忙しない旅路 4

 気絶したリタが目を覚まして暫く。


 襲われていた人達も、未だに一人が目を覚まさないが商人三人が一命を取り留めたようだ。彼らの積み荷も食品類は捨ておくしかないが、幸いに金銭などは無事であった。

 残念ながら、間に合わず骸となり果てた2人は丁寧に埋葬した。商人たちが護衛に雇った冒険者であったという。彼らは、自らの職務を全うしたと言っていいであろう。商人は全員命を取り留めたのだから。名も知らぬ、もしかしたらかつての同胞だった男たちに、クロードとリィナは静かに祈りを捧げたのであった。それを見て、双子の姉妹も目を閉じて祈りを捧げていた。


 その後、乗客たちの手も借りながら、怪我人を馬車に運び込むと、馬車は目的通りエポスの街へ向かうことになった。先に意識が戻った商人たちから、彼らも元々エポスに向かう予定だったことが分かったためだ。

 馬車の乗客や助けられた商人達は口々にアステライト一家への感謝と称賛の言葉を述べていた。だが、双子の姉妹に対して畏怖の視線が混じっていたのは、仕方ないと割り切らなければならないことであろうか。間違いなく、彼女たちはその視線の意味に気付いている。それでも気丈に振る舞う姉妹を見て、クロードは本当にいい子たちに育ってくれたと、静かに喜んでいた。あわせて、この歳でその業を背負わせることになった力の無い自身への自己嫌悪も感じていた。

 ――鍛えなおそう、そうクロードは決意を固めるのであった。


 姉妹はリィナに顔を綺麗にしてもらうと、返り血にまみれた外套を洗っている。どんな話をしているのかは分からないが、柔らかな微笑みだ。初めての実戦を潜り抜けた後とはとても思えない。


 乗客たちから少し離れたところでクロードとリィナは魔人の死体、正確にはその物言わぬ生首を見ながらため息をつく。


「魔人か……」


「そうね」


 苦虫を噛み潰したような顔で呟くクロードと、隣で頷くリィナ。クロードは眉を顰めながら、その生首を皮袋に入れる。元々、ゴブリンがこんな街道に近い開けた場所で大量に発生している状況も不可解であった。もしかすると、のように何らかの思惑が動いているのかもしれない。エポスの街に到着したら、冒険者ギルドに報告を上げないといけないな。とクロードは思う。あわせて王宮にも書面をしたためねばならない。折角の旅行であったが、これからの安寧のためには必要なことだ。馬車の中で書き起こすとしよう。


 大量のゴブリンの死体をリィナの炎熱魔術で焼却する。非常に気は進まないが、やはり大量の死骸は疫病の発生源にもなるし、肉食の魔物を呼び寄せることにもつながりかねない。ゴブリンの死体の焼ける匂いはそれはひどいものであった。未だに慣れることは無いな、と思いながらクロードとリィナは馬車に戻る。



 ――――ようやく落ち着くと、馬車は運行を再開した。それから暫くして、意識が戻らなかった商人のリーダーの男が、もぞもぞと動き出した。


「――助かった……のか?」


 パウロ・マルクティは、身体に伝わる振動を感じ意識を取り戻した。未だに自分の心臓が鼓動を続けていることに安堵しつつ目を開ける。目に入るのは白い帆と木製の梁。木製の車体が軋む音に車輪が石を押しのけて進む感触が続いて伝わる。どうやら走る馬車に寝かされているようだ。


「気がついた?」


 自分の目を覗き込む、銀髪の2人の女の子。その余りの人間離れした美しさに、パウロは本当は自分は死んだのでは無いかと思った。


「天……使……?」


「そうだよ? エリスは天使なんだ!」


 そう快活に笑うオッドアイの幼女と、それを嗜める同じ顔の幼女。

 ハッと気づいて、パウロは飛び起きる。そして仲間だった商人2人の無事を確認し安堵の息を漏らす。見慣れない馬車に知らない乗客。だが、雇っていた護衛の冒険者たちの姿は見えない。――恐らく、帰らぬ旅路へ赴いたのであろう。誰よりも前で、自分たちを守るために奮戦してくれていた後姿は目に焼き付いている。誰も悪く無いなんてことは、自分に言い聞かせるまでもなく分かっている。それでも彼らを犠牲にすることになる旅路を選んだ後悔と、命がある事への深い感謝を覚えずにはいられなかった。


