クロードの剣術指南 1
季節は、もうすぐ春を迎えようとしている――。
グランヴィル王国は、比較的温暖な気候である。そして四季がある。
リタが慎太郎として生きていた頃には、地球に四季など無かった。暑さや寒さに驚愕を覚えるも、季節により移り変わる景色はとても愛おしい。名も知らぬ木々や花々が少しずつ色づいていく様子は、冬の終わりを告げていた。
地球と同じで、年や月の概念が存在しているようで、おおよそ三か月ごとに季節は巡る。
正確には一年の長さや、一日の長さは異なるかもしれないがリタにとっては些細なことであった。自分が認識している世界が、今は生きる世界なのだから。
そんな休日のある朝のこと――。
リタはこの日が来るのを待ち望んでいた。そう、今日からクロードが剣術を教えてくれることになっている。修行時代にはただ本で読んだ知識しかなく、どちらかと言えばどう敵の隙を突き、殺すか。それだけに集約されたものであった。また、元々ノルエルタージュの知識が元になっていたため、あまり型というものは無く、あくまで魔術師が魔術と共に振るうことを想定していたものであった。
そのため、ちゃんとした剣術に触れられることはとても嬉しいのだ。やはり異世界と言えば剣と魔法であるし、ちゃんとカッコよく剣を振りたいと思う。
「よし、準備はいいな?」
クロードは仁王立ちで庭の中央で待ち構えている。彼の後ろには多くの剣が並べられている。
リタに遅れエリスも玄関から出てくる。二人とも、少し背が伸びたようだ。
クロードは、ようやく父の威厳を見せる時が来た、と並々ならぬ気持ちで双子に向かい合う。
「よし、とにかくまずは剣を選ぼう。最初は重心とか分からないだろうから、好きに選んでいいぞ。もちろん、剣の正しい選び方はパパが今度しーっかり教えてあげるからな! ここにあるのはパパが集めた剣の中でも、マジックアイテムを選んでいる。これは使用者に合わせて大きさが変わる凄い剣なんだ! だから、お前たちにも扱えるはずだ」
目を輝かせながら、自慢げな父が並べた多くの剣に向けて歩き出したリタであったが、自宅の二階の窓より母の声が響いて足を止める。
「あ・な・た~? まさか、真剣を使うつもりじゃ無いわよね?」
笑顔のリィナはにこやかにそう言った。あれはとても怒っていらっしゃる。
「アッハッハ……も、もちろん、真剣など使わないとも! あぁ、そうだ。これは……そう、飾りだ。ハハッ……」
クロードはたちまち顔面蒼白になりながら、周囲に並べた剣を片付けていく。
きっと娘たちに自慢したかったんだろうなぁ。リタは生暖かい目でその光景を眺めていた。エリスはやれやれと首を振っている。
「よし、今日は木剣を使おう、そうしよう。な?」
引き攣った笑顔の父に、双子はうんうんと頷く。
「よーし、それじゃ木剣は子供サイズが無いから……。とりあえず庭の樹でも伐採するか? ……いや、リィナに俺が伐採されるな……。今から買いに行くのもな……」
一人で唸っている父を他所に、双子はヒソヒソと話し始める。
「ねぇ、お姉ちゃん? 確か裏庭に木材積んであったよね? 前にパパが勝手に倉庫作ろうとしてママに怒られてたやつ」
「ああ、あれね。とりあえず持ってきて削ろっか?」
完全に自分の世界に入っているクロードを放置して双子は裏庭へ走っていく。
とりあえず、大きさは十分なようだがこの丸太をどうやって運ぼうか。リタの膂力であれば、普通に持ち上げて運べるが、さすがにそんなところを見せれば父が卒倒しかねない。
「エリス、何してるの?」
「うーん、前にお姉ちゃんと遊んだときみたいに、魔術で持ち上がらないかなって思って」
きっと無属性魔術に分類される念動のことだろう。正直リタからすれば属性に分けて考える必要性は疑問であったが、この世界の人間にとって魔術は技術だ。体系化する際に都合がよかったんだろう。
「大丈夫、力を合わせたら出来るよ? だってエリスは天才だからね」
「はいはい、またお姉ちゃんはそうやって言う……」
「事実でしょ? いくよ、せーのっ!」
そうして双子が丸太に手をかざすと、ゆっくりと一本の丸太が浮き上がる。
「ねぇ、お姉ちゃん? どうしてそんなにバカみたいな出力なの?」
エリスがジト目でリタを見る。
「お姉ちゃんは妹に馬鹿と呼ばれて悲しいです……」
「じゃあもうちょっと抑えてよ……。丸太が飛んでいっちゃうよ?」
そんなことを言いながら双子は庭に丸太を運んでいく。
「お前たち、どこ行ってたん……だ?」
クロードは二人が運んできた長さ二.五メートル、直径八十センチ程度の丸太を見て目を丸くしていた。
