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「あんた、何やってんだよ!」
「あ?」
「真凜が、この子が嫌がってるだろうが!」
勇気溢れるヤマティの行動だったけど、意外なことに売れないミュージシャン男は思ったよりも場慣れ、というか喧嘩慣れしているようだった。
「なんだ、おまえ? いきなり」
「お、俺はこの子の同級生でチームメイトだ!」
「あっそ。で?」
「で、って……」
動じない様子で自分に向き直る一学年上の男に、ヤマティの勢いが萎んでいく。
「同級生でもチームメイトでもかまわねえけどさ、今は俺と真凜ちゃんが話してんの。しかもプライベートな頼みごと。図々しくしゃしゃってんじゃねーよ、部外者だろうが」
屁理屈もいいところだ。けれども予想外の反論に、ヤマティはしどろもどろになってしまう。
「部外者かもしんないけど、でも……」
「でもなんだよ。大体おまえ、うちの一年だろ? 生意気なんだよ。いきなり出てきてさあ」
ボスッ、と何度か聞いたことのある音が目の前で鳴った。いつの間にかポケットに両手をつっこんだミュージシャン男が、その格好のままヤマティの腿のあたりを蹴ったのだ。大して威力はない感じだったけど完全な暴力行為。僕ももう覚えたけど、暴行罪という名の立派な現行犯だ。
「そこまでだ、ミュージシャンのバッタもんみたいな少年。おまえを逮捕する」
「マサキが張り切って走ってくもんだから、今回はあたしがビデオ撮っといたよ」
「立派な暴行罪よね。まずはその、お行儀の悪い脚から処分してあげる」
ヤマティが軽く左腿に手をやるのと同時に、僕の背後から仲間たちが声をかける。そういえばマユさんに言われるまで、僕は自分の役割をすっかり忘れていた。二川に続いてまたもや友人が被害者、それも今回は二人同時ということで、さすがに冷静ではいられなかったのかもしれない。
「すみません、マユさん。やられてるの、二人とも友達なんです」
「みたいね。じゃあますます許せないよね」
「マサキ君のお友達をいじめるなんて、最低のウンコ野郎だわ。下水処理場に流しちゃいましょう」
「……サクラ先生、そういう残念発言、お客さんの前でしてないですよね」
つい反射的につっこんでしまったものの、お陰で落ち着くことができた。
「マサキ?」
「マサキ君?」
遅れて現れた奇妙な集団の中に僕も交ざっているのに気づいて、ヤマティと白根が同時に目を丸くする。
「ごめん、白根。それとヤマティも。もっと早くこのへんを見回ってれば良かったね」
「え?」
「見回りって……マサキ君、何やってるの?」
またもや揃って不思議な顔をする二人。
やっぱり二人、お似合いだよな。
思わず場違いな感想を抱いた僕は、だからこそ自分がすっかりABCに馴染んでいるのだとも自覚した。けどそのことがちょっぴり嬉しく、そして誇らしくもある。
「僕たちは――」
説明しかけたところで、すっかり蚊帳の外に置かれていたミュージシャン男が不機嫌な声で割って入った。
「おい、なんなんだよあんたら」
病弱そうな見た目とは裏腹に、どうやら本当にこういう物騒な空気にも慣れているようだ。大人二名を含む複数の人間を前にしても、少なくとも表向きはびびった雰囲気は見せない。同じ二年生だけど夏に出会った野球部の「クズコンビ」とは、ちょっと毛色が違う感じがする。
「おお、なかなか威勢がいいな。クズのくせに」
「あ? なんつった、今」
とはいっても、オウジさんとはさすがに格が違いすぎた。こちらはびびらないどころかなぜか面白そうな調子で、お得意の「クズ」呼ばわりまでしてみせる。三十歳の大人として、それはどうなのかとも思うけど。ていうか、どうしてヤンキーとかチンピラのリアクションは「あ?」ばかりなんだろう。
