リタ・アステライトの貞操を奪え!?

 乾いた音を立てて、剣の鞘が転がる。

 目の前の姉は一部の隙も無く、片手に長剣を構えている。


 エリスは一呼吸を置く。両脇からはラルゴとミハイルが飛び出していく。同時に飛び出せばエリスが先行してしまうのは自明の理だ。ぐっと重心を落とし、両足の踵を浮かせる。慎重にタイミングを計り、大腿から足先に一気にエネルギーを伝えた。まるで、足先で小規模な爆発が起きたように、芝生を抉り走り出す。エリスの靴は特別製だ。靴裏に仕込まれた魔術式は、着地の瞬間に発動し地面と靴底の相対位置を固定することで、摩擦係数を無視しロスなく身体を急激に加速させる。エリスの両脚は軋むような音を上げつつ、上体を前に前に押し出していく。


 一対一で姉を出し抜くことは難しい。出来れば三人の連携を以って、そのうえで他の二人を出し抜く一撃を見舞わなければならない。


 だが、そううまくは運ばないのが、この世界の法則だ。焦ったのか、ラルゴだけが一瞬早いタイミングでリタに斬りかかったのだ。


(相変わらず、使えない!)


 リタは左前方より袈裟切りに振り下ろされる鉄剣を、右手の剣で受け流しつつそのまま斜めに剣を振り、右後方のミハイルの切り上げを弾く。そして、エリスの最高速の突きを、左手で掴み取った。姉はまだ表情一つ変えていない。追撃の気配すら見せないのは、余裕か、失望か。


 仕切り直しと、一旦剣を引き距離を取る三人。生半可な攻撃では、全く通用しないだろう。


「それで終わり?」


 リタの姿が僅かに左に傾いた気がした。


(まずい!)


 エリスは、ラルゴの前に出て真横に振りぬかれたリタの鉄剣を、両手に構えた剣で何とか受け止める。最初から人数を減らされるのはごめん被りたい。ラルゴは目を見開き、冷や汗を流している。


「流石エリス。でもラルゴ? さっきの攻撃はダメダメだよ? ちゃんとタイミングを計らないと」


 姉は説教がてらラルゴを沈めるつもりだったのだろう。両手は痺れている。相変わらずの馬鹿力だ。エリスは、リタの後ろから接近するミハイルのことを姉に悟られないよう、目を逸らしつつ姉の剣を押し戻す。視線を合わせれば、瞳に映る反射からでも姉は簡単に状況を読み取る。無論、剣身は言わずもがなである。とはいえ、ミハイル程度の隠形では、どのみちリタに届くことは無いだろう。それでも、これは模擬戦だ。いつしか来る、格上との本気の殺し合いの時に備え、ちゃんと動くべきだろう。


「ラル君、スイッチ!」


「おう!」


 エリスの死角に収まる身体の大きさではないが、剣の出所くらいは隠せるはずだ。エリスは後方に飛びのきつつ、その横を全力で駆けるラルゴを見送ると、即座に地面を蹴って攻撃に転ずる。


 今回は、彼らの身体能力のスペック上考えうる最高のタイミングだ。後方から突きを放つミハイルと、エリスの陰から、脇を畳み最短距離で切り上げるラルゴの剣。そして、それらをリタが打ち払う瞬間に、エリスは至近距離から逆手で腹部を抉り抜かんと走る。


 だが、三人の連携攻撃は、不規則な線を描くリタの一閃で簡単に瓦解する。


 相変わらず意味が分からない。あんな軌道で、これほどまでに速く、重いとは。エリスは唇を噛む。リタの眼には、まだ感情は見受けられない。


 エリスは続けて、頭上から左に抜けるよう斜めに斬り下ろす。リタはそのまま横に受け流す。エリスは受け流されるままにリタの右側を抜けるように交錯すると、身体を捻り左のかかとをリタの顔面に叩き込む。リタは剣を左手に持ち直し、右手でそれを受け止めた。エリスは、剣を地面に突き刺すと、そのまま身体を浮かせ、捻りながら右脚で更に蹴り付ける。リタはそれを受け止めようとしたが、エリスは両脚でリタの右腕を絡め取った。


