第133話 温故知新 ⑦

 眼前には腐臭を強く漂わせるわにの大口。

 矢を叩き込みつつローリングであぎとを交わす。

 バチン、と大きな音に鼓膜こまくが震えた。

 口が閉じた事で、黄色いガラス玉のような右目に自分の姿が映り込む。

 ボウガンにつがえられた矢の先端をそのまま目玉に突き刺し、引き金を連射。両目を貫かれた鰐は二度口をガチガチと鳴らした後、沈黙する。

 間一髪でプレスをまぬがれたが、2陣はすでに目の前に迫っている。


「皆早く立って!」


 各々おのおのが悲鳴と共に立ち上がろうとする中、大山おおやまは寝転んだまま蜥蜴とかげに向けて弾を発射。

 恭平は「近すぎる!」と叫ぼうとしたが、放たれたのは白い餅状もちじょうの『アヒーセブクラッカー』だった。

 クールタイム終了が間一髪、間に合ったらしい。

 取り餅を近距離でまともに受けた蜥蜴とかげは数メートル吹き飛び、地面にあお向けで固定される。


「ナイスッ! 八木やぎさん、そっちは大丈だいじょ――」

「俺は大丈夫だ。それより女子2人!」


 声を頼りに恭平がりん美和子みわこの方を振り返ると、二人の元にはへびねこせまっていた。

 すぐさまきびすを返し、猫に矢を射出しながら彼女達の元へとける。

 2匹を同時に倒すのは不可能。だが2人が死んで失敗するくらいならば、起死回生きしかいせいが発動する方がまだマシだ。

 この距離では凛の爆弾は使えない。比較的にマトの大きな猫に矢を撃ち込み、顔面に向かって飛びりを喰らわせる。

 狙いは少し外れて左肩にれたが、鋭い爪の引っ掻きを彼女達から逸らす事には成功した。

 それを見届けている暇は無い。

 白と青のまだらうろこ一つ一つが刺々しい大蛇だいじゃが目の前に迫っている。

 そいつと視線が合う。


 いいぞ、それでいい。


 狙いヘイトが向けば此方こちらの物。

 蛇が口を開き、恐らく毒を持つ牙を誇示こじしながら体をバネのようにたわませて飛びかかって来た。

 これで起死回生が――、


「てぃっ!」


 大蛇の首が不自然に上に跳ね上がった。

 唖然あぜんとする中、そこにあったのは左足を大きく振り上げた姿勢で泣きそうな表情を浮かべた美和子の姿だった。


「何ぼーっとしてるの、早く倒して!」


 蛇が彼女の蹴りでひるんだのは一瞬。

 互いにほうけていたがゆえに、折角せっかくのアドバンテージが無に帰す。

 蛇は恭平ではなく自身を蹴り上げた美和子に目標を移していた。

 鎌首が素早く彼女を正面に捉える。


「ひっ……」


 たたらを踏み、その場に座り込む美和子。


「こっちを狙えええええええ!」


 蛇の首がそれを追おうとした所で、恭平が矢を連続射出。続けてボウガン左右にある弓の出っ張りに首根っこを引っかけて地面に引き倒す。

 頭を叩き落としてもなお、うねる尻尾が鞭のように恭平の胴体を打ち据えた。

 まるで木製バットで思い切り殴られたような衝撃にボウガンを取り落す。

 凄まじい衝撃だったが、どうやら致命傷には至らない程度だったらしく、尻尾は続けざまに恭平の頭部を狙った鋭い一撃を繰り出そうとする。


 ……あれ、武器を落とした状態でも起死回生って発動するんだっけ?


 そう言えば試したことが無かったなと、遅まきに気付く。

 この期に及んで、まだ分からないことだらけだ。


「たぁああああああ」


 その一撃が来ることは無かった。

 誰かの叫び声と共に、蛇の尻尾が毒々しい色の血を巻き散らしながら千切れ飛ぶ。

 千切れ飛んだというのには語弊ごへいがある。

 その断面は、恐ろしいほどなめらかだった。


「ああああああああ!!」


 叫び声の主、美和子が手にした獲物を振り回し、蛇をぶつ切りにしていく。

 そして最後トドメに鎌首を持ちあげようとした蛇の頭部を一閃いっせん

 真っ二つに切り飛ばして見せた。


「……はぁ……はぁ」

浜辺はまべ、さん?」


 恭平の呼びかけに、彼女はハッとして手にした刀を取り落す。妙な沈黙があった。


「わたし、……鍬野くわのくんに武器を渡さないと、と思って」


 地面を見ても、自分が取り落した筈のボウガンが見当たらない。


「そういう事か」

「私、そんなつもりじゃなくて。でもいきなり武器の形が――」

「いいんだ。ありがとう。助かった」


 彼女はそれでもまだ何か言いたそうだったが、悠長ゆうちょうに聞いている余裕はない。ラッシュはまだ終わっていないのだ。

 取り落した刀に振れると、それはボウガンの形へと戻った。

 予備の携帯を他人が使えるのは分かっていたが、まさか現行のメイン携帯も可能とは思わなかった。


「八木さん、そっちは――」


 彼に任せていた最後の一匹、イタチは倒せただろうかと振り返り、絶句する。


「ああ、倒したぜ。何とかな」


 わずか10歩足らずの距離に、イタチの左腕に腹を貫かれた八木が血まみれで横たわっていた。

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