クロードの剣術指南 2

 ラルゴは天使のような少女に誘われ、領主邸の庭に歩みを進めた。一瞬だが、クロードからとてつもないプレッシャーを感じた気がするが、気のせいだろうか。彼は元一流の冒険者ということもあって、かなり存在感が大きくラルゴにとっては少し怖い存在であった。


 ラルゴは、昨年の夏ごろにリタとエリスを見かけてから、幾度となくこの家の前を通っては彼女たちの姿をもう一度拝めないものかと思っていた。しかし中々タイミングが合わなかったのか、一度も彼女たちの姿を目にすることは無かった。

 だが今朝、彼女たちの声と金属音が聞こえて覗いてみると、驚愕の光景を目にすることになった。知識として、この町の領主は昔一流の冒険者だったとは知っていた。とはいえ、その剣技を見る機会など今となってはそうそうなく、その初めて見る本物の剣戟に魅せられてしまったのだ。もちろん、それを見て目を輝かせる双子もとても魅力的で、彼女たちにあんな目を向けられたいという気持ちも強かったのだが。


 そうして、子供らしい剣への憧れと、可愛い女の子にいいところを見せたいという気持ちが一杯になり思わず声を出してしまったのである。



 ――あの時の少年か。面白い。


 リタはラルゴに見られないように口元を吊り上げる。確かエリスに石を投げようとしていた子だね。未遂だったけど、思い出したらちょっとムカムカしてきちゃった。稽古と称して合法的にボコボコにしてもいいよね? そうすればすぐに帰るだろうし。


 そう考えて門を開けて、彼を庭に招き入れたのであった。クロードが驚いた顔をしている。また、エリスはリタの陰に隠れるようにしている。彼女の人見知りは相変わらずだ。


「私は、リタ!リタ・アステライト。後ろは双子の妹のエリス。君は?」


「お、俺はラルゴ・ヤンバルディ」


 リタの笑顔に気圧されながら、ラルゴは答えた。

 さらに、クロードが続ける。


「俺は彼女たちの父親のクロードだ。……一応、この町の領主でもある。そうか、君がヤンバルディ商店の一人息子か。話には聞いている」


「はい、そうです」


「ねえねえ、パパ? 一緒に教えてあげる?」


「うーむ。さすがに他所の子供に勝手に教えるのもな……それにやはり怪我をさせるのも忍びない。君は今日は見学と、素振りだけだ。それでもいいね?」


 父さん、意外とまともな思考も出来るんだね。


「はい! 構いません」


 いやいやラルゴ少年よ、私が構うのだよ。今から木剣で骨が折れない程度に心をへし折ってあげようと思っていたんだから。そんなことをリタが考えていると、エリスが袖を引っ張ってヒソヒソと話しかけてくる。


「……お姉ちゃん、あのラルゴって男の子、たまにうちを覗いてた人だよね?」


「うん。そうだね……エリスもしかして怖い? 嫌だった? お姉ちゃん、ちょっとあいつボコボコにしたいなって思って誘っちゃった」


「……お姉ちゃん……別に嫌じゃないよ。だって私たち友達いないし……ちゃんと手加減してね?」


「ぐぎぎ……」


 リタもエリスも殆ど家の敷地から出ないので、勿論友人などいない。ここで年上の男の子をボコボコにする女の子よりは、一緒に剣の修行をする女の子の方が世間体は良さそうだ。

 小さく、リタは舌打ちする。でも、エリスにはあのボッチ生活を味わって欲しくはない。ここは我慢だ。



 そんなリタの葛藤は知らずクロードは口を開く。


「あぁー、えーっとラルゴ少年? 最初に断っておく。自分で言うのも、アレなんだが、ちょっとうちの娘たちは割と、結構? 天才なんだ。それと常識も無い。出来ればその辺りの事は……すまないが、大目に見てやってくれ……」


