城塞都市と黄金の少女 1

 時刻は昼を少しだけ過ぎた頃。ついに、一行は王都グランヴィリアを目前にしていた。


 草原を横切るように流れる河川に架けられた大きな石造りの橋を、馬車は進んでいく。


 遠目に見えてくるのは、地の果てまで続くのかと錯覚せんばかりに都市を囲む王都の外壁と、巨大な門の前に並ぶ長蛇の列。


 王都グランヴィリアは、小高い土地に築城された巨大な王城とそれを囲む貴族街を中心に、大きく城下町が広がる、大陸有数の大都市である。特に二重の堅牢な城壁に囲まれる王城は、建国以来三百年、何人たりとも侵すを叶わずと言わしめるものだ。


 元々は交通の要所かつ軍事拠点であり、王城の背後には大きな山がそびえている。建国から百年前の大戦に際し、この城塞都市が果たした役割は計り知れず、数多の英傑たちの逸話に事欠かないとはエリス談である。彼女もまた、王都にはある種の憧れを描いているのかもしれない。


 近づくにつれ、その迫力を増していく外壁は圧巻であった。石造りで高くそびえ、その影を大きく伸ばす。外壁の上には、恐らく攻防で使われるであろう胸壁や櫓が並び、その光景にリタは胸を熱くする。魔術が無ければ、この国の文明レベルではとても成しえない規模の建築だろうとリタは思った。


「でっか!」


 馬車の窓から身を乗り出し、ひたすらに上を見上げるリタは、そう叫ばずにはいられない。城壁を軽々と飛び越していく鳥たちを眺めながら、あの列に並ばなくていい彼らを羨ましく思う。流石に、自分が飛び越えていけば衛兵に連行されるだろうから、仕方がないが。


「語彙力……」


 エリスはそんな姉の様子を呆れつつも、微笑ましく見守っていた。久しぶりに姉の顔に生気が漲っている。最初は馬車の旅は最高とか言っていたくせに、途中からは完全に飽きて死んだ目をしていた。


(まぁ、確かに馬車で移動するだけの二週間がこんなに辛いとは思わなかったけど……)


 エリスもまた、仄かに胸の奥が疼く。あぁ、私も意外と嫌いじゃないんだな、こういうの。気づけば頬が緩んでいる。あの壁の先に広がる景色に期待せずにはいられない。きっと田舎の町娘の私たちの想像もつかない景色が広がっているに違いない。



 見上げれば、何処までも澄んだ青空と白い雲。見渡せば草原と草木の緑に映える、少し赤茶けた巨大な石壁。門の向こうに覗くのは、石畳で舗装された白い道路に、オレンジの屋根の家々。まだまだ都市の全容は見えないが、期待するには十分すぎる光景だ。


 クロードは小窓から御者と何かを話している。どうやら、目の前の行列とは別口で入るようだ。手にしている王宮からの書状を鑑みるに、多少は融通してくれるのかもしれない。


 馬車は長蛇の烈に並ぶ面々からの羨望の眼差しを受け止めながら、その列の横を走っていく。目の前には小さな門と、その前に数台並んだ高級そうな馬車達。

 王族や大貴族は勿論、高位冒険者や国家事業に携わる人間用の通用口があるらしい。


 衛兵が駆け寄ってきて、馬車の扉を開けた。クロードの持つ書状を確認すると、それを手に取り詰所に戻っていく。真贋を確認するのであろう。扉を開けた瞬間に姉妹の方を見て目を見開き、クロードから睨まれていたのはご愛嬌かもしれない。


 待つこと暫し。少しずつ前の馬車は減って行き、ようやくリタ達の番となる。無事に確認が取れたらしくクロードが書状を衛兵より受け取ると、簡単に荷物の検査を経て無事に門を潜ることが出来た。


 そして広がる圧巻の街並みに、リタは息を飲む。石畳の美しい大通りは真っ直ぐに王城に伸び、大通りを囲むように並ぶ店はクリシェと異なり背が高い。大通りは何台もの馬車や人車が行き交い、人々の活気に満ちた雑多な喧噪もまた、都会を感じさせてくれる。


「まだまだこんなもんじゃないぞ?」


 絶句している双子を見てクロードは笑う。リィナもつられて微笑んでいる。


「王都の殆どの主要な機能は中央に集約されているからな。嫌になるほど人が多いが……」


 苦笑いをしながらそう言うクロード。もしかしたら、アステライト領との違いに少し複雑なのかもしれない、とリタは思う。


 とはいえ、今日の目的地は比較的王城に近い宿である。馬車はそのまま王都の中央を目指しゆっくりと走る。窓から顔を出して目を輝かせ、笑い合う姉妹と、思わず振り返る街行く人々。クロードとリィナは不思議な感慨に包まれていた。



 王城に近づくにつれ、更に人通りは増していく。人々の服装も、何処か洒落ていれば、立ち並ぶ店も気取った店が増えてくる。時折漂う、美味しそうな香りに都度反応を示すリタと、小洒落た服飾店に興味を示すエリス。


「ね、エリス? 宿の手続きしたら、近くを散歩しない?」


「いいけど、迷子にならないでね?」


 そんな会話を交わしているうちに、一行は宿に着いた。王城まではまだ少し離れているが、貴族街にほど近い立地の、高級感の溢れる宿だ。クリシェでは見たことも無い高層建築であった。宿の前には、大きめの広場があり、人々が思い思いに寛いでいる。馬車が宿の前に着くと、待ちきれないとばかりに王都に降り立った姉妹。普段ならば考えられないが、リタも自ら荷物を降ろすのを手伝う。


 クロードが御者との談笑を終えると、馬車は走り去って行く。姉妹も長い時間を世話になった御者に笑顔で手を振った。


 宿の広々としたロビーには、高級感の溢れるカーペットが敷き詰められている。カウンターでクロードが手続きをする間、姉妹は窓際のソファに座りリィナが出してくれた紅茶を嗜む。


「なんかさ、私がこうやってここでティーカップを傾けてたらさ、シティガールって感じがしない?」


 背筋を正し脚を組んだリタが、精いっぱい優雅にお茶を飲む仕草をして見せる。


「してぃがーる? 何それ」


「都会の女ってこと」


「自分で言ったら台無しでしょ」


 そうかもね、と笑い合う姉妹の元にクロードとリィナが戻ってくる。残ったお茶を飲み干すと、荷物をまとめ部屋に向かった。二階にある部屋もまた、広々としている。高かったんじゃない、とリタが両親に尋ねると、貴族らしく他の街でお金を落とすのも仕事、と答える両親。


「じゃ、行ってくる!」


 簡単に荷物を片付けるやいなや、エリスの手を取り部屋を出ようとするリタ。


「本当に二人だけで行くの?」


 リィナは、リタの方を見ながらそう声を掛ける。前科があるだけに、苦笑いを零すしかないリタは頷いた。


「あんまり遠くに行っちゃだめよ? 迷ったら、露咲き亭って言えば誰かが教えてくれるわ」


「はーい」


 間延びした返事を置き去りにして駆け出していく二人。


「二人だけで大丈夫か?」


 クロードは心配そうな顔でリィナに声を掛けた。


「ああは言ったけどね、実際は大丈夫よ。あの子たち、本当はしっかりしてるし――それに、そこらのごろつきに絡まれたとして、あの二人がどうにかなると思う?」


「ならないな、うん。……リィナ、まだ夕食にも早いし、たまには一杯どうだ?」


「お酒は、しばらく禁止」


 がっくりと項垂れるクロードの背中には哀愁が満ちていた。

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