「お、おう。さすがだな……お前たち。でも、あれだ。ここ外だから、な? もうちょっと自重しような? パパは凄く自慢だけども。それ他の子供はやらないから、な?」
虚ろな目でそう言うクロードを見て、双子はそろって首を傾げる。どんなに聡くても、知らない常識には合わせられないようだ。
そんな光景を二階の窓から見ていたリィナは、今度教会の慈善学校にでも出して常識を教えないといけないなと思っていた。正真正銘の箱入り娘である二人は、ほとんど家の敷地から出たこともないのだ。はぁ、これも娘たちを大切にしすぎるクロードのせいね。とリィナは溜息をついた。
「よ、よし! パパの剣術を見せてやろうじゃないか」
ようやく再起動したクロードは双子が運んできた丸太を軽々と持ち上げると、庭に思い切り突き刺した。あぁ、芝生が……。また母さんに怒られるよ……。
「わぁ、楽しみ~」
リタは父の威厳のために笑顔で手を叩く。エリスも若干気だるそうに手を叩いている。
それに気をよくしたクロードは、近くにある白銀の長剣を手に取ると丸太に向かって構えた。両手で剣を持ち、半身で腰を少し落とし切先が丸太を向く。確かに美しい構えだ。普段のクロードからはとても想像が付かない。そして、一瞬彼の姿がブレたかと思うと次の瞬間には丸太が切り刻まれていく。凄まじい速度で剣閃がきらめき、全く無駄のない軌跡で、スッとバターを切るように長剣が翻る。リタは素直に感嘆の息を漏らした。まさか父がこれほどの使い手とは。
散らかしすぎだけど……飛び散った木片はきっとリィナに怒られながらみんなで掃除することになるだろう。
そうして瞬く間に、丸太の上に二本の子供用の剣が並んだオブジェが出来上がった。意外とクロードはセンスがいいなとリタは思った。
「「すごーい!!」」
双子は揃って笑顔で手を叩く。エリスも目を輝かせている。
「そうだろ~? パパは凄いんだぞ~?」
クロードは得意げな顔で丸太から2本の剣を切り離すと、切先の形を揃え握りを丁寧に削っていく。
「ほら、出来たぞ!」
双子はそれぞれにお揃いの木剣を受け取った。
握りの感じも結構馴染むし、重心も悪くないね。流石に剣バカなだけはあるよ、父さん。リタは心の中でそんな事を思いながら、先ほどの父の構えを真似る。
それを見たエリスも真似て構える。
「ねぇ、どう? パパ? リタカッコいい?」
「パパ、エリスも上手?」
「ああ勿論。二人とも、とーっても上手だ!」
そんな事を言いながらも、クロードは鳥肌が立っていた。どうしてたかだか4年も生きておらず、命をかけた戦いも経験していないのにあんなに堂に入った構えが出来る? 確かに、リィナが言っていた通りだ。この二人は普通の子供とは違う。
――――これは、教えがいがある。
護身術程度で済ませるつもりだったが気が変わった。俺の持つ剣の全てを叩き込んでやろう。そうすれば、彼女達がいつか下らない男に言い寄られても叩き斬ることが出来るし悪くない。
「お前たち! 剣の頂を目指す覚悟はいいか!?」
「「おーっ!!」」
父の気合のこもった掛け声に、双子は小さな拳を天に突き上げて応える。
可愛い! クロードは口に出さないようにするので精一杯である。
そんな時であった。門の外から声が響く。
「あの! すいません!」
「うん?」
クロードは聞き慣れない子供の声に首を傾げながら門の所に向かう。柵越しに、双子より少し年上だろう男の子が見えた。
「どうかしたのかい?」
クロードは優しく声を掛ける。
「あの、お、俺はラルゴって言います! ……突然ごめんなさい、音が気になって覗いてしまったんですけど、あの、さっきの丸太切ったやつ、とても凄かったです。俺にも、剣を教えてくれませんか? お願いします!」
彼はそう言い切ると思い切り頭を下げた。どちらかと言えば悪ガキ風な雰囲気を感じていたクロードだったが、彼の真摯な態度は悪くないと思った。また意外と大人びており、しっかりとした話し方だ。服装も子綺麗で、割といい家庭で育ったのだろうと思われる。
しかし、しかしである。
娘たちに変な虫が着いても困るのも事実。非常に悩ましい。
考え込むクロードを見て、やっぱり突然押し掛けてダメだったかと思ったラルゴだったが、助け舟は意外なところからやってくる。
「君はだれー? とりあえずこっちにおいでよ!」
クロードの脇から姿を見せたのは、白銀の天使。
そのオッドアイに微笑みを湛え、門を開けたのだった。
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