるエリス。周囲の視線が恥ずかしい。確かに、見目麗しい姉妹に振り返る人々は多いが、それ以上に小さな身体に次々と食料を収めていくリタに驚愕の視線が集まっていたのは間違いないだろう。


「ふぅ」


 満足したのか、購入した全てを胃に収めたリタは、近くの屑入れに残った包装を投げ入れる。


「もう、もっと上品に振る舞えないの?」


 リタは少しげんなりとした表情をしている。案の定、口元には先ほど頬張っていた串焼きのソースが付着している。エリスは溜息をつきながら、ポケットから取り出したハンカチで姉の口元を拭う。


 少しの間、低めの欄干に腰掛けるように、姉妹は静かに橋の上で行き交う人々を眺めていた。クリシェでは中々お目にかかれないエルフやドワーフなどの他種族の姿もある。失礼にならないようにその姿を眺めながらも、二人は興味深く街の様子を眺めていた。


「エルフ、ドワーフ、あ、あれダークエルフ? 獣人も結構いるんだ……」


「お姉ちゃん、ちょっと声が大きい」


「ごめん、王都ってやっぱ都会だな~」


「それはそうだけど、エルファスティアの方はもっと他種族の比率が多いんだって」


 へぇ、とリタはエリスの知識に舌を巻く。殆どの時間を共に過ごしているにもかかわらず、エリスの方が世間一般の常識にとても詳しい。やはり、本の虫は違うな、とリタは思った。


「そういえば明日って、何するんだったっけ?」


「もう忘れたの? 明日は予備日だよ。途中でトラブルがあったらいけないから、長めの移動時間を取ってたじゃん」


「あ、そうだった。じゃあ明日はみんなで観光かな? エリスどこ行きたい?」


「王立図書館!」


 エリスは笑顔だが、リタは遠い目をしている。……やっぱり本か。前世で凶器のような本に囲まれた生活をしていた反動なのか、少女の精神に浸食されたのかは分からないが、リタは転生してから書物とは相性が悪かった。娯楽小説ならまだしも、特に小難しい理論書などは目に入れたくもない。


 そんな中、貴族街へ向かう一台の馬車が目に入った。アレクの乗っていた馬車に負けず劣らず豪奢な造りだ。大きく翼を広げた雄々しい鳥と大剣の紋章が描かれている。きっと大貴族とかが乗っているんだろうな、とリタは思った。


 四頭の美しい馬が引く、黒と赤の車体。所々に金で縁取られた飾りが、日の光を反射する。特にリタが目を引き付けられたのは、馬車に取り付けられたモチーフであった。馬車前方の屋根に取り付けられた、紋章を模したであろう金色の彫刻は、その精緻さと美しさに驚かされる。


(本物のお金持ちはレベルが違うな……あの彫刻だけでも売ったら数年暮らせるんじゃない?)



 ほぇー、と間抜けな声を上げている姉を横目に、エリスはその馬車が通り過ぎるのを眺めていた。しかし、その馬車は姉妹の前を通り過ぎたところで、急停車した。


(はぁ、次は何?)


 エリスはリタをひと睨みすると、次は何が起きるのかとげんなりした。まさか、下らない三文小説のように私たち姉妹に目を付けた大貴族に声を掛けられたりするんだろうか。


 急停車した馬車の扉が、乱暴に開け放たれた音がする。あいにく扉は反対側のようで、様子は見えない。馬車の窓も黒く染められた硝子がはめ込まれており、外からは覗けないようになっている。誰かが、飛び降りた音がした。馬車の車体の下から見えたのは小さい足元。


(子供?)


「お嬢様!?」


 馬車の中から放たれたのであろう、困惑した野太い声が響いた。


 周囲の人々も、何事かと足を止めている。


 馬車の下から覗く小さな両足は、勢いよく駆け出し、馬車の陰からその姿を現した。

 足先は姉の方を向いている。


 エリスは、一瞬リタを庇うかどうか迷ったが、どうやらその必要は無いようだ。

 一目で、それが誰であるのかを認識した。


 エリスの目に映ったのは、まさに黄金であった。


 赤く染まりつつあった太陽を浴びて金色に輝く美しい髪と、強烈な印象を残すであろう真紅の瞳。

 神秘的な美しさを持ちながらも、生命力に満ち溢れた少女。

 上品な朱色のドレスを身に纏い、脱げる靴も気にせず走る。両目に涙を溜め、微笑みながら。


 姉もまた、その姿に目を見開いていたが、徐々にその顔は笑顔に染まる。


「リタッ!」


「キリカ!」


 そして、キリカは、両手を広げそのままリタの胸に向かって飛び込んでいく。


 ここが橋の上で無ければ、美しい光景であっただろう。

 もしくは、もう少し欄干が高ければ良かったのだろう。


 それはきっと、感動的な再会の場面であったはずだ。


 しかし――――


「ちょっ!? キリ――ぐえっ」


 キリカの勢いは、リタの想像を遥かに超えていた。そうして、二人は抱き合いながら川へ落下していった。



 盛大な水しぶきを上げて、落下した二人を周囲の人々は困惑の視線で見ている。エリスは最早溜息をつくことも忘れて、茫然としていた。


(お姉ちゃんの親友なだけはあるな)


 妙な納得感を覚えてしまうエリスであった。


「な、何が起きた!?」


 馬車から走ってきた大男が慌てた表情で小川をのぞき込んでいる。


 川の中央にはずぶ濡れで笑い合う二人の少女。額を合わせた二人の、金銀の濡れた髪の毛は絡み合うように下流で一つになり、夕日を浴びて輝く。


 エリスはその光景を見て、純粋に美しいと感じた。そして同時に、羨ましいな、とも。

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