 ああ、また父さんの親バカが始まってしまった。エリスが天才なのは間違いないけれど、それを初めて話す男の子に言ってどうするんだろう。絶対この父親ヤバいって思われてるよ。リタは早速気が重くなる。


「はい、俺は大丈夫です!」


「よし、じゃあ君の剣も用意しないとな……」


 ――クロードはラルゴと話しながら、残った丸太からもう一本剣を削り出していく。……心なしか仕上がりが雑なのは、きっと何処の馬の骨とも知らない男の子に対する、彼の複雑な心中が影響していたのかもしれない。

 いつの間にか庭に出て、面々を眺めていたリィナはため息をつく。四歳の姉妹と五歳くらいの男の子に何を心配してるのか……。



「よし、これで剣は皆持ったな? ………今、お前たちが手にしているものは武器だ。例え木剣であろうともそうだ。それは、本質的に言えば敵を殺す、その目的の為にある。だから、今から君たちが学ぶ技術は、人や魔物、自分が敵と定めた相手を殺す技術だ。そして自分の弱さを殺し、大切なものや命を守る術でもある。……今はまだ分からなくて構わない。だが、ゆめゆめ忘れるな。武器を手にするということは、相対する相手を殺す覚悟と相手に殺される覚悟を決めるという事だ」


 クロードの雰囲気が変わる。リタはどこ吹く風であるが、ラルゴは思わず喉を鳴らす。エリスも真剣な顔で頷いている。


「じゃあ、早速だがリタ! エリス! 剣を持て!」


 その声に姉妹は揃って剣を両手に構える。

 クロードはニヤリと笑うと、こう言った。


「よし、二人同時でいい。思い切り打ち込んでこい。まだ何も教えてないからな、好きにやるといい。それを見て今後の教え方を考えよう。俺からは打ち込まないが、ガードはする。もし、無いと思うが、一本でも俺から取れたら、何でも好きなものを買ってやろう」


「じゃあパパ? リタはパパの持ってる剣で一番高いやつちょうだい?」


「エリスは、ちゃんとした魔導書がいい!」


「ああ、勿論。出来るものならやってみるがいい」


 クロードは笑いながら答える。流石にこんな幼女たちに一本取られたとあっては元一流冒険者の名折れだ。


 ラルゴは少し置いてけぼりになっていたが、今から見れる出し物にワクワクしていた。未だに、あの姉妹の顔をまともに見られないが、きっと模擬戦中なら眺めていても大丈夫だろう、とそんな調子だ。


 さっきまで椅子に座って眺めていたリィナが口を開く。


「それじゃ、公正に私が審判を務めさせていただくわ。多少の怪我はお互い覚悟の上よね? 私は簡単な応急処置程度しか治癒魔術は使えないからね。それとあなた、分かってるわよね?」


「ああ、大丈夫だ」


 クロードは娘たちに怪我をさせるなという意味だと受け取った。実際にはリィナは、絶対に一本取られるなという意図を言外に込めていた。クロードの剣はともかく、まともな魔導書がいくらすると思っているのか、彼は認識しているのだろうか。


 双子はこそこそと内緒話をしている。きっと作戦会議だろう。それを微笑ましいと思いつつも、クロードは父の威厳と、戦う術を得るということがどんな覚悟を必要とするものかを教えなければならない。

 幼い女の子に対しては、非常に手荒であることは否めないがクロードは彼女たちならきっと大丈夫だとそんな予感があった。


「よーし、エリス! 二人でパパをやっつけよう!」


「うん、お姉ちゃん!」


 凄くいい笑顔でやる気満々の二人に、クロードは非常に複雑だ。あれ、俺何かこの娘たちの恨みを買うことしたっけ? そんなクロードを余所に、少し離れたところで姉妹は剣を構えた。クロードも自分用の昔から素振りに使っている木剣を手にする。


「それじゃ、準備はいい?」


 リィナの問いかけに、三人が頷いた。



「それでは――――始めッ!」

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