 ミハイルは、リタの左側から斬りつけているが、リタは左手で簡単に捌いている。ミハイルは必死に高速で連撃を繰り出すが、少しずつ苦しそうな表情に染まっていく。


「貰った!」


 嬉々とした顔でラルゴが正面から突っ込む。とにかく速度重視で、胴を穿とうとする突きだ。


 それは悪手だ――エリスは姉の右肩を蹴って離脱しつつその光景を見守った。


「馬鹿か?」


 リタは左足のつま先で剣身を蹴り、その軌道を逸らすと、踏み込んだ体勢のラルゴの股間を右足で蹴り上げた。形容し難い音が響き、ラルゴの身体が宙に浮く。


「――――――――!!」


 途端に真っ青な顔になったラルゴは泡を噴いて、股間を抑えた姿のまま地面に突っ伏した。


「気持ち悪……」


 リタはまるで足に付いた汚れを払うように足先を振っている。


 ミハイルは、その痛みを想像してしまったのか顔が青い。一瞬、ミハイルの攻撃の手が緩んでしまった。それを見逃すリタでは無い。


「はい、残念!」


 リタは左手の剣で、ミハイルの剣を弾き飛ばすと、右手でミハイルの顔面を殴りつけた。


「ぶぉげぇ!」


 高い鼻はひしゃげ、涙と血を撒き散らしながら、ミハイルは白目を剥いて倒れ伏した。


「あーあ、折角の綺麗な顔が台無しね?」


「それをお姉ちゃんが言うんだ……」


「で? エリスはまだやりたい?」


「うーん、そうだね。――結局いつもの流れになっちゃったけど」


「まぁ、ね? じゃ、こうしよう? エリスは一回だけ、攻撃魔法も使っていいよ。私は使わないから」


「へぇ……いいんだ?」


「うん、たまにはお姉ちゃんらしいところ、見せてあげるからっ!」


 そう言って、リタは地面を蹴って駆け出した。

 交錯する手前、手に持った剣を投げ捨てると、エリスは既に準備を終えた魔法を発動する。

 今日だけは、高速詠唱でやらせてもらおう。魔力が、魔素が、唸りを上げて両手の先に吸い込まれていく。リタが目を見開くのが分かる。魔眼を使わなくとも、自分の生み出した魔法くらいは分かるんだろう。

 そう、エリスは必死で練習を重ねてきた。未だに、オメガ・アルス・マグナを使用しなければ完全な状態で使用することは出来ないが、それでも十分だ。

 途端に生じる魔法陣に必要最小限の魔力だけを充填し、不完全ではあるが無理矢理に顕現させるのだ、エリスの願いを叶える剣を。


「は? ちょ、ちょっと、待って、エリス! それはダメ! こんな場所で抜いたらダメ!」


 最早暴風と化した魔素の渦が芝生を抉り、倒れ伏す二人の少年をぼろ雑巾のように吹き飛ばすと庭の外壁に激突させた。近所からは悲鳴が聞こえた気がする。


 だが、今は知るものか。

 私は勝つ。勝って、手に入れるのだ。


「概念回帰型存在干渉魔法――――シグマドライブッ!」


 姉もまた、鉄剣を放り投げる。


「略しちゃダメ! 高速詠唱クイックはダメェェェェェェェ!」


 エリスの両手には、不完全に顕現した姿のブレる白と黒の剣。そしてそれを受け止める姉の両手にもまた、静かに、力強く輝く一対の双剣が握られていた。


「……自分は無詠唱のくせに」


 睨みあう姉妹、その静寂を破ったのは――――


「ねぇ、何してるの? あなたたち?」


 笑顔の母であった。




 柔らかな風が頬を撫でる感触を感じ、ラルゴは目を覚ました。うすぼんやりとした視界が、徐々にはっきりしていくと、何故か荒れ果てた庭と、むすっとした顔で正座している姉妹が目に入った。おそらく、この庭の惨状を叱られたのだろう。


