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二川の無事と、ついでに勘違いコンビへの制裁を見届けたあと、僕とオウジさんは予定通りジムで筋トレを行った。心地よい疲れとともに、しっかりシャワーも浴びてから揃って体育館を出る。ここからはABC活動だ。
オウジさんはかなり追い込んでトレーニングしたようで、シャワールームに向かう時点でなんだかぐったりしていた。ちょっとだけ心配になった僕が声をかけると、「俺はこう見えてドMだからな」となぜか堂々と返してきたので、すぐに大丈夫だとわかったけど。
ABCの集合場所は今日も、マユさんがバイトするコンビニだ。最初に結成された場所だからか、ごく自然な流れであそこが僕たちの本拠地というか根城みたいになっている。ちょうど四人全員の生活圏内に位置する店だし、ベンチやイートインスペースが待ち合わせしやすいのもありがたい。
コンビニに着くと、バイトを終えたマユさんと一足先に来たらしいサクラ先生が、すでに窓際のイートインスペースで待っていた。二人ともプラスチックカップでのんびりと何かを飲んでおり、マユさんはさり気ない感じの、逆にサクラ先生は大きな笑顔で手を振ってくれる。どちらもルックスがいいから、カフェでお茶をする美人姉妹みたいだ。
「早いじゃん」
「お疲れ様です!」
店内に入るとカップから口を離した二人が、それぞれ〝らしい〟挨拶をしてきた。コンビニの中は暖房も効いていてほっとする。マユさんとサクラ先生が飲んでいるのは、お揃いのカフェラテだろうか。時間の余裕はあるし僕も何か買おうかな。
「俺は早番だったし、マサキの練習も三時半頃には終わってたんだ。だよな」
「はい。ちょっと残って二人で筋トレしたくらいです」
オウジさんに続いて僕も答えると、マユさんは「そっか」と頷いたあと、さっきよりもわかりやすい笑顔になった。
「ていうか二人一緒にいると、あんたたち親子みたいだね」
「あ! 私もそれ、思った!」
対面に座るサクラ先生もすかさず同意する。彼女たちの方からも、僕らが家族みたいに見えていたらしい。なんだかくすぐったいような気持ちがした。
「……おいマユ、そこは〝兄弟みたい〟だろう」
「あたし、嘘はつけない性格なの。ごめんね、
僕とは違って渋い表情になるオウジさんにしれっと答え、マユさんがふたたびカップを口に運ぶ。とはいえ、その顔はやっぱり笑っていた。なんだかんだ言いながらも、オウジさんが「ABCピンク」呼ばわりを止めて、名前で呼んでくれるようになったのも嬉しいのかもしれない。
けど。
僕たちがリラックスできたのは、この時間までだった。
ちょうど目撃した二川の一件についても女性陣二人に話したあと、僕たちはいざ見回りに出かけた。
子どもの泣き声が耳に入ったのは出発してほどなく、さっきまでいた体育館にもほど近い、児童公園のあたりに差し掛かったときだ。
「お城! 僕のお城!」
そんな言葉も響いてくる。何事かと、僕たちはすぐに公園へと駆けつけた。
「やめてください!」
自転車止めの鉄柵をすり抜けたところで、今度は別の声が叫ぶのも聞こえた。声の方向を見ると小学一、二年生くらいの女の子が、弟と思しき自分よりもさらに小さな男の子の手を握りながら、目の前にある砂場に向かって必死に呼びかけているところだった。
「お城を壊さないで!」
ぎゅっと拳を握りしめた女の子が、ふたたび叫ぶ。
「おいこら!」
「何やってるの!」
「最低ね」
すかさず反応したオウジさん、サクラ先生、マユさんが、小さな姉弟を背後にかばうような格好で砂場へと飛び出した。慌てて僕も続く。
「ちょっと待て、クズども」
オウジさんの低い声に反応してこちらを見たのは、中学生っぽい男子二人だった。ポケットに手をつっこんだ彼らが、砂でできたお城をつま先でつついていたのだ。どういう理由があるのかは知らないが、小さな姉弟から砂場を取り上げて、しかも大事に作ったそれを壊そうとしていたことは明らかだ。
「てめえら、こんな小さい子たちを――って、あれ?」
「あ!」
僕と同時に気づいたオウジさんが、堂々と二人組を指さす。
「さっきの勘違いコンビじゃねえか!」
姉弟に嫌がらせをしていたのは、なんと一時間半ほど前に二川のこともいじめていた、あの野球部の二人組だった。身に着けた学ランとパンツもうちの制服なので間違いない。
「あ?」
二川へのいじめでキャッチャーを務めていた小太り気味の方が顔を上げると、バッター役だった眉毛を細く整えた方(坊主頭だから、精一杯のお洒落のつもりなのかもしれない)も、「なんすか?」と続く。二人して眉間にしわを寄せているのは、いきなり鬼軍曹さんと同じように「勘違いコンビ」呼ばわりされ、しかも思いっきり指をさされたからだろう。
