王都への長い道のり 5

 笑顔の第四王子親衛隊員たちに見守られながら、王子と談笑するというシチュエーションは、正直居心地が良いものではない。それでも、彼らの優し気な微笑みを見ていれば、そんな感想も和らぐというものだ。


「そういえば、さ。アレクの婚約者ってどんな人?」


「その、あれだ。すげー可愛いんだけど、愛想が無くて、鬼のように強い」


「アレクさぁ? 女の子にそんなこと言って。だからモテないんだよ?」


 リタは、ジトっとした目でアレクを見る。


「待って!? 俺がモテないなんて話今まで出てこなかったよね?」


「いや、見てれば分かるから」


「えぇ~……。――というか、俺の婚約者に興味を示すなんて、やっぱり、お前――」


「自惚れんな」


「殿下、またフラれましたね?」


 そう笑顔で口を挟んだのは、親衛隊長のエドガーだ。アレクは顔を赤くしている。


「ちょ、おま……いや、ちげーし……おいリタ、お前も何笑ってんだ!」


「仲いいなって思って」


「い、いや……そうだな、うん」


 そう言いながら、照れたような笑顔を浮かべるアレク。そういうところは、嫌いになれないんだよね。リタは口元を隠して笑った。照れ隠しか、アレクは手元の高級そうなティーカップに残っている紅茶を全て飲み干した。


「エドガー、頼む」


「あいよ」


 エドガーは、新しいお茶を淹れに馬車に戻っていく。少しアレクは視線を彷徨わせて、おずおずと切り出した。


「そういえば、お前んち、アステライト子爵に陞爵されるんだったよな? その頃には俺も戻ってると思うが……王宮にはお前も来るのか?」


「いや、私たちは行かない。緊張するしね? それに、私の親友が王都を案内してくれるって言うから、妹と一緒に王都観光でもするかな」


「そ、そうか」


「何? 寂しいの? 来てほしかった?」 


 そう言ってリタは悪戯っぽく笑う。


「い、いや、違う! 聞いてみただけだ! 違うんだからな!」


 全く、素直じゃない奴だ。多分、友達いないんだろうな、前世の私みたいに。多分違う理由で、だろうけど。


「そのうちさ、また行くよ。私も王立学院に通う予定だし……受かれば」


「だから、そういう意味で言ったんじゃねぇって!」


「はいはい」


 そう笑いながらリタは、カップに残った紅茶を舌の上で転がすように飲み込む。ほんのりと残る甘みと、鼻に抜ける香りが相変わらず美味い。茶菓子も上品な甘さで相性は最高の部類に入るであろう。


「うん?」


 アレクが何かに気付いたように、街道に目をやっている。リタも気になって振り返ると、街道を砂煙を上げて疾走する黒い馬車の姿。かなり速度を上げているようだ。


「あ、迎えが来たみたい」


 リタはそう言って立ち上がると、馬車に向けて手を振った。どうやら御者が此方を認識したようで段々と減速していく。アレクは、思わず顔に浮かんだ感情を振り払うように頭を振った。


 丁度新しいお茶の準備を終え、戻ってきたエドガーにリタは丁重にお礼を述べた。相変わらず、アレクは「俺の時と態度が違う!?」などと騒いでいる。


 やがて、アレクの馬車の後方に、リタが乗ってきた馬車が止まると扉が開き両親とエリスが降りてきた。アレクは目を見開いている。そうだろうとも、エリスは可愛いだろう。リタはそんなことを思いながら家族の様子を見ていたが、正確に状況を認識したらしく、リィナとエリスは速足で此方に近づくと、膝をつきアレクに跪いた。しかし、どうやら完全に酔っぱらっているらしいクロードは、足元が覚束ない。クロードがようやく追いついて、膝をついたところで、リィナはその頭を鷲掴みにすると地面に沈めた。


 アレクも苦笑いをしているが、一応王族としての対応をすることに決めたらしく、取り繕った不遜な態度で座っている。

 これが正式な挨拶なのかリタには分からないが、リィナは長ったらしい美辞麗句を述べ始めた。


(私は、どうしたらいいのかな? 分かんないし、座っとくか。)


 そう思いながら、椅子に座ろうとした瞬間にリィナから殺気を感じたため、慌てて姿勢を正し直立するリタ。エドガーが、そっとリタに近づいてきて、ウインクしている。リタはリィナに見られないように苦笑いで返した。


