第134話 温故知新 ⑧

「そんな……」

ほうけ、てるひまないだろ。まだ敵が」


 八木やぎが苦しそうに言葉をしぼり出す。

 その言葉に恭平きょうへいはハッとわれに返り、まだ息のある猫と、取り餅で固定された状態の蜥蜴とかげに矢を浴びせる。

 八つ当たりのように、必定以上の本数を。何度も、何度も。


 ここまで来たのに、どうして。


折角せっかく、ここまで、来れたのになぁ。あと少し、だったんだけどなぁ」

「八木さん、喋っちゃ駄目だ!」

「見りゃわかる、だろ。手遅れだよ。あーあ、上瀬かみせリオン、生で見たかったなぁ」


 恭平は向かってくる案山子かかし赤玉あかだまの残党をにらみつけ、正確無比せいかくむひに矢を撃ち込んでいく。


「会えます。絶対。今までそうだったんだから」

「そっか、今までの俺は、会えてたのか」


 八木がとうとう、座っている事もままならず崩れるように地面に倒れる。

 血だまりが、徐々に広がって行く。

 美和子みわこりんは、その致命的な傷と血だまりに気圧されて彼に駆け寄る事も出来ないでいた。


「舞い上がって、気持ちの悪い事、言ってただろ……?」

「そんな事、無いです。紳士しんしでしたよ」

「嘘つけぇ」


 段々、彼の声がなっていく。

 今すぐに彼の元に駆け寄りたいのに、周りの敵がそれを許さない。

 視界の端のスキル表示が、ようやくすべて点灯。


「ああああああああああああああ!!」


 間髪入れず、スペシャルショットを全弾一斉射出。

 爆発を確認するより早く八木の居る血だまりの中にしゃがみ込む。


「なんだよ、俺が、死ぬのは、初めて……じゃないんだろ?」

「そうですけど、でもその時は死んだことすら分からなかった。八木さんはこんな所で死んでいい人じゃない。このゲームをクリアするのに必要な――」

「はっ。そう言って、貰えただけでも嬉しいよ。腹が、痛ってぇなぁ。そんな大事なこと、もっと……早く言ってくれれば、相打あいうち覚悟で倒さ、なかった、かも」


 彼の目の焦点は既に定まらず、かたわらの恭平を見るでもなく宙を彷徨さまよっている。


「死ぬ、前に俺の武器を……あの浜辺はまべって子に。早く。血塗ちまみれで、悪いって伝えといてくれ」


 恭平は頷き、素早く八木の手から拳銃を取り上げ、「浜辺さん、受け取って!」と投げる。

 投げた恭平自身、美和子がそれを受け取らず避けてしまうのではないかと思った。

 しかし彼女は服が血まみれになる事も構わず、銃をしっかりとキャッチする。指が触れた瞬間、銃は間髪入れずに刀へと姿を変えた。

 これで、所有者がうつった。今まで蓄積ちくせきされたスキルそのままに。


「確かに渡しました」

「……あぁ?」

「渡しました! 彼女に!」


 もう声もほとんど届かない。

 恭平は彼の耳元で、ありったけの声で叫ぶように伝える。


「俺の分も、頑張ってくれ。クソッ、死にたくねぇ、なぁ……」


 呪詛じゅそのように八木は「死にたくない」と何度も繰り返し、すぐにそれは言葉の体を失って、ただの呼吸となり、――止まった。


「ごめん、八木さん」


 恭平のこぼした涙が、血だまりに数滴の波紋を作った。

 大きな喪失感。

 彼が戦局を大きく左右する能力の持ち主だった事も大きいが、短いながらも心を通じ合わせてきた仲間が目の前で死んだ事、皆で無事に東京タワーに辿り着くという初歩すら失敗した自分への不甲斐ふがいなさから零れた涙だった。


鍬野くわのくん」

「まだ敵が残ってる。気を抜かないように」


 6発分の爆発を起こしても、まだ案山子の残党が丸焦げの体で黒煙の奥からい出して来る。


 冷静になれ、冷静になれ、冷静になれ。


 呪文のように何度も唱えながら、震える手で引き金を引く。

 全ての矢が一撃で案山子の脳天を貫く。


 よし、大丈夫。狙いを外さない程度には冷静だ。


 16体目の案山子を倒して煙が晴れた後、そこに立っている敵の姿はもうなかった。


「鍬野くん、大丈夫?」

「行こう。時間がしい」

「でも、八木さんの――」


 美和子の言葉をさえぎり、ファイアアローを起動。

 八木の死体に向けて矢を射出して火を放つ。


「おまっ、何してんだ!?」

「時間が経てば、死体は案山子に変わる。こうするしかない。行こう、東京タワーはすぐそこだ」


 恭平は歩き出す。なまりのように重たい一歩を蹴り出して。

 自分が固執こしつしていては、誰もこの場から動くことは出来ない。

 口の中に血の味が広がる。自分でも気が付かないうちに、奥歯をきつく噛みしめ過ぎて歯が欠けてしまったらしい。

 大山、美和子、凛は互いに顔を見合わせ、燃え上がる八木の死体に手を合わせた後、恭平の背中を小走りで追いかけた。

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