「つーか誰っすか、おっさん」
小太りがオウジさんに険しい視線を浴びせる。相変わらず両手はポケットにつっこんだままだ。
「なんか用っすか」
細眉も同じ表情でつぶやきながら、あろうことか二人はまたもや足下をつま先で二度、三度とつついた。小さな姉弟が作ったお城が、さらに小さくなってしまう。
「やめろよ!」
その声が自分の口から出たものだと理解するのに、二、三秒かかった気がする。無意識のうちに僕は一歩前へと進み出ていた。背後で頑張る小さなお姉ちゃんのように、ぎゅっと拳を握りしめて。
「それ、この子たちが作った大事なものだってわかってるでしょう。砂場に入ること自体、二人が遊んでたのに無理矢理割り込んだんじゃないですか」
一応は先輩だし、そもそも話したこともない相手なので自然と敬語になった。「やめろよ」と命令形で言っておいてなんだけど。
いずれにせよ、僕たちはすぐに状況を理解できた。こいつらは二川へのいじめを鬼軍曹さんに叱られた腹いせに、ここで小さな姉弟から砂場を奪って憂さ晴らしをしていたのだ。八つ当たりもいいところだ。
「野球部の練習でも二川をいじめてましたよね。そういうの、やめましょうよ」
勝手に口が動き続ける。心のどこかで「あれ?」と一瞬だけ思ったけど、こいつらを許せない、いじめを許せない気持ちがどんどん溢れ出てそれどころじゃなかった。
「いじめは絶対にやっちゃいけないことです。立派な犯罪ですよ」
オウジさんみたいな台詞まで喋ったところで細眉が、「こいつ、うちの一年じゃね?」と小太りを見た。
「マジで?」
「おう。二川とよくつるんでる奴だよ、たしか。サッカー部かなんかの」
あ、惜しい。僕は部活じゃなくて、クラブチームの所属選手なんだよね。勝手に所属先を変えないで欲しいな。
彼らの適当な言い草がおかしくて、つい苦笑が浮かんでしまった。鼻からふっと息が漏れる。
「あ?」
「何笑ってんだよ、おい」
細眉、小太りとほぼ同時に反応して、さっきのオウジさんのとき以上に僕を睨みつけてきた。後輩だとわかって完全に舐めてかかっている様子だ。
わかりやすいなあ。
もう一度苦笑がこぼれる。自分でも不思議だけど全然怖くなかった。彼らへの怒りと、「こいつら馬鹿だな」という呆れた気持ちが胸の中で冷静に並び立つ。まわりにABCの仲間がいるからだろうか。
けれども勘違いコンビは、それがますます苛ついたようだった。
「てめえ、調子こいてんじゃねえよ!」
「一年のくせに生意気なんだよ」
出た。「一年のくせに生意気」。だから、たかだか一年早く生まれただけで何が偉いんだか――。
脳内ですかさずつっこんだ直後、両方の太ももに軽い衝撃があった。ボスっという音。
「あ」
蹴られた。向かって左側の細眉と右側の小太りから同時に、いつだったかケンタさんがやられたように。大して威力のない回し蹴りというのも同じだ。
「オウジさん」
直後に僕がとった行動は、なぜかオウジさんに
「ああ」
「これでオッケーね」
「わあ、こわーい! 暴力行為じゃないですかあ! マサキ君、だいじょうぶ~?」
にやりと笑うオウジさん。小さく頷くマユさん。そして例によって、わざとらしい棒読みのサクラ先生。
「おい、クズども」
お得意のかけ声とともに、オウジさんが僕の右隣に進み出る。
「今、彼を蹴ったよな。立派な暴行罪だ。つまりおまえらは、正当防衛と私人逮捕の対象になる」
「は?」
またもや眉間にしわを寄せる小太りをさらりと無視して、オウジさんは僕に尋ねてきた。
「マサキが自分でやるか? こいつらなら絶対に勝てるぞ」
「え? いや、いいですってば!」
両手と首を一緒に振ると、マユさんとサクラ先生までけしかけてきた。
「やればいいじゃん。そもそも蹴られたの、あんたなんだし」
「そうそう。マサキ君も、たまにはウンコ掃除しようよ」
……サクラ先生、爽やか美人なお姉さんの口癖が「ウンコ」っていうのは、どうかと思います。ていうかそれ、間違いなく相手に聞こえてるし。
リアクションに困った僕が、とりあえず「はあ、でも」と曖昧な返事をしたところで、細眉が「ウンコって俺らのことかよ、おい」と今度は手を伸ばしてきた。胸ぐらを乱暴に掴まれる。いや、言ったのは僕じゃなくてサクラ先生なんですが。
脳内で冷静につっこみ続けながら、顎の下にある右手を見つめる。野球選手の割にずいぶんと綺麗な手だと思った。試合に出られない補欠らしいことを鬼軍曹さんが言っていたし、大して練習もしていないんだろう。本当にどうしようもない奴らだ。
「オウジさん、これ、やっぱり――」
僕がやっちゃった方がいいですか? という台詞は、けど続けられなかった。
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