「おまえがクズだって言ったのさ。嫌がる女の子を無理矢理、ええっと……壁ドン? なんてしやがって。でもって、止めに入った正義の味方っぽい少年には蹴り。さっきも教えてやったけど、現行犯の完璧な逮捕案件だ」
「は? 逮捕とか意味わかんねーんですけど」
「なんだ。あ? 以外の返事もできるじゃんか。それでも頭は弱いんだろうけど。ああ、そうそう。逮捕とは言ってるけど、俺たちの場合はようするにクズをぶちのめすだけなんだ。悪いな」
「うるせーよ! なんなんだ、てめえ!」
煽られ続けてさすがにキレたミュージシャン男が、ポケットから両手を出してオウジさんの肩を押す。
「あ、おい」
やめとけって、と逆に心配する声をかけそうになったけど、当然ながら時すでに遅し。
「うわあっ!」
どさっという音とともに、ミュージシャン男が綺麗に一回転して駐車場にひっくり返った。漫画みたいに見事な一本背負いだ。
「ちょっとおじさん、危ないじゃん。背負い投げより、そのまま脚払いして後頭部を地面に叩きつけた方が早かったでしょ」
飛んできたミュージシャン男をひらりとかわしたマユさんが、むしろ危なさが増すような注文をつけている。
「悪い悪い。一回これ、やってみたかったんだ。柔道は専門じゃないけどな」
「ていうか今さらだけど、おじさんが使ってる技って何?」
「ああ、詳しく言うなら日本拳法をベースに柔道とか合気道を組み合わせた、実戦格闘術だ。つってもマイナーなやつだし、解剖学の知識も加えてるからマユも知らない――おっと、動くなって」
のほほんとマユさんに答えながら、オウジさんはひっくり返ったミュージシャン男の片腕をさらに極めてみせる。
「いてえっ!」
「そりゃ痛いだろ。俺がもうちょっと力入れたら、肩が外れる状態なんだから。ほら、こんな感じ」
「ぐあっ!」
あーあ、だからやめとけば良かったのに。でも、ざまあみろだ。
ほんの少しだけミュージシャン男に同情しつつ、今回も僕の心には「ざまあみろ」という言葉が浮かんだ。そしてもう、そんな自分に戸惑うこともない。嫌がる白根に無理矢理の壁ドンをして、しかも腕まで掴むようなこいつもまた、文字通りのクズ野郎であり潰すべき存在だ。
僕と同じくマユさんも、あらあらといった顔で呑気に感想を述べている。
「ふーん、実戦向けの格闘術か。あたしのシステマと似てるんだね」
「素敵です! やっぱり強い男性って憧れちゃいます!」
やはり緊張感ゼロの顔と声で、サクラ先生が胸の前で両手を合わせる。でもサクラ先生より強い男なんて、限られてるんじゃ……って、つっこむのはもう止そう。
とにもかくにも、不良中学生一人を取り押さえるくらいはもはや僕らABCに取ってはなんでもないことなので、完全に通常営業の雰囲気だった。
一方で、あっという間に自分たちを助けた、それもなぜか僕も含む謎の集団にヤマティと白根は引き続きぽかんとしている。まあ、そりゃそうだよね。
「ごめんね、二人とも」
きちんとABCについて説明しようとしたところで、先に白根が「あ、あの!」と、気を取り直した感じの声を出した。
「ありがとうございます、助けていただいて。それで皆さんはいったい……。ていうか、マサキ君も仲間なの?」
「ああ、うん」
小さく笑って頷いた僕は、さすがは白根だなあ、と同時に感心させられた。こんな状況なのにまずはしっかりとお礼を言って、しかも頭まで下げてくれるなんて。
「僕、この人たちと街の見回りみたいなことをしてるんだ」
「街の見回り?」
今度はヤマティが顔にクエスチョンマークを浮かべながら訊いてくる。いつの間にか白根の隣に寄り添って、彼女を守るように立つその姿に僕は嬉しくなった。いいぞ、ヤマティ。
「簡単に言うと自警団のボランティアみたいなもんだな。君たちの方はマサキの友達なんだろ? クラブじゃなくて学校の同級生かな」
