王都への長い道のり 4
アレクはひとしきり叫んだあと、肩で息をしている。
はぁ、馬鹿王子と呼ばれるのも分からなくは無い。リタは自分のことを棚に上げつつ溜息をついた。
「お前なぁ! これ見よがしにため息ついてんじゃねーよ! 俺は王子だって言ってんだろう!?」
「大変申し訳ございません。溜息ではなく、殿下のお怒りに触れ恐怖した心を落ち着けるための深呼吸でございますので――」
「嘘つけ!」
「本当です」
「嘘だ!」
「嘘です」
「嘘だ! ――じゃなかった、やっぱりかよぉぉぉぉ!」
アレクは悔しそうに地団駄踏んでいる。
(正直、こういう馬鹿は嫌いじゃないんだよね。うざいけど。)
調子に乗ってやりすぎたかな――気になって振り返ると、エドガーも笑っているようだ。何処か、安心したような、優しい微笑みをアレクに向けている。
そして、こちらを見て頷いた。どうやら間違っていなかったようだ。彼が最初に「馬鹿王子」と言った時、そこには一切の蔑みの情は無く、親愛が籠っていた。それはリタを緊張させないための方便であったのかもしれないし、最初からこの結末を期待していたのかもしれない。
彼もまた、アレクの瞳の奥にある孤独を気にしてたんだろう。あの髭面で不器用なのは、見た目通りと言っていいのかもしれない。どうしてアレクが一人で街道にいるのか、なぜ護衛がこんなにも少ないのか、その答えがそこにあるのかもしれない。
実際、リタが丁寧な話し方をしたとき、アレクはほんの少し寂しそうな顔をした。自惚れかもしれないし、あまりの馬鹿さ加減に途中から素が出ただけだが、結果は悪くない。
「おい、リタとか言ったな?」
「はい、いかがなさいましたか? 殿下」
リタは花が咲いたような笑顔で首を傾げる。アレクは目を逸らしつつ、頬を染めて続けた。
「お、お前、歳はいくつだ?」
「今年で十歳になります」
「そ、そうか。俺もだ」
「左様でしたか、てっきり五歳くらいかと」
「待って!? お前さっき俺を吹っ飛ばしたよね!? 俺悪くなかったよね!? そこまで貶める? 仮にも王族ぞ?」
「だってー」
「だって?」
「何でもありませんよ?」
そう言ってリタはふふっと笑った。
「嘘つけ! どうせ馬鹿にしてんだろ!?」
「だって馬鹿じゃん、お前」
「…………き、き、き、き、貴様ぁぁぁぁぁぁあああ! 叩き斬ってやるわ! 外に出ろ!」
そう言いながら、アレクは椅子に立てかけてある、これまた悪趣味な金色の剣の鞘に手をかける。
「いいよ? やろうか」
リタは視線を細めながら立ち上がった。
「殿下? それはやめといたほうが賢明ですぜ?」
後ろからエドガーが笑いながら声を掛ける。その顔にはやれやれといった表情が浮かんでいるように見える。
「おい、エドガー! 来客があるときくらい、まともな態度が出来ないのか? 俺が舐められるだろうが?」
「ですが、殿下? 恐らく、そこのリタ嬢は殿下にこれっぽっちも敬意を持っていやせんぜ?」
「いやいやいや、王子ぞ? ほんの少しくらいは、なぁ? え、嘘……おい、本当か……?」
そう言って泣きそうな顔でこっちを見るアレク。リタはさっと目を逸らした。
「まじかよ……この国の国民やべぇな……俺王族ぞ……」
アレクは、完全に光を失った瞳でぶつぶつと呟きながら、下を向いている。
「いいんじゃないですか?」
鈴のように響いたリタの声に、下を向いていたアレクははっと顔を上げる。
「私は、初めて王族の方とお話ししましたけど、意外と親しみやすい殿下は、嫌いじゃないですよ?」
その笑顔に、アレクは思わず一歩後ずさりをしてしまう。
「お、お前……一応、俺もこう見えて婚約者がいるからな……破棄される寸前だが。――だから、お前の気持ちには――」
「そういう意味じゃねーよ」
「ぶふぅ」
「おい、エドガー! 何お前噴き出してんだ! ふざけんな!」
「ぷっ」
「お・ま・え・もだあぁぁぁあ! まともな奴いねえのか!?」
「エドガーさん、お茶貰える?」
リタはいい加減うるさいアレクを無視して、エドガーに声を掛ける。
「おう、いいぜ。ここで飲むか?」
「おい、無視してんじゃ――」
「天気もいいですし、折角ですから外でいただきませんか?」
「お、いいな。隊員たちも休憩がてら一緒にいいか?」
「ええ、勿論」
「え? 本当に無視? ……無視?」
そうして一行は、馬車の外に出る。まだ日は高く、気持ちのいい風が吹き抜けていく。街道から少しだけ草原の方に逸れたところに、リタは魔術で人数分の机と椅子を成形していく。その魔術の完成度に、隊員たちから色々と聞かれることになったが、一般に普及している魔術の応用だけで対応したため、恐らく問題が起きることは無いだろう。
エドガーが淹れてくれたお茶は、思いのほか美味しかった。茶葉も高級品なのだろうが、淹れる技術が非常に高いことは明白だ。人を見かけで判断してはいけないな、とリタは改めて思うのであった。それとも、王宮勤めには必須技能なのだろうか。
穏やかな時間が、ゆっくりと流れていく。薫り高いお茶と、品のいい茶菓子を青空の下で楽しむ時間のなんと贅沢なことだろうか。そんな中で、エドガーが小声で話しかけてきた。
「嬢ちゃん、気ぃ使ってくれてありがとな」
「いえ、ほとんど素でしたから。それに、楽しかったですよ?」
「そうか、理解の早い嬢ちゃんで助かる。……その、あれだ……もし、また王子に会うことがあれば……」
「分かってますよ。向こうがそれを望んでくれるのなら、ですけど」
「それなら心配いらねぇ。あんな顔、初めて見たからな」
そう言って、エドガーは破顔した。本当に人のいい笑みだ。リタもつられて笑う。
「おい、お前たち、何の話してるんだ?」
最早口調も仕草も、取り繕うことをやめたアレクが話しかけてくる。
「秘密です」
リタは小さく舌を出して、悪戯っぽく微笑んだ。
「どうせ、俺の悪口だろ……?」
「違いますよ?」
「だったら――」
「殿下? 乙女の秘密を暴くのは、野暮ですよ?」
あっけにとられているアレクに、リタはウインクで返した。アレクは顔を赤くしている。
――笑い声が風に乗って流れていく。
「お、おいお前?」
「殿下? いい加減乙女にお前呼ばわりはあんまりじゃないですか? リタですよ、リタ」
「リ、リタ……そうだな、じゃあ俺のことはアレ――」
「ゴミ虫でどうです?」
「どんな思考回路してやがんだよ!? てかこの雰囲気でそれ言えるお前のメンタル! メ・ン・タ・ル!」
「冗談ですよ。アレク王子殿下?」
「……アレクでいい。それから、敬語も不要だ……。と、特別だぞ!?」
「お前のツンデレなんて誰も求めて無いんだよ」
「つん……でれ……? よく分からんが、これだけは言える。馬鹿にしてるだろ?」
「勿論!」
「はぁ~、もういいや。なんか疲れた」
溜息をつきながら、椅子の背もたれに身体を投げ出すアレクに、肩をすくめるリタ。それを笑顔で見守る隊員たち。
ほんの少し、傾きかけた太陽は、柔らかな光で優しく彼らを照らしていた。
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