第138話 stand-alone ③

 この狂った世界が理不尽極りふじんきわまりない難易度であることは重々承知じゅうじゅうしょうちしているつもりだ。

 それでも――、


 ミチッ、ミチッ、ミチミチッ……


 東京タワーから見て湾岸わんがん、レインボーブリッジ方向。

 そこに突如とつじょとして出現した肉のかたまりを見て、恭平きょうへいは言葉を失った。

 大きさは今まで現れた敵の比ではない。

 全長、およそ200メートル、高さ150メートル超の肉の塊が、青いライトに照らされて東京タワーへの進軍を開始する。


「アレが、青嵐せいらんのメインボスって事か」


 敵との距離はまだ2キロ以上あるにもかかわらず、既に異様な圧迫感を覚える。

 震える手で携帯端末を肉塊にくかいへと向ける。


大塊獣だいかいじゅう百鬼夜行ひゃっきやこう ライフ150,000 特技:圧殺あっさつ膨張ぼうちょう


「いくらなんでも、インフレが過ぎるだろ」


 震える足を前へと踏み出して走り出す。

 あれは恭平が止めなければならない。

 いや、恭平にしか対処できない相手だ。

 通常の攻撃は恐らく焼け石に水。

 起死回生による圧倒的な手数によるスペシャルショットの絨毯爆撃じゅうたんばくげきで肉片一つ残さず焼き尽くすしかない。

 大塊獣の元へと走りながら携帯端末でメールを打つ。


『馬鹿デカいボスはこっちで倒す。他の敵はお願いします』


 苦渋くじゅうの決断だった。

 いくら皆のレベルがこれまでのラッシュで上がっているとはいえ、向かってくるのは動きの素早い軍曹ぐんそうじくとする化け物達だ。

 死亡のリスクは必然的に高くなる。


 いや、信じるって決めたんだ。


 その為のお膳立ぜんだて、準備は万全にしたつもりだ。今はみんなを信じるしかない。

 恭平は決意を固めて足をはやめた。


 ◆◆◆


「嘘でしょ」


 メールの文面と、遠くに見える巨大な肉塊を見比べて、リオンが頬を引きらせる。


「やりましょう。1階のメンバーを2階に。残りのメンバーを屋上に移動するよう――」

「ええ、作戦通りにね」


 そうして頷くのとほぼ同時に、大塊獣の方から凄まじい爆発の連打が起こり始めた。

 恭平が敵の裾野すそのに到着したらしい。

 万が一、恭平がタワーの防衛を出来ない状況になった場合のフォーメーションだ。

 エントランスから侵入して来る敵を一方向からハチの巣にする2階班と、壁をよじ登って来る敵に対応する屋上班だ。

 班分けの基準は、出入り口が制限される事で、初心者でも比較的攻撃の方向を絞れるビギナーが2階防衛を担当し、その他リオンを含めて比較的、サバイバルゲームや銃撃にれた者が全方位から敵が侵入する可能性がある屋上を死守する構成だ。

 ホーリーボム生成中のりんは2階のエレベーターにて待機中。2階の防衛が崩れた際には直通エレベーターで展望台まで逃げられる算段である。


「狙撃班だけは現状の位置で空中の敵を警戒しつつ、鍬野君くわのくんのアシストを続行!」

「リオンさん、……もう来ますよ」


 屋上で、美和子みわこが刀をかまえる。

 南西方向から、体に生えた手の半分ほどに赤玉あかだまを握りしめた軍曹がい上がって来ていた。


「気持ち悪い」


 屋上に頭が見えた瞬間に全員が一斉射撃。

 皆が実弾を撃ち込む中、手にした赤玉を盾に使いながら屋上に巨体をめり込ませて来る軍曹。

 全身が屋上に乗る前に、リオンが足止め用のスキル『ノックバック』を発射。

 激しい反動を発生させる攻撃により、軍曹は上半身をエビりにして一瞬動きを止め、そこにすかさず大山おおやまがアヒーセブクラッカーを着弾させる。

 取り餅に似た粘着物質が広がり、軍曹は体を仰け反らせた状態でい止められた。


「ナイスッ!」

「まだですよ!」



 グギッ、ギュリュリュリュ。


 これ以上の突撃は不可能と判断した軍曹が、無数の赤玉から一斉に手を離す。

 地面に落ちる赤玉は、床にぶつかる事なく手足を人とは思えない角度に折り曲げ、落下の速度をそのまま推進すいしんのバネとしてリオン達に飛びかかって来た。

 その数、14匹。

 戦い慣れているのではないかと錯覚するほど、赤玉は其々が同じ銃弾の射線に入らぬように散開して向かってくる。

 赤玉固有の腐食ふしょくによる精神汚染せいしんおせんに、皆の表情が引き攣る。


ひるまずに撃って!」


 恭平が倒してきた敵の経験値は十分すぎるほど皆に分配され、各々おのおののレベルは既に30を超えている。

 攻撃が当たりさえすれば、赤玉を倒すのに十分なダメージを与えられるレベルだ。

 それでも、皆はこれがほぼ初戦。

 春嵐はるあらしの際に、恭平が練習用でわざと取りこぼした数体の案山子かかしでは、実践の経験値としては圧倒的に不十分ふじゅうぶんと言わざるを得ない。


「右側3体は、私が!」


 美和子が大外を回って敵の方へと走り込む。

 赤玉との接触の直前に刀を正眼に構えてかかとのブレーキを使いつつ急停止。

 横凪に振るわれる赤玉の腕を冷静に一歩下がって受け流し、青白く光る刃を一閃いっせん

 滑らかな切断面を覗かせて二分割となった赤玉の後ろから、さらに別の赤玉が腕を伸ばす。

 美和子は息を浅く吐き出しながら体を半身かつ背中を投げ出すように大きく体をらせた。

 敵の腕が、先刻彼女せんこくかのじょの首のあった部分を通過。

 美和子は倒れる力を利用して敵の股下またしたから左肩にかけて切断、左手を刀から手放して側転を決める――だけでなく、立ち上がる瞬間にくるりと一回転。

 優雅な所作しょさの、おまけと言わんばかりに上半身と下半身が分離した3体目の赤玉がゴロゴロと地面を転がった。


「……私にも、できた」


 恭平の武器から流れ込んできた、美和子の知らない自分自身の戦い方の記憶。

 元は私だから出来る筈、と言い聞かせて実践してみたが、思った以上に上手く行った。

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