クロードの剣術指南 3

 ――流石に、簡単に攻められそうな隙は無いね。


 リタはそう思いながら、よくクロードを観察する。だが、是が非にも剣は欲しい。うちは残念ながらそこまで裕福ではないが、両親の冒険者時代は違ったはずだ。この世界では簡単に人が死ぬ。そんな世界で人々を魔物の脅威から守り、時には未知を切り開く。そんな職業の中でも一流と言われる人々はそれなりの稼ぎということは明白だ。それに、父さんは剣バカだし命を預ける装備に金を惜しむような性格はしていないだろう。


 だから――油断しているであろう最初が勝負。


 左の脇が空いているように見えるがブラフだろう。剣先は意図を悟らせないためか小刻みに揺れている。視線でこちらの動きを誘導しているのだろう。


 勝機があるとすれば低いところからの一撃だろうか。まだリタとエリスはゴブリンよりも小さい。基本的に人間の視界は遠いところの細かい動きは見えないはずだ。上段から斬り下ろすよりは多少マシだろうが、それでもクロードに届く気はしない。魔術などは使わずに正面から戦う程度にはリタはしっかりと向き合っていた。


「エリス?」


「うん!」


 妹に声を掛けると、リタは文字通り飛び出していった。エリスは斜め後方より追従する。

 あえて左右の歩幅を変えてクロードのタイミングをずらそうと試みるも、簡単には乗ってくれないようだ。それじゃ、小手調べの一撃から行こう。


 リタはあえてクロードと正面から相対していたが、間合いに入る直前で右に飛ぶ。そうして回転しながら、自分の身体の陰に木剣を隠すようにしながら横周りに振りぬく。

 軽すぎる体重でしっかり衝撃を伝えるためには、遠心力や運動エネルギーを上手く使わなければならない。木剣は最短距離でクロードの胴に走るが、クロードはしっかりと木剣で受け止める。リタの手には衝撃が走るが、想定内である。そのまま、小刻みに横移動を続けながら少し不規則になるように、剣を振る。

 それを受け止めるクロードのリズムが、若干崩れた瞬間を見計らいクロードの後方よりエリスが走り込んで斬りかかる。リタは流石エリスと思った。完璧なタイミングと軌道だ。

 だがクロードは一瞥することも無く、右足を後方に振り上げてその木剣を受け止める。エリスは予想していなかったのか、体制を崩し追撃できない。そして足を振り上げた姿勢で同時にクロードはリタの足元からの切り上げを受け止める。なるほど、行儀は良くないが流石だ。これが冒険者の剣か。リタは思わず笑みが零れる。クロードも笑っているようだ。



 ――――こいつら、本当に今日初めて剣をもった子供か?


 一撃の重さ、足運び、速度、判断力――そしてリタからは奇妙な感覚を感じる。妙に戦いなれているような、相手を観察する視線だろうか。

 勿論、まだまだ拙い剣である。それでも計り知れない可能性を感じる。リィナは魔術も素晴らしいと言っていたが、剣術もとてつもない可能性を秘めている。あぁ、全く面白い。

 さぁ、次はどう来る? 久々にクロードは剣で誰かと相対する高揚を感じていた。



 リタは間髪入れずに、打ち込んでいく。なかなか思うように身体が動かない。とりあえず時間稼ぎの打ち合いだ。ようやく復帰したエリスも加わるが、クロードは素早く正確に二人の一撃をいなしていく。

 これじゃ、埒が明かないね。リタは飛び上がると上段から思い切り斜めに回転しながら振り下ろす。重たい音が響きクロードも少し顔を顰めている。

 それなりに体重と運動エネルギーを乗せたからね、想定通りの反応だよ、父さん?

 リタはまるで剣が弾かれたかのように剣から手を放した。それをクロードが認識したのを確認してから、その回転の勢いを利用し落下途中の剣を左手に逆手で掴むと連続して斬りかかる。これにはクロードも驚いたようで、慌てて防御の姿勢をとる。勿論、その隙を逃すエリスでは無く、スッと左に回ると脇の下を目掛け思い切り木剣を突き刺す。


 だが、それでもクロードの方が一枚上手だった。リタの一撃を右手で持った剣を左手の肘で支えつつ受け止め、左手の指先でエリスの剣先を摘まんでいる。


「惜しかったな?」


 クロードは冷や汗を搔きながら、あくまで余裕な表情を取り繕い双子を見る。

 姉妹の顔には多少の驚きが浮かんでいるものの、まだまだ戦意は衰えていないようだ。


「流石だね、パパ!」


 リタは笑顔だ。エリスも笑う。


「次はエリスの番ッ――!」


 エリスが、クロードに向かって駆ける。次にリタが追従する。エリスは左右にブレながら走り込むと、思い切り上段から斬り下ろす。難なく受け止めたクロードであったが、顔面にエリスの右足が迫っていた。

 エリス、ダメ! 下着が見える! リタはトップスピードで空中のエリスの横を駆け抜ける。風圧で彼女の貞操は守られたハズだ。あそこの間抜け面のラルゴには見せてやるもんか。クロードはリタを見て良くやったと頷いている。エリスの蹴りも剣から離した左手でいなしたクロードは、そのままエリスを軽く押し返す。悔しそうな表情のエリス。だがその表情はブラフだ。エリスは剣先で地面をなぞると、砂をクロードの顔面に見舞う。合わせてリタが後ろから斬りかかる。だが、それでもクロードは受け止める。


