第135話 温故知新 ⑨

「初めまして、上瀬かみせリオンさん。鍬野恭平くわの きょうへいです。後ろに居るのは――」

「えっ、ええ」


 600段の階段を踏破ふんぱし、少し引き気味の彼女に恭平達は出迎えられた。


「ここには何人集まってます?」

「確か、26人ぐらいかな」

「ありがとうございます。皆さんを集めて貰えますか。この状況を打開する方法を説明します」

「……説明しますって言われてもね。そもそも、貴方達だって逃げて来たんでしょ?」

「戦う為に来たんです。話を聞くだけでも、お願いします」


 恭平きょうへいは武器をスマートフォンに変えて、自身のスキルとレベルを提示しながら頭を下げた。

 リオンはそれでも数秒間悩んだ後、


「でも、敵が来るかも――」

「下の敵はほぼ全て倒しました。大丈夫です」


 渋々頷いて奥の人々を集めに行った。


「……何とか上手く行きそうだな?」

「何度か試行錯誤してますから」


 大山おおやまの耳打ちに素っ気なく答えて待つ事5分。

 全員が集まった所で状況と経緯を説明、そして最後にクリアの方法を伝えた。

 当然、反応は十人十色。

 恐々とするもの、飲み込めずに無気力な表情を晒す者、泣き出す者。

 恭平にとっては、見慣れた光景だ。

 その中で、厳しい表情で話を聞いていた上瀬リオンが一歩前に出る。

 恭平は彼女が歩き出すよりも早く、彼女の方を見ていた。


「話は分かった。けど――」

「実力が見たいって事ですよね。分かってます」


 全てを先回りして話す為、リオンの表情が苦虫を噛み潰したように変化する。

 だが、それで彼女が距離を取ろうとしない事も知っている。

 大きな犠牲を払って灯籠とうろうは撃破済みなので、危険はほぼ皆無。

 本来は皆にも討伐スキルを得て貰いたかったが仕方ない。

 経験値だけならば、ラッシュが始まれば嫌というほど稼げる。


「……そういえば」


 恭平は今更のように、自身の携帯端末で灯籠撃破のスキルを確認する。

 前回倒した際は、灯籠から変化したぬえの撃破スキルだった。

 灯籠撃破で取得出来たのは『聖なる鈴の音』。このスキルを所持している限り、敵の状態異常の影響を受けない。

 つまり、このスキルを持っていれば、赤玉の効果を受けないで済む。

 より強力な異常効果を持つ敵が出てきたとしても、問題なく立ち回れるとなれば大きなアドバンテージとなる。

 一瞬、灯籠の鈴も無効化出来るのではないかと思ったが、あれは単に此方こちらのスキルを無効化しているだけなので、状態異常とはまた別に違いない。

 それはさておき、上瀬リオンを連れてタワーの下に降りて周囲の敵を一掃、出て来るのは案山子かかし赤玉あかだま木偶でくばかりだ。

 やはり時間が早い為か、空中を浮遊する気球ききゅうの姿はまだなかった。


「これぐらいで、いいですか?」

「信じるしかなさそうね」

「ありがとうございます」


 切りの良い所で討伐を終了し、タワーへと戻る。

 そこで改めて、今回の作戦を説明した。最大限、効果的に進めるための方法。

 聞いた皆の表情が困惑へと変わるのが分かった。


「勿論、イレギュラーな状況になる事は十分考えられます。皆さんは、定期的に携帯で自身のレベルとスキル、連絡機能でメッセージを確認するようにしてください。有効そうなスキルを取得した場合は試用せず、先に報告を。特に、レベル解放で追加される赤文字のスキルはゲーム攻略の大きな助けになる場合もあれば、これから始まるラッシュのように使った瞬間に別の事象のトリガーになる場合があるので、常時発動するパッシブスキルは例外として、絶対に使わないように」

「達成したとして、それで確実に助かるって保証は?」


 質問してきたのは、前回の籠城ろうじょうに居なかった20代の男性だった。名前は確か、八城達也やぎ たつやだったか。


「保証はないです。けど、端末でアナウンスが出て、このラッシュの為だけに敵も1から再配置される。通常では攻略不能な量の敵だから、ホーリーボムには必ず全ての敵を倒す効果はあります」