 ここでラルゴは気絶する前に起きた出来事を思い返す。慌てて木陰まで走ると、自分の下着の中を急いで確認する。どうやら、未だに感覚は無いがギリギリ無事だったようだ。


「ふう、危うく女の子になるところだった……」


 周囲を見渡すと、ゴミのように壁際に転がっているミハイルが目に入った。ひどい顔をしている。ラルゴは少しだけ気分が良くなった。


 それにしても――リタは、なんて遠いんだろう。ラルゴは赤く染まろうとしている空を見上げた。

 それでも、いつしかクロードに啖呵を切ったように、まだラルゴの顔に諦めの言葉は浮かんでいなかった。



 やがて、目を覚ましたミハイルの顔をリタは回復魔術で治療する。流石に顔面陥没のまま家に帰すのは気が引けたためだ。恐らく、あの優しそうな母親は気絶するだろう。


 そして四人は必死に庭を片付け、すっかり日は落ちたころ解散となった。




 姉妹は汗と汚れを綺麗にすべく、今日も二人で入浴していた。身体を洗った二人は、少し手狭になりつつある浴槽に身を沈め、隣り合って座っていた。


「ねえ、お姉ちゃん?」


「何?」


 リタは少し拗ねた顔をしていた。今日は踏んだり蹴ったりだ。途中までは楽しかったのだが。母にしこたま叱られたためか、どこか納得できない自分がいた。


「魔法、使ったよね?」


「だって、エリスが――!」


「使ったよね?」


「使い、ました」


「ふうん、使わないんじゃなかったっけ?」


 エリスは勝ち誇った顔でリタを見ている。


「……はいはい、私の負けですよだ」


 リタは唇を尖らせて、エリスと目を合わせないようにしていた。


「じゃ、分かってるよね?」


 エリスは左手を、リタの頬に添えるとその顔を自分の方に向けた。リタの顔には困惑が浮かんでいる。


「え? エリス? 私たち、姉妹、だよね?」


「うん、普通の姉妹はキスくらいするでしょ?」


「そ、そうなの……?」


「そうだよ?」


 エリスは、真顔でそう言い切ると、ゆっくりとその顔をリタの顔に近づけていく。リタの顔は困惑から羞恥に変わりつつある。頬は赤く染まり、視線が定まっていない。


(きっと私も同じ顔をしてるのかも)


 そう思いながら、正面から姉の顔を見つめる。鼻の横を流れるリタの前髪からは、雫が伝いその唇を濡らす。エリスはそっと右手で、その髪を払う。リタは、少し身体がこわばっているようにも思える。そうして、覚悟を決めたのかリタは目をつぶった。どこか、震える小動物にも思えて、とても可愛い。


 エリスは、そのまま姉の唇を強引に奪いたいという衝動に打ち勝つのに必死であった。


「冗談だよ、お姉ちゃん?」


 そう言ってエリスは笑う。


「え?」


 きょとんとした顔で、口を半開きにしているリタ。そんな姿もとても可愛いな、とエリスは思った。


「だから、冗談」


「も、もう、エリスったら――――ッ! んむぅ……ッ――は……ちょ、ちょっと……んちゅ……ン……ぁ――」


(なんてね?)


 エリスは油断した姉の唇に、自らの唇を重ねた。リタは驚いたように目を白黒させている。稽古の後に飲んだ果実水だろうか、今日も姉の唇は甘く、そして柔らかかった。エリスは真っすぐにリタの瞳を見つめながら、ついばむように優しく、時に強く、角度を変えながら唇を重ねた。やがてその瞳は少しずつ潤み、姉の身体から力が抜けていくのが分かる。


「ちょ、ちょっと待って! これ、これ……」


 急にリタは身体を離した。浴槽の壁に背中を付け、エリスから距離を取るようにしている。


「どうかしたの、お姉ちゃん?」


「ねえ、エリス? これって本当に普通?」


 エリスは微笑みながら、リタの足の間に自分の右ひざを突き立て、その両脚を閉じられないようにリタを追い詰める。左ひざはリタの右足をまたぎ、リタの薄い胸にしなだれかかる。


「嫌なの?」


 エリスは、右手でそっとリタの内股をなぞり、首筋にキスをしながら聞いた。リタの身体が僅かに震え、身をよじろうとするもエリスの膝が邪魔をして動かせない。


「ぁ、ぅぅ……い、嫌じゃ……ない、けど――……ん、んぁ……はっ――んちゅ……」


 リタは目を逸らしながらそう言った。その表情に、エリスはより強く、唇を重ねる。最早、抵抗する気をなくした姉の口を強引に開き、その舌を蹂躙していく。浴室には小さな水音と、二人の呼吸音が反響する。混じり合う唾液は、リタの唇からあふれ、その細い首筋を伝うと少しだけ膨らみかけた二つの丘の隙間を濡らしていく。乳白色の肌は羞恥と陶酔により、少し赤みを増している。


 エリスは、光を反射し流れ落ちていく、姉妹が混じり合った雫たちを舐めとるようにリタの柔肌に舌を這わせる。むせかえるような姉の甘い香りに、エリスもまた溺れていく。左手の人差し指はリタの柔らかな口内をかき混ぜ、右手はそっと背中から太ももまでを撫でる。


「エリスぅ……ぁ……ん、ゃ――――はぁ、はぁ……ねぇ、エリ――っん! ぁぁ」


 堕ちたな。


 エリスは口元を吊り上げた。

 既にリタの視線は定まっていない。息は荒く、そして蕩けるように熱い。


 そして、エリスはそんな姉の二つの膨らみの先にある桜色の蕾に手を伸ばそうとして――――姉が気絶しているのに気付いた。


「はぁ、しょうがないな」


 またのぼせていたら、母にいらぬ心配をかけることになるだろう。今日のところは、これくらいにしておいてあげよう。これからゆっくりと姉には教えてあげればいいのだ。


「お姉ちゃん、お風呂あがるよ?」


 そう言ってエリスはリタの顔に冷水をかけた。


「つ、冷た! あ、あれ? 夢?」


 リタは頬を両手で抑えて顔を赤くしている。


「そんなところで寝てたら、またのぼせちゃうよ? お姉ちゃん?」


 そう笑いながら、エリスは赤い顔を隠すように浴室を後にした。

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