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 僕がふたたび白根に遭遇したのは丸一日後のことだ。


「マサキ、テストは大丈夫そうなのか?」

「あ、そっか。マサキの方がちょっと早いんだよね」

「頑張ってね、マサキ君」


 薄暗くなり始めた夕方、一緒に歩くABCの仲間たちが気遣ってくれる声に、僕は笑顔で答えた。


「ありがとうございます。多分赤点はないと思います。一応、テスト期間前からちょっとずつ勉強してましたから」

「おお、さすがだな。筋トレと同じで継続と積み重ねが大事だからな」


 すっかり元気になったオウジさんが、うんうんと頷きながら褒めてくれる。いかにもこの人らしい例えに、後ろを歩くマユさんとサクラ先生が笑った気配もするけど、言っていることはたしかに間違っていない。


「はい。根を詰めすぎても良くないですし、見回りに誘ってもらえて、むしろちょうど良かったです」


 僕のテストが始まる直前だけど、良かったらこの日にABC活動をしないかとオウジさんからグループメッセージが届き、全員がすぐに賛成したのだった。僕は今言ったような理由で、同じく高校がテスト期間に入っているマユさんも、


《あたしも大丈夫。テスト前も別に普段と変わらない生活してるし》


 という返信だったのでまったく問題ないらしい。エアロビクスの一件以来、メッセージのやり取りをするようになったケンタさん情報によれば、《バイトとかしてるくせに、マユはめっちゃ成績いいんだよ》とのことで、大学へも推薦入試での進学が確実視されているのだとか。


「マユさんて、いつ勉強してるんですか?」


 振り返った僕は、メッセージとともにケンタさんが送ってくれた、苦笑するようなイラストのスタンプを思い出しつつ本人に尋ねてみた。


「え? 学校の勉強?」

「あ、はい」


 逆に僕の方が「え?」と漏らしそうになってしまった。なんだか今の答え方だと、学校以外でもさらに何かを学んでるみたいなんですが。


「バイトの休憩時間とか寝る前に、ノートを見直したりするくらいかなあ。予習は授業が始まる前に教室でやってるよ。あたし、朝は苦手じゃないから、ちょっと早めの電車で登校してるんだ」

「へえ。凄いですね」

「ていうか通学時間の混んでる電車とかは、痴漢するアホもいるからね。入学してすぐの頃、お尻触ろうとしたおっさんがいたからキンタ――じゃなかった、股間に膝蹴り食らわせて取り押さえたんだけど、駅員とか警察に説明させられてめんどくさかったし」

「そ、そうでございますか……」


 マユさんのお尻を触ろうとするなんて、命知らずなおっさんもいたものだ。


「女子高生は大変よね。マユちゃん、スタンガンとかが必要になったらいつでも言ってね」


 ……サクラ先生、どこの業者ですか。


 内心でつっこんだところで、またオウジさんと目が合った。神妙に頷く顔には「うちの女性陣は、怒らせないようにしないとな」とはっきり書いてある。


「そうですね。気をつけます」

「何に気をつけるの?」


 小声で答えたつもりが、サクラ先生にすかさず確認されてしまったので、僕は頭と両手を激しく振る羽目になった。


「え? あ、いや、その、引き続き悪い奴に気をつけて、ABCを頑張ろうという意味です!」

「ふ~ん」

「なーんか怪しいけど、つっこまないでおいてあげる。どうせ二人してあたしたちのこと、ヤバい女とかなんとか言ってたんだろうけど」

「ち、違いますよ!」


 マユさんの耳にも入っていたようで、いつぞやのようなジト目を向けられる。そういう顔をされるだけでも身の危険を感じるので、ホント勘弁してください。


「さ、先に断っとくけど、俺は何も言ってないぞ! マサキが勝手にそういうアイコンタクトをしてきたんだからな!」

「ちょ……!? オウジさん、何裏切ってんですか!」


 ギャーギャーと、三十歳と十三歳の会話とは思えない調子でやり合いながら歩いていると、またもやマユさんが「ちょっと」と声を発した。


「いや、だから俺は何も――」

「違うよ、おじさん。あれ」


 オウジさんを制したマユさんが指さしたのは、住宅街の一角にある小さな郵便局の駐車場だった。


「あの、おかしくない?」

「壁ドン?」

「あら」

「あっ、白根!」


「おじさん」だからということはないだろうけど、壁ドンという言葉の意味がよくわからない様子のオウジさんより先に、サクラ先生と僕がすぐ理解した。薄暗い駐車場の片隅で、制服姿の小柄な女の子が背中をぴったりと壁につけている。小さな頭の脇には同じく制服を着た男の左手。マユさんの言った通り、いわゆる「壁ドン」の体勢だ。

 そして壁ドンされている女性が白根なのだった。


「!! あいつは……!」


 駆け寄っていく中で、駐車場の街灯に照らされた男の顔がはっきりとわかった。あいつだ。昨日、白根に振られたと思われる「売れないミュージシャン」な二年生。まさか諦めきれず、白根に付きまとっているのか。

 おびえた顔の白根が弱々しく首を振る。大きなポニーテールが壁にこすれるのがとても痛々しい。しかもあろうことか、売れないミュージシャン男は白根の華奢な二の腕を、壁ドンしているのとは逆の右手で掴むような真似までし始めた。


「おい!」


 走りながら、たまらず僕が口を開いた直後。


「真凜!」


 道路の反対側から影が一つ現れた。僕らより先に白根たちの方へ駆け寄っていく。


「あっ!」


 逆光なので顔はよく見えないけど、僕には声だけでわかった。そしてそれは白根も、いや、白根の方が即座に感じ取っただろう。つぶらな目がはっと見開かれて、飛び込んでくる姿を見つめる。


「ヤマティ!」


 数秒遅れで駐車場に到着した僕と、白根の声がものの見事に重なった。

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