 その為には24時間、4つのラッシュを乗り切る必要がある。『春嵐はるあらし』『青嵐せいらん』『秋嵐しゅうらん』、そしてまだ到達しえぬ冬の嵐。


「前回は二つ目の『青嵐』で全滅ぜんめつしました。ボスの一角、軍曹ぐんそうが群れを成してやって来る。そして、『秋嵐』は霧の中、視界ほぼゼロの中で戦うことになる」

「ちょっと待って。青嵐で全滅したのにどうしてわかるの?」

「そのラッシュの敵を全滅させなくても、時間で次のラッシュは始まります」

「つまり、前回は青嵐と秋嵐が重なって発生したって事?」

「そういう事です」


 実際、恭平は瀕死で木に引っかかっていただけだが、それを説明する必要は無いと判断した。


「他に質問は?」


 時間は惜しいが、ここで中途半端な問答で済ませると後々の連携に係わる。

 各々がどれだけ戦力として活躍できるかは未知数だが、そのパフォーマンスを始まる前から下げる訳にはいかない。

 結果、前回より人数が増えた事もあり問答に30分を要した。代わりに、タワー各所のラッシュ対策は万全かつスムーズに進行した。

 前回と変わった点は二つ。

 まず、東京タワー膝元ひざもとのフットタウンでの戦闘を考慮し、片側の階段は封鎖するのは勿論、封鎖側の階段には、タウン内の椅子やテーブル、その他移動できるものを片っ端から詰め込んでバリケードを作った。

 ボス級に対してどれほどの効果が見込めるか分からないが、簡単に突破するのは困難になっただろう。

 遮蔽物しゃへいぶつが減ったおかげで、此方の攻撃も通りやすくなる上に逃走もしやすい。


「大方の準備は整った。ホーリーボム起動は午後4時。あと20分、皆、所定の位置に移動を!」


 前回より30分早いスタート。

 あまり時間は稼げなかったが、その30分が後々のちのちに響いてくる可能性は大いにある。


「クリアできるよね?」


 背中にかけられた声に振り返る。そこには、不安そうな表情の美和子みわこが立っていた。

 恭平は深く頷く。この時の為、色々と試行錯誤しこうさくごを重ねて来た。


「大丈夫。その為に力を貸して欲しい」

「うん。ううん、私も見たの……」

「見た?」

鍬野君くわのくんが死ぬ時の光景」


 衝撃が背中に走る。


「それって、思い出したって事!?」

「そうじゃなくて、鍬野君の武器を拾った時に、記憶みたいなのが流れ込んできて」

「……そういう事か」


 胸の高鳴りが、急激に萎んでいくのが分かった。


「ねぇ、あんな沢山の敵に本当に勝てるの?」

「勝てる。その為に覚悟を決めて来た」

「けど――」

「誰よりも生きて、失敗して死んで、繰り返して、その度に生存者が減って行った。その落とし前は自分でつける」

「その人たちが死んだのは鍬野君のせいじゃないよ」

「そうかもしれない。けど、自分が納得できないんだ。ホーリーボムを起爆してクリアした後、モヤモヤするのは嫌だ」


 恭平は頬に笑みを作る。正しく笑えているか、分からない。


「自分一人の力でクリアできるとは思ってない。その時は、浜辺さん達の力を借りたい。折角だから、浜辺さんには伝えておく。始まったら、メールの文面でしかやり取りできないし」

「うん……」


 話はたった3分で済んだ。彼女が持ち場に向かう背を見送った後、恭平はフットタウン1階のエントランスから日の当たる外の景色を見る。

 もうすぐ、この先は敵の死体でいっぱいになる。


「いよいよ、ですね」


 開始まで、あと5分。春日凛かすが りんが恭平の横に立った。


「春日さん、大丈夫?」

「正直、怖くて震えてます。でも、私は鍬野さんを信じます」

「ありがとう」


 恭平はゆっくりと外に向かって歩き出す。

 この先は長く苦しい修羅しゅらの道。

 決意を固めた恭平の表情に、もう笑みは無かった。

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