「調子はどうだ?」


 一際目を引く金髪の偉丈夫がパウロに声を掛ける。


「あぁ、おかげさまで何とか命を取り留めたようです。あなたが、我々を?」


 その体格と装備、その雰囲気から間違い無いだろうと思う。しかし如何にも近接戦向きの装備である。中々に単身であの数を相手取るのは難しいようにも覚える。


「ああ、俺が、な? 俺はクロード。クロード・アステライトだ。一応、クリシェ一帯の領主をやっている」


 そう言って差し出されたクロードの右手を握り返しながら、パウロはにこやかに答える。


「貴方様がかの高名な“鮮烈”のクロード様でしたか。私はパウロ・マルクティと申す一介の商人でございます。男爵様にとんだご無礼を。お許しください」


「おいおい、それは昔の名だ……忘れてくれ。それに、そんなにかしこまる必要は無い」


 クロードはニヤリと男くさい笑みで返した。


「おぉ、度量が広く助かりますな。では、改めて感謝を。ありがとうございます」


「ああ、それからこれを」


 クロードが差し出した二枚のカード。それは件の冒険者たちの冒険者証であった。


「ありがとう、ございます……。私の方から、ギルドに……」


 パウロは悲しげな顔で血で汚れた冒険者証を胸に抱いた。


「気に病む必要は無い。それが、彼らの仕事であり誇りだ。だが、もし出来ることなら忘れないでやってくれ」


「ええ、必ず……」



 ―――クロードたちがそんな会話を繰り広げている中、リタとエリスも小声で談笑していた。


「ねね、エリス。“鮮烈”だって! 多分パパの二つ名だよ?いいなぁ」


「確か、高名な冒険者とか騎士とか兵士にも付けられたりするんだよね?」


「エ・リ・スぅ? 私にはこの先どんな二つ名が付くと思う?」


「うーん……見た目だけはそこそこだからね、お姉ちゃんは……殺戮幼女とか?」


「それはヤダ。可愛いいやつなら……白銀の聖天使とか? カッコいいやつなら……天より舞い落ちる白き羽根とか?」


「多分、お姉ちゃんの戦い方を見た人は天使と呼ばないし、後者は最早意味不明だしカッコよくもないし長い」


「的確なご指摘、痛み入ります……」



 それからしばらくは、平和な道のりが続いていた。リタは思わず地球のころに愛していたアニソンを鼻歌で口ずさむ。エリスはリタの肩にもたれて寝息を立てている。商人たちは乗客たちや両親と何かを話しているようだ。少しずつ勾配を登る馬車と増える木々に、目的地が近づいていくのを感じる。やがて、空が少しずつ茜色に染まり木々の隙間に夕日が沈もうとしていた頃。


(この世界は本当に綺麗)


 リタは飽きもせず、風景を眺めていた。

 そんな時、乗客の一人である少年がおずおずとリタに話しかけてきた。一瞬エリスが反応した気がしたが、相手をするのが面倒なのか、狸寝入りを決めたようだ。


「ねえ、君」


 さらさらとしたプラチナブロンドに白い肌。顔立ちは整っており、将来は優男まっしぐら。前世の自分とは大違いだな、とリタは思う。先ほどまで少年から怯えた視線を感じていたが、今は何か違う意志を宿した瞳であった。少しだけ頬が上気しているのは、可愛いエリスの寝顔にやられたに違いない。リタは出来る限り優しい声色で返した。


「どうかしたの?」


「どうして?」


 少年は、少しまつ毛を下げながら、よく分からない質問を投げかけてきた。


「何が?」


「どうして、怖くないの? 戦うの」


「うーん。戦うことは怖いよ?」


「そうなの?」


「うん」


「じゃ、どうして……」


 きっと彼は自分より年下の私たちが、果敢に敵に向かっていったことに対して疑問を覚えているのであろう。


(曲がりなりにも男の子だもんね?)


 何だか少しだけほっこりした気持ちになりながら、いつしか少年だった前世の自分を思い出す。


「多分、私が戦うべきだったから、かな? よく分からないけど」


「――――僕ね、お父さんがいないんだ。だから、お母さんを守りたいって。強くなりたいって思ってた。だけど、本物を見たら怖くて。何も出来なくて。悔しいよ……」


「そっか。そう思えるなら、君が本気で望むなら、きっと強くなれるよ? 勿論、そのためには沢山の努力だったり、周囲の環境とかが必要だと思うけど」


 リタは当たり障りのない答えを、しかし自身の経験から確信を持って返す。


「……本当に?」


「うん、だって私も最初は何もできない子供だったんだから! ……今も子供だけど」


 肩のあたりでぴくっと反応があった気がするリタであった。実際に間違いなくエリスはこの時嘘つくなと心の中で叫んでいたのであるが。


「どうしたら、どうしたら君たちみたいに強くなれるかな?」


「譲れないもの。自分の人生を捧げるべきもの。たとえ生まれ変わろうと果たすと誓う約束とか。そんなものがあればいいんじゃないかな?」


「君は僕より年下なのに、それがあるの?」


「うん、沢山! 私はちょっと欲張りだからね。でも、多分一度しか無いこの人生で迷ったりしたくないんだ」


 リタは悪戯っぽく舌を出した。


「そ、そっか――――。ねえ、君の名前は?」


「私はリタ」


「僕はミハイル。ミハイル・フェルトシア。ねぇ、僕もクリシェに住んでるんだ。帰ったら遊びに行ってもいいかな? 剣とか教えて欲しい――――!」



 これが姉妹と、将来のS級冒険者“聖光”のミハイルとの最初の出会いであった。

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