第四話
ユナ王国第一王子レイ・リュエリオ・フォン・ド・ユナは不満であった。
婚約破棄は正当であった。アンは確かに元婚約者であるマリー・フォン・ゴアにいじめられていた。
それを指摘し糾弾し、婚約破棄を宣言したが、その件を知った両親は今までに一度も見せたことのない剣幕でレイを叱りつけた。将来は王位に就かせない、だとか、臣籍に落とすに値する愚行だとかなんとか。
結局、ゴア公爵の意向もあり、この件はうやむやに処理され、アンとの婚姻もなんやかんやで(側妻という形ではあるが)認められた。
そして、正妻であるが、いくら探しても見つからない。どの貴族も全力で拒否するか、とっとと婚姻の既成事実を作ってしまっているのだ。原因はもちろん王子の評判にあり、国王とて事情が事情。拒む貴族に対して強くも出ることはできなかった。
だからと言って、あまりに身分が異なると問題がある。アンが正妻になれない理由もこれなのだ。
うまくいかない。
それが自分の所為であると家中の者から白眼視されていることには、さすがのレイも気付いていた。
「……もうこの際、ゴア公爵に頭を下げる他なかろう、と」
「なるほど。始めから壮大な演出であったと狂言を打つわけですね」
「うむ。まあ誰も信じてはくれまいがな」
「ゴア公爵としても、嫁ぎ先の無くなった娘が無事に嫁ぐことができるのですから、喜んで受け入れるでしょう」
「早速ゴア公爵を呼んでまいれ」
王の言葉に、従者が急いで部屋を退室した。
レイは本心では気が進まなかった。
しかし、断れる雰囲気ではなかった。
「国王陛下。ちょうどこちらから参上しようと思っていたところです」
「うむ。ご苦労であった」
やって来たゴア公爵はやはり立派な体躯を誇っていたが、レイには、今日は心なしか縮こまって見えた。
「足労願ったのは他でもない。実はな……」
説明を受けた公爵は頭を下げた。
「勿体ないお言葉ではございますが、お受けすることはできかねましょう」
思わぬ言葉に、ざわめきが起こった。
「実は、娘は現在屋敷に居りません」
「修道院か。連れ戻して
「いえ、それが……」
沈痛な面持ちの公爵は「実は……」と声を落とした。
「ここ数か月、国境付近で、魔王軍と我が国の軍の争いが頻発しているのはご存じでしょうか?」
「ああ。魔王軍の侵攻は我が国の長年の課題じゃ。頭を抱えておる」
「冒険者たちも協力して魔王討伐に意欲を燃やしていると聞きます」
ゴア公爵と目が合ったレイは自分の知っている情報を付加した。
「はい。王子の仰った通りです。そして実は例の騒動の直後、娘は冒険者になると言って家出をしております」
ざわめきがより広がった。
「……それで?」
国王は続きを促す。
「娘はどうやら、その魔王軍に雇われて冒険者たちと戦っているそうなのです」
「……いまなんと?」
「はい。娘は魔王軍に幹部として雇われ、我が国の軍や冒険者たちを蹴散らしているそうです」
ゲール・フォン・ゴア公爵自身も報告を受けた際、目を剥いたものだ。
子どもに力を与えるとどうなるかのお手本のような振る舞い。ラナはこう記していた。
『……かくして魔王軍に勧誘されたお嬢様は、その高給と待遇に非常に満足され、即座に魔王軍への加入を決意されました。確かに、生活水準は公爵家にいた頃と遜色なく、貴族教育も煩い躾も無し。週の半分の労働で、部屋はフカフカの天蓋ベッドが付き、三食豪華絢爛です。魔王軍の料理人は素晴らしい技術を持っており、ゴア公爵家もこの点ではハッキリと劣っています。どこでも魔法を使っていいということでお嬢様は歓喜され、毎日のように雪だるまを作っておいでです。屋敷にいた白黒の水鳥を覚えておられるでしょうか。お嬢様はかの鳥をペンギンと名付け、毎日のように可愛がっておられます。
直接人を殺すのは気が引けるのか、現在お嬢様は人の住めないほど寒い気候に変えることで征服を進めておられます。人的被害は少なく、お嬢様は『このまま王都まで凍らせてやるわ』と意気込んでおられます。正直私にはお嬢様の熱意が理解できませんが、私もここでの生活に染まり切っており、最早戻ることはできかねます。旦那様におかれましては、ますますのご活躍をお祈り申し上げます。かしこ』
公爵が
レイも何も言えず、ただ唖然として大口を開けたままの間抜け面を晒していた。
「
「うむ」
国王は心を落ち着けるように大きく深呼吸し、厳かに告げた。
「色々と言いたいことはあるが、その
青ざめたレイはすっかり現実逃避の気分になって、あの時婚約破棄をしなければな、などとぼんやり考えてしまっていた
婚約破棄された悪役令嬢は冒険者を目指す……? 佐藤山猫 @Yamaneko_Sato
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