第136話 stand-alone ①

 24時間は秒数に換算すると86,400秒。


『全生存者にお知らせします。北緯ほくい35度39分31秒、東経とうけい139度44分44秒、でホーリーボム生成が開始されました。これより、春嵐しゅんらいが開始します。それでは、良い終末を』


 春嵐による最初の衝突。

 恭平きょうへい起死回生きしかいせいを発動し、前回と同様に敵を片っ端から潰していく。

 起死回生が途切れないよう、限界半径なども予習済みだ。

 起死回生は1秒が100倍に引き伸ばされる。


『全生存者にお知らせします。おめでとうございます、春嵐が突破されました』 

『全生存者にお知らせします。現地時間、23時00分04秒より、青嵐せいらんを開始します。生存者の皆さまは、振るってご参加ください。それでは、良い終末を』


「……ふぅ」


 単純計算で8,940,000秒。およそ100日。

 攻略不可能に近いラッシュをしのぐ方法。突き詰めて考えれば簡単な事だ。

 恭平がホーリーボム生成完了まで、起死回生を切らさず発動し続ければいい。

 皆が1日を経験する間に、恭平は約3カ月を起死回生の空間で過ごす事になる。

 仮眠を取るにも注意を払わなければならない、途方もない苦行だが覚悟は決まっていた。

 前回はそこまでの覚悟は無く、失敗すればまたやり直せばいいという慢心まんしんもあった。

 結果、見事に青嵐で全滅。

 もう失敗も後戻りも出来ない。ならば……、


「次まで、約5時間……20日くらいか?」


 この作戦も万全ではない事を恭平は承知している。

 青嵐以降にまだ見ぬ敵が現れるのはほぼ確実。

 それを差し引いても、既に灯籠とうろうのように此方のスキルを無効にする敵はいる。

 ラッシュの途中で此方の起死回生が解除される可能性は大いにあるのだ。

 次のラッシュまでは、やる事はそう多くない――と言いたいところだが、出来る限り歩き回って地理関係を再度把握しつつ、同時に生存者が居ないかどうかの確認も並行で行う。

 仮に見つけられたとしても、加速中の恭平と意思疎通は難しい。

 タワーに近ければ、ラッシュの合間のインターバルで仲間に迎えに来て貰う事も出来るだろう。最低限、筆談でチームに引き入れることが出来れば、以降のラッシュで恭平が倒した敵の経験値が分配される。

 勿論、簡単に生存者が見つかるような状況ではないし、それを目的としてタワーから離れすぎる方のリスクが大きい。見つかればラッキー程度だ。

 ふと思い出し、自身のレベルを確認する。

 レベル80。

 随分ずいぶんかせいだものだ。


「これ、カンスト出来る奴いないだろ」


 正攻法での攻略は不可能と思われる敵を複数回倒しても、まだこのレベル。チームを組んでいるので経験値が分散している事を考慮してもレベルアップまでが長すぎる。

 それはともかく、遂に恭平は赤色表示だった『弩級開眼どきゅうかいがん』のスキルを取得するに至っていた。


「全力を込めた一矢で必中の一撃を放つ……か」


 必中、心が躍るよりも逆に気持ちが沈んでいく。この文面から分かるのは、とどのつまり何らかの事情で攻撃が当たらない敵が出てくるという事だ。

 今現状で該当するのは、一定範囲外の飛び道具を回避するハンマーヘッド。

 しかし、レベル80に到達するまでハンマーヘッドを倒さずに回避し続ける事が出来るだろうか。そもそも、ハンマーヘッド討伐で取得出来る莫大な経験値が無ければ80なんて到達できないのではないか。

 となれば、このスキルはハンマーヘッドに使うモノではなく、もっと別の脅威が発生する事を示唆しさしている。

 それが出てくるとするならば、秋嵐あきあらし以降。

 青嵐では、ラッシュ以外ではお目にかかれない多種多様な敵を身にまとった軍曹ぐんそうが押し寄せて来た。

 同じように、秋嵐の霧の中にはハンマーヘッドをより強化した上位互換か、はたまた別の大ボスがひかえている可能性もある。

 それよりもまず、青嵐の対応を考えなければ。敵はりくくうを攻めて来る。

 陸上を進む軍曹はいつでも叩ける。

 だが、ビルの屋上に出現する軍曹達は、一度飛び立たれてしまうと、目標地点である東京タワーに最接近するまで矢の射程から外れてしまう。

 出来る事なら全てを飛び立つ前に処理したいが、複数ある高層ビルを一度に爆破するのは、いくら起死回生があっても不可能だ。

 当然エレベーターは使えない。

 地上数十階立ての建物を階段で何度も何度も上り下りするのは体力も持たない。

 引き伸ばされた時間の中で、出来る限りの事を――。


 ◆◆◆


 春嵐終了のアナウンスが入った後も、散発的な爆発が続いている。


「あの爆発の場所に、彼が居るって事よね」

「そうですね。爆発が続く限りは、生きてるって事です」


 浜辺美和子はまべ みわこは、隣に並んだ上瀬かみせリオンの横顔をチラリと見た。


「彼からの通信は?」

「生存者の情報はまだありません」

「そう。言っていた通り、他の生存は絶望的なのかもね」

「彼が簡単に倒してる一番弱い敵でも、最初は3人がかりで辛いぐらいですから」


 リオンが嘆息たんそくする。


「ねぇ、上手く行くと思う?」

「どうでしょう。成功すればいいなとは思います。その為に、鍬野君くわのくんは今も一人で戦ってる」

「初対面なのに、随分と彼の肩を持つのね。確かに、今頼れるのは彼だけなんだけど」

「私達に記憶は無いですけど、少なくとも彼はそうじゃない」


 何度も繰り返し、そしてその度に出会いと別れを繰り返している。


「ここに来るまでに、彼の落とした武器を拾って渡したんですけど、武器を触った瞬間に色々な事が頭の中に流れ込んできたんです」

「色々って?」

「彼の今までの記憶。何度も何度も死んで、辛い思いをして、そういう苦しい事が沢山。私ならきっと、耐えられません」

「そんな辛い思いをしているのに、彼はあきらめてないって事か」

「何度も心は折れたんだと思います。けど、どれだけ死んでも――」

「意思とは裏腹に最初に巻き戻る」


 残酷な運命。この狂ったゲームをクリアする為に与えられた唯一無二のスキルだったとしても、それが呪いのように彼をこの場所に縛り付けている。


「それに……あの繰り返しの能力は元々、私のスキルだったんだと思います」

「どういう事?」

「最初の彼の記憶。そこで私は彼に殺されたみたいです。故意じゃなくて、助けようとして、事故で。その時、私の起死回生が彼に移った」

「そうだとしても……」

「そうだとしたら、彼は誰かに殺されれば解放された筈なんです。自分の呪いが他の人に移るから」


 でも、彼はそうしかなかった。


「自分が一番苦しい思いをして、背負い込んで戦ってる。だから私も頑張らないといけないと思います」

「私達、ね」


 リオンと目が合う。その口元には、互いに笑みが浮かんでいた。

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