「良い。余に対して気を使う必要などない。楽にせよ」


 アレクは普段より低い声で、跪く三人にそう言った。素の彼を知っているリタは、笑いを堪えるのに必死である。だが、空気を読めない男がいた。


「お、そうか? 助かるな~」


 酔っぱらいの我が父だ。リタは思わず頭を抱えたくなった。クロードは全く敬意の籠ってない態度で声を発しながら、普通に立ち上がろうとしている。確か、一度は断るんだったよね? 私は出来て無かったけど……一応男爵なんだから……。


 一瞬リタは、リィナの目が光ったような錯覚を覚えた。そして次の瞬間には、リィナに殴り飛ばされたクロードは大地に突っ伏していた。


(綺麗な土下寝だ……)


 リィナは変わらず跪いているように見える。恐らく、この場にいるほとんどの人間にその動きは追えなかったであろう。

 エドガーが小声で耳打ちしてくる。


「あの”鮮烈”を一撃とは、流石は”撲殺魔導砲台”だな……」


(母さんの二つ名は初めて聞いたけど、普通にヤバいな)


 リタはエドガーに苦笑いを返すことしか出来なかった。


「殿下、我が愚娘が大変ご迷惑をおかけして――――」


 何事も無かったかのように続けるリィナに気圧されたのか、アレクがこっちを見て助けを求めている。リタは静かに首を横に振った。アレクは見捨てられた子犬のような目をしていた。




 あれから暫く長いやり取りがあった後、家族には先に馬車に戻ってもらった。アレクに最後に挨拶をする、とリタが言うとリィナとエリスが同席すると言って聞かなかったが、アレクに適当に誤魔化してもらった。


「はぁ、疲れた」


 リタは思わずため息を漏らす。リィナはクロードを引きずって馬車に押し込んでいたが大変お怒りの様子だ。戻ったら説教祭が確定している。


「俺の方が疲れたわ! お前の家族ヤバすぎるだろ!? 男爵家だよな? まともなのはお前の妹だけじゃねーか! 大体な――」


「それじゃ、アレク……そろそろ」


「ねぇ!? また無視!? 最後までそんな感じ?」


「冗談だよ。今日は意外と楽しかった、ありがとね」


 そう言ってリタの見せた笑顔は、今日アレクが見た表情の中で最も魅力的だった。夕日に照らされる銀髪と、不思議な魅力のオッドアイ。思わずアレクは、息が詰まったような錯覚を覚えた。


「そ、そうか? ま、また、な」


「うん、またね」


 そう言ってリタは手を振った。


「なぁ」


 立ち去ろうとしたリタをアレクは呼び止めた。


「うん?」


「その、俺たちってさ……えっと、あの――」


「友達?」


「ああ。そ、そう思っていい……かな?」


「今更? ――私はそう思ってるよ」


 そう言うと、リタは振り返ることも無く走って馬車に乗り込んでいった。わざわざ別れを大げさにする必要は無いだろう。友誼を結ぶ、ということはきっとそういうことなのだ。


 アレクはその後姿を茫然と見送った。立ち尽くす彼に、エドガーが笑いながら声を掛ける。


「殿下、もしかしてリタ嬢に惚れちゃいましたかい?」


「そそそそそんな訳ねーだろ!! どいつもこいつも――」


「ですけど、殿下? いい出会いだったことには違いねぇでしょう?」


「ああ。……全く、その通りだ」


 そう言って笑い合うと、アレクはゆっくりと今日という一日を噛みしめるように歩きながら馬車に戻る。


 リタの魔術が解除されたのか、テーブルと椅子はさらさらと崩れていく。夕日をあびてきらきらと輝きながら、砂塵に戻る様子をエドガーは静かに見守っていた。


 それにしても、リタ嬢はとても聡明だ。そう見えないように演じている節はあったが。だからこそ、彼女があんな簡単にアレクに対してあのような態度を取ってくれたことに関しては疑問を覚えずにはいられない。幾らこっちの意図を組んだとしても、あの聡明さであれば男爵令嬢として弁えるべき礼儀との葛藤がもっとあるはずだ。気のせいでなければ、彼女が吹っ切れたように見えた時、その視線の中にわずかに浮かべた感情はもっと、別の類のものであった。


 ――――まさか、な。

 エドガーは、心の奥に浮かんだ一抹の不安を吐き出すように、大きく深呼吸をするとゆっくりと歩き出した。

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