「いいぞ、お前達!」


 クロードも楽しそうだ。ここはもうとことんやるしか無いな。エリスに目配せすると、エリスは連続でクロードに斬りかかる。その中でも、一段と力を込めて振り下ろした剣はクロードの剣に弾かれる。一瞬空に浮いて後退するエリスと弾かれ回転しながら宙を舞う剣。

 だが、先程のリタのこともあってクロードは冷静に観察していた。だが、予想を裏切りなんとそのままエリスが前に出て来たのだ。これはクロードの視野にリタを入れないためだ。エリスの後ろから走り込むリタは空を舞う剣を左手に掴むと、両手に持った剣を十字に交差させてエリスを飛び越えクロードの頭上に迫る。

 クロードは何とかリタの一撃を堪えるも、その瞬間リタは左手の剣を離しエリスに渡していた。エリスは腰から回転しながら掴んだ剣先を思い切り横に振り抜く。クロードは咄嗟に肘でガードしたが、頭上のリタを抑えきれない。

 そのまま頭から宙返りするようにクロードの後方に回り込むリタは乱暴にクロードの剣に自分の剣先を叩き付ける。

 自棄になったか? クロードはそう思いながら受け止めた。リタの剣が真っ二つに砕ける。そしてリタは予定通りと笑うと折れて宙を舞う剣先を足で蹴り込みながら、手に残る折れた剣の根本を振るう。

 それと同時にエリスも手刀で自分の剣を叩き折ると、両手に持って差し込む――――。



「――――参った。俺の負けだ」


 流石にクロードも四つの剣を完全に抑えることは出来なかったようだ。木剣だからこそ出来たことであるが、それを瞬時に判断し実行する。何という戦闘センスと連携だろうか。クロードも感嘆の息を漏らす。


「お前たち、冗談抜きで剣の頂を目指さないか? お前たちなら、きっと剣聖に届きそうだ」


「うーん、リタは回復術師になりたい!」


「エリスは魔術師!」


「えぇ……」


「ねぇパパ、そんなことより剣ちょうだい! 一番高いやつだからね!」


「魔導書はね、珍しいやつがいいな! 神聖文字で書かれてる本!」


 笑顔の双子にがっくりと項垂れるクロードであった。


 その頃、ラルゴは完全に思考停止していた。ポカンと口を開けて双子とクロードを眺めている。

 その様子にリィナは苦笑いするしかなかった。


「ね、ラルゴ君? 一応聞くけど、君ももしかしてうちの子供達くらい動けたりするのかしら?」


 ラルゴはブンブンと全力で首を横に振っている。

 ラルゴはようやく、クロードの言っていた意味が分かった。天才で常識の無い姉妹。最初はすごく可愛い娘たちだし親バカでもしょうがないかと思っていた。だけど間違いない。彼女達は人間じゃなくて天使なんだ。そう確信したラルゴであった。



 ――それからしばらくの間、意気消沈したクロードより基本の型を習った3人の子供たちは庭で素振りを続けていた。ちなみに双子がへし折った剣はまた作り直した。時刻は正午を告げている。


「よし、今日はこのくらいにしておくか」


 庭の掃除をリィナに命じられていたクロードの声で三人は動きを止める。

 じゃあそろそろ、と帰り支度をするラルゴをクロードは門まで案内しながら声をかける。


「ラルゴ君、すまないが君に合わせて教えることは難しい。だから――」


「大丈夫です。俺は、きっと、いや、必ず二人みたいに強くなります。だから、お願いします」


「あぁ、分かった。その言葉を信じよう。君も筋は悪くないからな。だが、もしあの二人と並んで稽古を続けるのであれば、生半可な覚悟では難しいということは分かっただろう? 時間のある時に今日の復習をすること。あとは、本格的にやりたいのであれば、ご両親の許可を取りなさい」


 そう言って、クロードが作ってくれた木剣を布に包んで渡してくれた。


「はい、分かりました。必ず」


 リタとエリスは庭の中心から手を振っている。今日は最初だしあまり仲良くはなれなかったな。そんなことを思いながら、ラルゴが門を出ようとしたときクロードが小声で話しかけてきた。


「あぁ、それから、これが一番大切な話だ」


 クロードの真剣な顔つきにラルゴは足を止める。



「――――娘たちに手を出したら殺す」


 そのとてつもないプレッシャーを浴びて、ラルゴは少し涙目で首を縦に振る。とんでもない家族と関係を持ってしまったかもしれない……と思いながら。






 ――――どこかにある大きな屋敷の豪奢な部屋。


 そこには、まるで作り物のように美しい容姿の女の子がいた。

 恐らく四歳くらいであろう。この世界では有名なおとぎ話を、母親から聞いているようだ。


「ねぇ、お母様? どうしてこの魔法詠唱者には名前が無いの?」


「どうしてかしらね? でも名乗らなかっただけっていう人もいるし、本当に名前が無かったっていう人もいるわね」


「変なのー。だってその人にはちゃんと、っていう名前があるのにね?」

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