終わりの始まりを告げる号砲
季節は、初夏くらいだろうか。
きっと、気持ちの良い晴れた昼下がりなんだろう。
所々に死体のある大地で、邪神と向き合ってさえ無ければ。
最早正気など期待出来ない様子である事はすぐに分かった。アレがあの時の少女の成れの果てかと思うと、いいようのない嫌悪感が沸き上がる。
しかし、それにしても。とシンは思う。
弱すぎるのである、邪神の発する魔力が。隠蔽している様子も無い。だが、存在の大きさだけは計り知れないチグハグさだ。
まだ、完全では無い? そもそもここまで既に傷ついているのは何故だ。誰も傷つけられないと話していたはずだが。俺と話していたノエル、端末の方が一矢報いたか?
よく分からないが、邪神は待ってくれないようだ。
始まりを告げたのは、邪神の放つ炎熱術式であった。
展開された魔術式の構成を読み解きながらも、慎重に裏が無いか術式を解析する。前世で既にサイボーグ化に慣れていたため、彼の右眼は解析に特化したものに改造している。とりあえず、イデアの魔眼と呼んでいるがもう少しかっこいい名前があれば変えたいと思っている。
単一構成の中級術式って、小手調べのつもりか?
魔術式は、魔力で魔素に干渉する際に使うもので、効率良く魔素を動かすことの出来る波動だと本には記されていた。こと高速戦闘においては、一瞬で展開と魔術変換が行われるため、常人ではとても捉えられるものでは無いが、シンの右眼では幾何学模様が織りなす数式のようなものをしっかりと捉えていた。
とりあえず、問題は無さそうだ。隠蔽もしていないのは怪しいが。とりあえず肉体も同じく魔法的にかなり強化していることだ、ここは乗ってやることにしよう。
シンは口角を吊り上げると、両手を広げ中級炎熱魔術『
「しまったな。自分の身体のことしか考えて無かった」
亜空間にいた頃から着ている、簡素な作務衣のような服は、向こうでは物理的な影響を受けなかったものの、こちらでは異なるようだ。胸のあたりを中心に大穴が空き、燻っている。
まだ爆炎でシンの視界が埋まっている頃、邪神は動いていた。転移魔術でシンの背後を位置取る。
そうして、彼の首筋に差し込まれようとしているナイフをシンは左手で受け止める。
元々、炎熱術式が目眩しであることはすぐに気づいた。邪神がどれくらい元になった人間の魔術を行使できるのか分からないが、時空魔術は使ってくる前提でいたからだ。
やはり、爆発に紛れて背後に転移する定石で来たか。
邪神の表情は変わらない。
とりあえずもう一度転移の魔術を発動しようとしているところを、術式破壊で邪魔させて貰う。
これは簡単に言えば、自身の魔力で相手の魔術式を破壊するだけだ。今回はピンポイントに、事象の発現について記述された部分を破壊した。
「すまない、初めてなんだ。優しくエスコートしてくれると嬉しい」
ノルエルタージュが残した本には、魔術だけでなく肉弾戦闘の術も多くあった。
やはり異世界、ここは剣から試すとしよう。
空中に黒い砂が集まったかと思うと、剣が現れる。地中の砂鉄を電磁力で集めて成形しただけの真っ黒な剣だ。それぞれの分子構造の相対的な位置を固定化して硬化すればそこそこ使えるはずだ。
それを右手で掴むと左手で掴んでいたナイフごと、邪神を押し戻す。
四メートル程度の距離を置いて相対する。
半身になり、少しだけ腰を下げる。
シンは邪神に向けて、左手を伸ばすと指を曲げて挑発した。これだけは、やってみたかったんだ。と、思わず緩みそうになる気を引き締める。
相変わらず邪神の眼は焦点が定まっているのかも分からず、意志が読めない。
だが、邪神が挑発に乗ることは無かった。
同時に複数の魔術が並列展開されているのを右眼で感じたシンは、その全てを術式破壊で無効化しつつ一瞬で距離を詰めた。
袈裟斬りに砂鉄の剣を振ると、剣は簡単に邪神の右腕とナイフを切断した。断面から噴き出る血液を浴びて我に返る。
おかしい、やっぱり邪神の気配に対して弱すぎる。
そして、救いたいと思っていた少女の右腕の肘から先を切り飛ばした罪悪感。
とりあえず時間を稼ぐか。
ノルエルタージュ謹製の時空結界を多重展開する。
しかし、向こうも時空魔術を得意とする身、簡単に捕まってくれる訳では無い。
とりあえず力技だが、一旦魔力障壁に閉じ込めた。シンの魔力で変質した障壁は、核シェルターを遥かに凌ぐ頑丈さである。
戦闘しながら、右眼はずっと解析を続けているが邪神の違和感の正体は掴めない。
そんな時であった。声が聞こえたのは。
「早かったわね、シン」
「いや、待ちくたびれたよ、
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