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「あ! 『ハイ・ストリーマー』じゃない?」
女バスのヒカルさんがパチンと手を叩き、周囲からも「ほんとだ!」といった声が上がる。スピーカーから流れ始めた曲は、僕も知っている有名アイドルグループ『お台場フィフティーン』のナンバーだった。しかもエアロ用にテンポが速くアレンジされていてさらにノリがいい。高校生対象の特別レッスンということも考えて、サクラ先生はこれをチョイスしたのだろう。
「じゃあ、最初はマーチから! 腕を大きく振って、その場で足踏みするだけです! エイトカウントで合わせながらいきましょう、ファイブ、シックス、セブン、エイッ!」
自身も大きく手足を動かして、サクラ先生はさっそくレッスンをスタートさせた。最初のかけ声からして、曲のキリのいい箇所に合っているのはさすがと言うしかない。
「そうそう、恥ずかしがらずに大きく! ここからはステップタッチ! 横に足を出して、逆足をつけて! 右、タッチ! 左、タッチ! はい、みんなも一緒に!」
サクラ先生の合図に導かれるようにして、生徒さんたちが一斉にステップタッチの動きへと移る。かく言う僕も鏡の脇で一緒に動いているけど、これくらいならまだ問題はなかった。というかサクラ先生のリードがわかりやすいので、声に合わせて自然と身体が動く感じだ。
「次はVステップ! 前に大きく二歩出ましょう、ワン、ツー、スリー、フォー! OK,いける人は、手も一緒につけて! 右、左、右、左! オープン、アンド、クローズ! そう、そこの彼女、凄く上手!」
自身も楽しくてたまらない、といったテンションでリードを続けるサクラ先生を見ていた僕は、別のことにも気がついた。
そっか、自分は〝鏡″になるんだもんな。
サクラ先生は「右」と言うときは左足か左手を、逆に「左」と言うときは右足、もしくは右手を動かしてみせる。参加者に対して向き合った、文字通り〝鏡〟の状態だから当然と言えば当然だけど、それを少しも混乱せず、タイミング良くリードの声までかけながらやってしまうのだから凄いとしか言いようがない。プロのイントラさん、おそるべし。
「ここからは、ちょっとだけチャレンジしてみよう! いけるかなー? マンボのステップ! ワン、ツー、タ・タ・タ! 右、左、タ・タ・タ! レッツトライ! ファイブ、シックス、セブン、エイッ!」
「チャレンジ」というくらいだから、そろそろ難しくなってきた。僕も最初のエイトカウントだけは少し怪しかったほどだ。
「オッケー、ケンタ君はさすがだね! いつもみたいに、キレキレでよろしく!」
マンボのステップを繰り返す中、サクラ先生は最前列のケンタさんに親指を立ててみせる。
彼女の言葉通り、ケンタさんは「キレキレ」だった。きびきびした腕のふりや軽やかな足運びはもちろん、笑顔も含めてサクラ先生の動きをしっかりとトレースできている。
「まだまだいくよー! 続いてステップターン! ワン、ツー、スリー、タッチで一回転してみよう! 足は、右、左、右、タッチ! 失敗してもいいから、変なところに行っちゃわないでね!」
このあたりまで来ると、さすがにできない生徒さんも多くなってくる。けれどもみんな笑顔で、ぎこちない自分の動きすら楽しい様子で、鏡や隣の友達を見てにこにこしながらステップにトライし続けている。
一方で、最前列はケンタさんの独壇場だった。キレのいい動きはそのままに、本当にサクラ先生と合わせ鏡のように右へ左へとステップを刻み、華麗なターンや手振りまでぴたりとシンクロさせていく。
「うわ! 垣ノ内君、すごーい!」
「やばい! ケンタ君、超かっこいい!」
周囲の女子から、まるでアイドルを応援するような黄色い歓声が上がり始めた。
「ほんと、もうすでにイントラみたいだよなあ」
いつの間にか僕の隣に戻ってきたオウジさんも、感心した様子でつぶやいた。よく見ると、とぼけた表情は相変わらずながら、結構必死な僕とは違ってサクラ先生の動きを余裕で真似できている。
「オウジさん、エアロもできちゃうんですか?」
思わず小声で訊いてみると、「当然だ」と妙に勝ち誇った声が返ってきた。
「といっても動きに付いていける程度だし、上級クラスとかはさすがに厳しいけどな。イントラじゃないから教える方もさっぱりだよ」
「へえ」
それにしたって大したものだ。
「駆け出しの頃、スタジオレッスンも一通り研修させられたんだ。そんときは恥ずかしかったけど、今となっては感謝してるよ」
くるりとターンしてそんなことを言ってから、オウジさんは「上手くできないからって変にスカしてる方がよっぽど恥ずかしいし、格好悪いもんだぞ」とつぶやいて、ケンタさんの少し後ろをそれとなく顎でしゃくってみせた。
「あ」
オウジさんの言葉通り、誰もが楽しそうな中、唯一「変にスカしてる」一団がそこにいた。あの三人組だ。
「手前の大中小の三人組、もっと元気良く!」
僕たちの視線を感じ取ったかのように、サクラ先生からも明るい、けれども「見てるわよ」という意志を込めたリードの声が飛んだ。けれども三人組はつまらなそうな顔で、ダラダラと間違ったステップを続けるだけだ。
「喧嘩上等なら、エアロも上等にね!」
それでも容赦ないサクラ先生は、三人のうちで一番背が高い生徒の恥ずかしい(少なくとも、まともな感覚ならそう思うはずだ)Tシャツをいじったりするので、周囲から一斉に笑いが起こる。
「うわあ、サクラ先生、煽るねえ」
ステップを踏みながら器用に肩をすくめるオウジさんに、人のこと言えないでしょう、とつっこもうとしたところで「ま、これで確実だろうな」という、意味のわからない台詞が続いた。
「え?」
何が「確実」なんだろう。
「マサキ」
「はい?」
マンボステップの「タタタ」の部分を踏みつつ、もう一度首をかしげた僕は、直後に「そうか」と理解した。オウジさんと、そして後方の生徒さんたちに混ざるブルーの瞳からも同じ種類のアイコンタクトが送られてくる。
いじめという犯罪に手を染める者を、心底憎む視線。絶対に許さないという強い気持ち。
「あいつらはきっと、腹いせにまたケンタにちょっかいをかける」
「でしょうね」
緊張感を覚えながら僕も頷いた。十五メートルほど向こう側で、視線を送ってきたマユさんも同じ仕草をしている。
「けど、そんなことはさせない。悪は潰す」
「はい」
「やるぞ。クラスが終わったら、すぐにABCだ」
「はい!」
今度は三人同時に、僕らはさり気なく、けれどもはっきりと頷き合った。
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