忙しない旅路 2

 これは賭けだ――。


 だが、分は悪くないばず。そうリィナは思う。


 彼女達にとっては初めての実戦。それも、多数を相手取る混戦で文字通り命懸けの戦いだ。幼い2人は恐怖を感じているだろうか。逆に増長していないだろうか。彼女達は世界一可愛い大切な子供達だ。それでも、あの姉妹もアステライト家の、男爵家の一員だ。彼女達が正確には継承権の無い子供だとしても。だから、ある意味でノブレス・オブリージュ、その責務に殉じる覚悟はして貰わなくてはならない。それがどんなに残酷な決断を強いることになろうと。

 誰しも、自分の大切なものを一番に守りたいのは当たり前だ。けれど、私たちは人々の生活に、税金によって生かされている身。我が身可愛さ、身内贔屓で誰かを見捨てるなど、決して許されない。他でも無い、私たち自身が絶対に許さない。



 ――――リタは湧き上がる高揚を抑えきれなかった。ゴブリンに多少の愛着はあるが、生まれ変わって三度目の生で、初めて守るべき誰かを背に戦うことが出来るとは。


「滾るゥゥゥ!」


「……お姉ちゃん、実戦だからね。遊びじゃないんだよ?」


 そんなことを話しながらも、双子は素早く皮の外套を羽織り、髪をまとめると素振り用に持って来ていた鉄剣を手に取り、その感触を確かめる。将来を見越しての稽古用であり、彼女達の体格に対しては大きめの剣となる。

 乗客は、状況がつかめない。いかにクロードとリィナたちの子供とはいえ、この年派のいかない彼女たちに何が出来るというのだろうか。だが、確かに彼女たちの瞳に灯るのは自信であり、素人が見ても剣の扱いに習熟しているであろうことは分かった。


 馬車は思うように進まず、前方からはこちらに向かってくるゴブリンの群れ。


「リタ! エリス! 馬車の進行を援護しつつ前方のゴブリンを叩いて!」


 張り上げたリィナの声が聞こえる。


「行くよ?」


「うん!」


 リタの問いに、真剣に頷くエリス。乗客たちは息を飲んでその光景を見ていた。信じられないが、本当に戦うつもりらしい。ゴブリンはともかく、ホブゴブリンは戦闘訓練を受けたことがある成人男性でようやく倒せる程度には強い。それが複数である。しかし、彼女たちには怯えた様子は微塵も見えない。


 ――大きく馬車が揺れる。リタとエリスが飛び出したためだ。

 低い姿勢で、おおよそ子供が出せるとは思えない速度で走っていく。


 姉、リタが真横に強引に剣を振りぬいた。途端に、3体のホブゴブリンの上半身が下半身と別れを告げた。乗客たちにどよめきが起こる。

 素振り用の鉄剣のため、刃は潰してあり切れ味は期待できない。潰す、もしくは強引に断ち切るしかない。手に伝わるのは、何かを無理矢理引きちぎったような感触。今更、魔物程度の命を奪う事への逡巡などは無い。――ゴブリンと大して変わらない。それがリタの最初の感想だった。吹き出る生ぬるい鮮血を浴び、外套があってよかったと思う。

(このワンピ気に入ってるからね!)

 そう思うリタの横を駆け抜けるエリスは、奥で弓を引き絞るホブゴブリンアーチャーの頭を剣でつぶすと、その死体を蹴り飛ばし奥のゴブリンメイジを吹っ飛ばす。魔法が発動するのを邪魔され激昂するゴブリンメイジであったが、次の瞬間にはエリスの右足に頭を踏み抜かれ絶命した。エリスは初めての実戦であったが、とにかく頭を冷静に保つことに集中した。魔物の命を奪う事への躊躇いなどは必要無い。少なくとも今は不要だと割り切れる。

 その様子を見て、リタもエリスの援護は必要無さそうだと安堵する。


「我が名はリタ。そしてこの剣は魔剣ガウェルカンバ―である! この剣の錆となりたい奴からかかってくるがいい!」


 何故か、足を止めて大見得を切っている姉にエリスは叫ぶ。


「お姉ちゃん! 遊んでないでさっさとして!」


「はい、すいません……」


 多方向から飛んでくる矢を切り払いながら、リタは石を拾い、馬車を狙おうとしている10mくらい先のホブゴブリンアーチャーに投擲する。途端に、つぶれたトマトのように爆散するホブゴブリンアーチャーの頭部。ちょっと力入れすぎたかな。そう思いながらもリタは止まらない。こちらに向けて斧を振り下ろそうとしていたホブゴブリンの両腕を切り飛ばし、ハイキックで首をへし折る。間髪入れずに襲ってきた2体のホブゴブリン。リタは飛び上がると左側のホブゴブリンに剣を投げて頭部を地面に縫い付けると着地しながら右側のホブゴブリンの棍棒を左手で砕き、胸部に右の拳で風穴を開ける。

