親友からの手紙
キリカという子から手紙が届いている――そう聞いたリタはリビングに駆け込む。
「キリカからの手紙!? 見せて!」
クロードの手からひったくるようにリタは羊皮紙を手にした。
よく分からない模様の封蝋と紐で封をされている。はやる気持ちを抑え丁寧に封蝋を剥がすと、紐を解き羊皮紙を広げた。
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親愛なるリタ・アステライト様
もうすぐ、春が来るけれど元気にしている?
連絡が遅くなってごめんなさい。
実は手紙自体は前々から出したいと思っていたのだけれど、何となくいきなり送って迷惑じゃないかとか、文字で気持ちを伝える気恥ずかしさもあってこれまで出せなかった。
貴方から先に出してくれないかと期待した日もあったわ。そんな時、そういえば貴方には苗字すら教えていなかったことを何度も後悔したの。
だから、署名を見て少し驚くかもしれないけれど、前みたいに接してくれると嬉しい。
貴方のことだから、きっと気にしないとは思うんだけれど。
もうあの日の出会いから、五年半くらいになるのかしら。
貴方と過ごした時間はほんの少しだったけれど、今でも鮮明に思い出せる。
相変わらず、私にとっては貴方だけが唯一の親友。
貴方にとっての私もそうだったらいいなって思ってる。けれど、きっと明るい貴方のことだから、お友達も沢山いるんでしょうね。
それで、ここからが本題。
魔人騒動の件、父から聞いたわ。今度アステライト家が陞爵されるってことも、王宮に貴方のご両親が招待されているってこともね。
苗字を聞いた時にはとても驚いたわ。
だから、そう、分かるでしょう?
貴方が王都に来る。そのことを思うと、いてもたってもいられず筆を執ったの。
王都での滞在先は決めているのかしら?
もしご親戚などが王都に暮らしているのであれば、無理にと言うつもりは無いんだけれど、私の実家に滞在しないかしら?
私としては、貴方だけでもそうしてくれるととても嬉しいんだけど……。
父は、私に勝った貴方にとっても興味津々だから、ご家族で滞在しても喜んでもてなすと言ってくれているわ。
貴方のご両親の都合が最優先だし、正直落ち着かないと思うから、難しければ遠慮せずに断ってね。
でも、謁見の時はご両親だけと聞いているし、せめてその時には私に王都を案内させてほしい。妹さんも一緒にね。勿論、これも迷惑だったらちゃんと断って欲しい。
少しでも、貴方に会ってお話ししたい。
一緒に、遊びたい。
恥ずかしいけれど、これが私の本音。
どうかリタ、貴方も同じ気持ちでいてくれますように。
良ければお返事待ってます。
キリカ=ルナリア・シャルロスヴェイン
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「キリカたん可愛すぎじゃね!?」
美しい筆跡から滲み出す、彼女の感情に思わずリタは叫んでしまう。
「私にも見せて?」
隣からエリスも顔を寄せて覗く。ほんの少しだけ、不機嫌な気配を感じたのは気のせいだったのだろうか。エリスは一心不乱に書かれている文字を追っているようだ。
何故だか分からないが、どことなく不安そうな顔をしている両親にリタは声を掛ける。
「ねぇ、お願いがあるんだけど――」
「ダメだ」
「パパ? 私まだ何も言ってないんですけど」
「どうせ碌なお願いじゃないことは目に見えていたからな」
「そんなの分からないじゃん! うちみたいな貧乏貴族が飛びつきたくなる話が転がってるよ?」
「……確かに、決して裕福ではないが――。一応、そうだな……聞いてやろう」
「私たちが王都にいる間ね、みんなキリカのうちに滞在しないかっ――」
「無理無理無理無理ィィ!」
クロードは必死で首を振っている。どうやらリィナも同じようだ。
「どうして?」