顔を上げたオウジさんが、変わらない飄々とした調子で問い返した。いつの間にかミュージシャン男をうつ伏せにして、腕を極めるだけでなく背中を容赦なく踏みつけてもいる。これでは完全に身動きが取れないだろう。
「あ、はい。俺、じゃなかった、僕も彼女もマサキと同じクラスです」
彼女、という単語に白根がドキリとしたのがわかった。もちろんそういう意味じゃないだろうけど、可愛くて微笑ましい。
「なるほど。で、このウンコみたいな男が、嫌がる彼女に言い寄って無理矢理手籠めにしようとしたのね」
あとを引き取ったサクラ先生に笑顔で確認されて、白根がこくんと頷いた。大きな目がさらに見開かれているのは、爽やかなルックスからは想像できない三文字が、名前の通り桜色をした綺麗な唇から飛び出てきたからだろう。
「サクラ先生、古い言葉知ってるんだね。手籠めなんて」
マユさんが苦笑する。じつは僕には、その言葉の意味がわからなかった。
「あ、ごめんね。私、時代劇が好きなの。今はネット配信で『三人侍が斬る』とか、『火盗改め・ノブ姫犯科帳』なんかを観てるんだ。
「はあ」
「ちなみに手籠めってのは、嫌がる女性に無理矢理乱暴することだ」
話が脱線するサクラ先生に代わって、オウジさんが笑いながら僕に教えてくれた。相変わらず、なんだかんだ言いながらも周囲をよく見ている。
「そこのポニーテールの可愛子ちゃんに振られて、それでも無理矢理付きまとって壁ドンに及んだってとこだろう? クズ
「ぐあっ!」
またしても勝手なあだ名をつけて、オウジさんは「クズ男」ことミュージシャン男をさらに締め上げる。
「そんな感じかな、ポニ子ちゃん?」
クズ男に向けたのとは正反対の優しい口調で確認された白根が、また小さく頷いた。
「は、はい。昨日、この人から付き合って欲しいって言われたんですけど、お話ししたこともない先輩だし、その……正直、不良みたいで嫌だったからお断りしたんです。私、他に好きな人もいるので」
ぱっちりした目が少しだけ動いて、さり気なくヤマティの方に向けられる。けれどもヤマティはよくわかっていない様子だ。何やってんだよ、もう。
オウジさんに視線を戻した白根は、恥ずかしそうに説明を続ける。
「そうしたら、図書館で勉強した帰りにここで待ち伏せされて、どうしてもデートしてくれって……」
「最低。死ねばいいのに」
「ウンコ以下ね。下水処理どころか燃やさないと」
ABCの女性コンビが、心底汚らわしいものを見る目でつぶやいた。二人並んで一歩前にも出るので、クズ男がびくっとした顔になる。
「おじさん、同じ女として許せないからスイッチしてもらっていい? あたしが肩を外しとくよ。二度と女の子に壁ドンしたり、腕を掴んだりできないように」
「じゃあ私は、これ以上つきまとえないように目潰しするわね。ちょうど新型を買ったから試してみたかったの」
「ひ、ひいっ!」
さらに近づくマユさんと、腰につけたウエストポーチからスプレー缶を取り出すサクラ先生の姿に、クズ男は裏返った悲鳴を上げた。
「す、すいません! もうしません!」
「今さら遅いんだよ。嫌がってる女の子に無理矢理迫るようなクズが、何事もなく許されるわけねえだろ。撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだ、って有名な台詞もあるしな」
「へえ」
「格好いい台詞ですね」
感心するマユさんとサクラ先生のリアクションに、オウジさんは「あ、みんなはこれも知らないのか」と何かを思い出したような表情になったあと、申し訳なさそうに続けた。
「ところでこのクズ男の処理、今回は若者たちに任せてもいいかな」
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