 一瞬、剣要らなくねという考えが頭を過ぎるも、流石にゴブリン相手に素手で戦う幼女は絵面がまずいと思いながらリタは慌てて、ぴくぴく痙攣しているホブゴブリンの潰れた頭部から剣を引き抜くと次の獲物に向けて駆けて行った。


 エリスも次々にゴブリンをなぎ倒し、串刺しにしながら前に進む。姉は当然として、自分も流石にこの程度の敵には楽勝だな、と。遠距離攻撃手段を持つ敵を中心にエリスは屠っていく。だが、ホブゴブリンメイジがこちらに向けて、魔法を放つ準備ができつつあるのが見えた。走っても間に合わない。剣を投げてもいいが……いや、やめておこう。

(一応私魔術師志望だし。おかしいのはお姉ちゃんだけで十分。)

 初めてだとしても、この程度は簡単に出来なければ姉には追い付けない。エリスは左手を伸ばした。


氷の槍アイスランス


 途端に空気中の水分が凝固し、瞬く間に1メートルほどの先端が尖った氷柱が空中に現れる。それはホブゴブリンメイジの魔法が発動するより早く、すさまじい速度でホブゴブリンメイジの頭部を吹き飛ばした。うん、やっぱり私は魔術が使える。以前姉と一緒に読み解いた魔導書にあった、一般的な攻撃魔術だ。姉曰く、初級術式とか言っていた。魔導書より姉の解説の方が分かりやすいのは双子ならではだろうか。


 2つの白銀の軌跡が縦横無尽に駆け、文字通りゴブリン達が蹴散らされていく。乗客たちは絶句していた。



 ――――その姿を見て、リィナは賭けに勝ったことを確信した。


 危なげなく戦えている。油断も必要以上の恐怖も無い。

 それにしてもエリスがいつの間にか攻撃魔術を使えるようになっていたとは……それも実戦向けの高速詠唱クイックキャストで。魔力の淀みもロスも無い。術式も美しく洗練されており、非常にスマートな戦い方である。本当に末恐ろしいと思う。

 エリスが道理に従う天才だとすれば、リタは道理を覆す天才だろうか。

 リタに至っては何故か素手でホブゴブリンを倒している。何でもありの戦闘センスに関して言えば、リタはエリスよりも更にずば抜けている気がする。彼女は回復術師になりたいと言っていたはずだが……。

 そして同時にリィナは不安にもなる。この歳で戦場に命を賭ける覚悟を持つ彼女たちの将来がどうなってしまうのか、と。だがそれも全て、無事に切り抜けてから考えればいいことだ。


「リタ! そのまま抜けてこっちの雑魚を殲滅!」


「任せて!」


 リタは置き土産とばかりに、回転しつつ3体のゴブリンを巻き込み切り刻むと、そのままリィナの横へ走りこんでくる。クロードが対処しきれないゴブリン達が集まってきており、リィナの魔術障壁を壊そうと躍起になっている。それらの敵を横から飛び込んできたリタが次々と斬り倒す。


「エリス! 馬車に気を配りつつ、残敵掃討!」


「分かった!」


 エリスは馬車を狙える位置の敵を優先しながら、的確にゴブリン達を屠る。優先順位付けも、及第点だとリィナは思う。初めてにしては出来過ぎている。


 やがて、リタが粗方リィナ付近のゴブリンを掃討すると、リィナは魔術障壁を解いた。勿論、打って出るためだ。


「リタは私の援護をお願い。クロード、下がって!」


 リタの頷きと、慌てて全力で離脱するクロードを尻目にリィナは魔術を行使する。右手にはいつの間にか短い杖が握られている。魔力の制御と攻撃魔術の照準を補正できるものだ。


「さて、好き勝手にやってくれたわね?」


氷結爆破アイシクルバースト


 リィナは、先のエリスの手本となるように氷結魔術を選択した。クロードが相対していた数十のゴブリンの中心に突如大きな氷の塊が出現し、荊が伸びるようにゴブリン達を絡めとりながら凍らせていく。逃げ惑うゴブリン達をひと通り取り込むと、一気に爆散した。凍ったゴブリンだった欠片が周囲に撒き散らされる。


「クロード、撃ち漏らしはお願い!」


 返事をするより早く、クロードは残った数体のゴブリンに斬りかかっていく。連携は流石だな、とリタは思った。

(それにしてもさっきの魔術の時、父さん凄い勢いで逃げてたよね。昔何かあったんだろうな……)

 今更勝てないと悟ったのか、逃げ出す残りのゴブリンを殲滅する父に、リタは憐憫の視線を送るのであった。

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