「どうしてって、シャルロスヴェイン家は公爵家だぞ!? うちみたいな田舎の貧乏貴族、しかも平民上がりとは違う正真正銘の名家だぞ!」
確かに、正直リタは貴族社会には詳しくないが、何となく公爵って偉そうとは感じている。そんな呑気な姉の様子を、エリスは溜息を吐きつつ見守っていた。
「でも、キリカが来て欲しいって言ってるよ? キリカのお父さんも歓迎するって」
「いや、そもそもそれがおかしい。シャルロスヴェイン家と言えば、武門に秀でた歴史ある名家のはずだ。そんな家の当主が、たかだか田舎の領主ごときをわざわざ屋敷に招待するどころか、滞在先として名乗り出るなんて、あり得ないだろ!?」
「ええ、確かにそうね。リタ? 普通に考えるとね、これってあり得ないことなの。それにね、情けないけれど私もクロードも正直、貴族社会とか礼儀作法には疎くってね……ご迷惑をおかけしちゃうと思うから、正直難しいわね」
リィナも頷きながらそう続けた。きっとシャルロスヴェイン公爵は非常に寛大で娘の友人のために、自ら屋敷に招待するという素晴らしい人格者なのだと、この時はまだそう思い込んでいた。
「やだやだ!」
リタは瞳に涙をため、必死に父親を見る。クロードは狼狽えている。基本的にこの父は非常に娘に甘い。泣き落としが非常に有効であることは、この九年半で学んだことだ。
「せっかく招待してくださってるのに、ご厚意を無碍にしてもいいの?」
ここでエリスが、助け船を出してくれた。リタはエリスを見て頷いた。
「そ、そうだな……。だが、俺はちょっと、遠慮したいのが本音だ。正直、緊張で死ぬかもしれん」
「パパ、ダサいね」
エリスの辛辣な一言がクロードの胸を抉る。
「ごふっ……」
「分かりました、こうしましょう。一日だけ、そしてリタ、あなただけ泊めてもらいなさい? 私たちは、昔暮らしてた孤児院を訪ねる予定があるから、その日ね。他は宿をとることにするから」
諦めたようにリィナはそう言った。少なくとも、娘だけであれば、ここまで厚意を見せてくださる公爵のことだ、多少の失礼があっても大事には至らないであろう。しかし、これは土産物は一級品を選ばなくてはいけなくなったな、とリィナは苦笑いするしかなかった。
「やった!」
「ただし! 絶対に迷惑を掛けない、物を壊さない、勝手なことをしない、許可なく屋敷を動き回らない、知らない人に話しかけない、屋敷の全ての人に敬語を使うこと!」
「私の信頼感が皆無な件……」
「それと、他の人の前ではキリカ様と呼びなさい。さすがに公爵家のご令嬢を呼び捨てはダメよ?」
「えぇ~。でも二人の時はいいでしょ?」
「……」
この流れだと、自分も一緒に泊まれるのではないかと淡い期待を持っていたエリスは僅かに唇を噛んだ。確かに、私は面識がないし、いきなりは難しいであろう。しかし、手紙を見る限り謁見の日は恐らく自分も一緒にいられるはずだ。実際に会って見極めなくてはならない。キリカという女の子が、姉にとってどんな存在なのか。
そんなやり取りをしつつ、リィナに厳しく指導されながらリタは返信をしたためるのであった。
「早く会いたいな……」
リタは自分の部屋の窓を開け、外の風景を眺める。まだ少しだけ肌寒い風が、吹き抜ける。街はすっかり雪解けの時を迎え、春の訪れを心待ちにする人々の笑い声で溢れている。
エリスは、本を読みながら姉の後姿を眺める。風になびく銀髪は腰まで伸びているが、傷みも無く美しく光を反射していた。姉の顔に浮かぶ感情は寂寥だろうか。あんな表情を向けて貰えるなんて、羨ましいなと思った。
エリスはため息をつくと、そっと本を閉じ立ち上がった。窓際に近づくと姉を後ろから抱きしめる。
「エリス? どうかした?」
「ううん、ちょっとだけ。本当にちょっとだけ、寒かったんだ」
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