第139話 stand-alone ④

浜辺はまべさん、下がって! 奴が動くわ!」


 美和子みわこ赤玉あかだまを切り刻んでいる間に、軍曹ぐんそうが取りもちを引き千切って巨体を屋上へと押し上げていた。

 すでいくつもの風穴があいているが、まだ向かってくる体力が残っているらしい。


「ぐぎゅるるるるるうる」


 幾本もの青白い腕が素早く伸びる。直接攻撃していないが故に、美和子に向かう手の数は少ない。それでも視界を半分埋めるのに十分な数が迫っていた。


「すぅ……」


 その光景に圧倒されることなく、刀を正眼に構え、正確に切り落としながら姿勢を維持してり脚で後退する。

 切り飛ばしながら不思議に思う。

 初めて体験する筈なのに、私は何処かでこれと似た状況に遭遇している。

 恭平の武器から得たビジョンとはまた別の感覚のようにも思える。

 しかし、考えるのは後だ。切り飛ばした傍から次の腕が迫って来ている。

 徐々にその距離が詰まるが、心の中で「慌てるな、慌てるな」と唱え続けながら刀を振るい続ける。

 切り飛ばした腕が12を超えた時、次に来た腕が方向を見失って地面に落ちた。

 やった。そう思う暇もなく、別の個体が別の方向からよじ登って来る。


 体が自然とそちらに向かって走り出そうとした所で、駆け寄って来たリオンに肩を掴まれた。


「ちょっと!」

「はい?」

「あんまり無茶しないでよ。見ててハラハラするから」

「でも、私の刀なら一番ダメージを与えられるし。それに、今なら出来る気が――」

「そういうのが危ないんだって」

「皆だって命をけて戦ってる。皆の影に隠れてるだけなんて嫌」

「けどっ……」


 リオンの手を振り解くように身をくねらせて、のぼって来る軍曹の元へ。


「この数は銃撃だけで対処するのは厳しいと思いますよ?」

「ああもうっ、血の気の多い子ばっかり!」


 軍曹の複数の手を切り飛ばしながら、腰を低く刃を横凪に一閃。

 鋭く薄い閃光が真空波のように伸びて軍曹の頭から上の3分の1を切り飛ばした。


「よしっ」


 美和子も着実にレベルを上げている。

 接近戦を主とする武器でありながら、現在取得出来ている中で唯一射程を増幅させるレアスキル『白閃一文字はくせんいちもんじ』。

 元々、敵をほぼ一撃で切り伏せる威力を刀は有しているので、白閃の射程内の敵は漏れなく致命傷を受ける。

 めのモーションに比例して射程と威力が更に上がるが、クールタイム4分という使いどころが難しい技だ。

 ここからはまた、再度使用までの時間を稼がなければならない。

 新たに登って来る軍曹は3体。中央に陣取る味方の邪魔にならないよう、それでいて敵の攻撃もある程度引き付け、腕を切り落とさなければならい。

 当然、続々と敵の数は増えて行く。

 美和子は引き攣った笑みを浮かべ、輝く刀身を一心不乱に振り続けた。



 ◆◆◆



「デカさは伊達だてじゃないな」


 大塊獣だいかいじゅうと交戦を開始して、起死回生の中で丸1日、実時間で約15分が経過した。

 現在、敵の下部全方位かぶぜんほういは焼け焦げて黒く炭化している。

 数百発のスペシャルショットを受けた為だ。

 敵のライフの残りは現時点で58,200。十分けずれているように思えるが、実際は違う。

 半殺しの効果で初期ライフは75,000吹き飛んでいる。

 軍曹などのボス級を一撃で吹き飛ばす威力を持っているスペシャルショットを撃ち込んだ数にダメージが比例しない。

 理由を推測するのは容易だ。

 その巨体故きょたいゆえに、外の表皮でダメージがかなり減衰げんすいさせられている。それだけでなく、大塊獣の『膨張ぼうちょう』特性で徐々にライフが回復しているのだろう。

 本来は回復よりも、体の表面からありとあらゆる敵を生み出す力なのだろうが、生憎あいにく今は生み出す為の表皮は焼け焦げている。

 時折、爆発の届かない上部から敵がボトボトとゆっくり落下して来るので仕様しようが分かった。


「足元じゃ駄目か。本体……が何処どこかにあるはず


 丸一日以上戦い続けているが故に、疲労で目がかすむ。

 時間をかけて、このままゴリ押しすれば、いつかは倒せるだろうが、タワー接触は避けられない。

 皆を避難させるのなら、今のタイミングであればまだ間に合う。

 しかし、この後に控える秋・冬と2度のラッシュを前に拠点を失うのは看過かんかできない。

 ここで食い止める、それしかないのだ。

 改めて敵の外観を攻撃しつつ観察する。

 全長、およそ200メートル、高さ150メートル超。体のほぼ全てが何かの敵の集合体で、それが青白い粘液に似たモノで継ぎ合わされている。

 この青嵐が軍曹を主体に置いたラッシュなのだとしたら、この大塊獣を形成しているコアは軍曹かその上位種なのだろう。

 明確な形をイメージして集まっているというよりは、ただ形を保てるように固まっている印象がある。二足で歩くわけでもなく、ナメクジのようにその巨体の上部を前に傾け、その重みを利用して全体をズルズルと引きずるように移動している。

 見上げる上半身には、腕があるわけでもなく山と呼ぶ方が相応しい。

 他の軍曹がそうであるように、明確に顔や目、口は存在しない。

 巨体故に、爆発が頭頂部付近はおろか半分程度の位置までしか届かない。

 これがしっかり脚のある敵であるなら、攻撃を脚部に集中させて破壊、倒す事も出来ただろう。

 どうやって、まだダメージを与えられていない部分に着弾させるか。

 ビルに登るという手もあるが、敵の動きを考えるとそう長い時間は屋上に滞在していられない。奴を叩くなら30階以上の建物を昇降する必要がある。

 起死回生維持きしかいせいいじの為に敵の体の一部をかついで登るのは体力を大きく消耗する上に、敵に回復の時間を与えてしまう。

 それで効かなかった場合のリスクも大きい。


「待てよ……」


 今、自分は起死回生の最中さなかに居る。


 わざわざ、ビルを登る必要なんてない。目の前に大きな足場があるじゃないか。


 敵の体は岩のように固く炭化している。乗った瞬間に攻撃してきたとしても、この速さなら対処できるはずだ。

 爆発を起こし続け、頂上へと上り詰めていける。

 わざわざ敵の一部を持ち歩かなくとも、文字通り腐るほどの敵の肉塊がそばにある。

 善は急げと、恭平は敵の正面から外れる左側へと走り出した。

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