第130話 温故知新 ④

「血が出てるけど、大丈夫か?」

「大丈夫。三発ぐらいかすっただけだから」


 結局、倒し切るまでに他の雑魚の妨害もあり、真空波しんくうはが三度、右腕、背中、右太ももを掠めた。一番深い傷でも右太ももの七ミリ程度なので、見た目で血はかなり出ているように見えるが軽傷だ。


「もう傷もふさがってる」

「待って、消毒だけするから」


 浜辺美和子はまべ みわこが前と同じように、消毒剤を探して手当てをしてくれた。

 本当はその時間も惜しかったが、この先の長期戦を考えるとこの傷が後々膿のちのち うんで戦いに支障を来たすかもしれないと考えると、手当てを受けざるを得なかった。


「……そんなに急がないといけないの?」

「そう見える?」

「あからさまに」

「出来る限り大人数かつ、最速、最短でホーリーボムを起動したいんだ。春日かすがさん、自分のステータスを確認して。『ホーリーボム』は使えるようになってる?」

「えっ、えーっと、ちょっと待ってください。ホーリー……あっ、ありました。覚えてます!」

「まだ使わないで。東京タワーに着いたら起動する。それがゲーム攻略の唯一の方法だから」


 皆が息をむのが分かった。


大山おおやまさん、スキルを見せて貰っていいですか」

「俺のか。これで、良いのか?」


 たどたどしい手つきでスマートフォンを操作し、画面を恭平の方へと向ける伸晃のぶてる

 目を細めてその文面を追う。

 彼の武器はミドルレンジのグレネードランチャーで、弾がモノと接触した段階で起爆する。爆発範囲は2メートル弱、中心に近いほどダメージが大きく、外に向かうほどダメージが減衰げんすいするタイプのようだ。

 スキルはスイッチ式で、通常弾『ニュートラル』の他、威力いりょくを上げる代償だいしょうに爆発範囲が2分の1にせばまる『チャージャー』と、その逆で範囲が広がる『パレード』の三種を任意で切り替えられる。

 追加取得スキルとして、着弾時に周囲へ餅状もちじょう粘着物質ねんちゃくぶしつをぶちまける『アヒーセブクラッカー』が360秒のクールタイム、着弾地点直径5メートル範囲に敵の視界を阻害そがいする神経ガスを散布する『インザダーク』が600秒のクールタイムとなっている。

 最上位のスキルはまだ取得に経験値が足りていないようだ。

 途中加入とはいえ、ハンマーヘッドを討伐した経験値でまだ足りない解除条件のスキルとなれば、期待は膨らむ。


「後で、性能を確認する為に敵に使ってみよう。それに、撃つ練習はしておいた方がいい」

「確かに」

「練習無しで本番は流石に不安だからな」


 皆に練習の為の試し撃ちをさせるなら、東京タワーに一番近いラッシュポイントが最適だ。

 あの場所ならボス級を気にせず戦える。

 勿論、それ以外でも必要に応じて手伝って貰うつもりはあるが。

 手当てを終えて、再び東京タワーを目指す。

 現在の時刻は11時21分。ハンマーヘッド討伐とうばつにはかなり時間を取られたが、他の寄り道を含めて良いペースだ。

 二度目のラッシュポイント、御萩おはぎ軍曹ぐんそうを危うげなく爆破で攻略し、いよいよ東京タワーの見える一本道へ。

 その姿が見えた瞬間、皆が安堵あんどにも似た溜息ためいきを漏らす。

 この時ばかりは恭平も例外ではなかった。

 何度も通って来た道だが、イレギュラーも多々あった。

 皆を「あともう少しだ」と鼓舞こぶし、見晴らしのいい通りを進んでいく。ほぼ死角が泣く見晴らしがいいので奇襲を受ける可能性は低い。

 最低限の敵の位置も把握している。

 唯一、警戒が必要なのは赤玉ぐらいのものだ。


「この先に見える桜田通りで、敵を撃つ練習をしてください」

「あの敵がワラワラいてる所だな」

「量は多いですけど、皆さんの今のレベルなら自分が少し数を削れば、少し手伝う程度で倒せると思います。赤いのはかなり素早いので一応注意を。敵が迫って来てもひるまないように」

「そう言われても、流石にねぇ?」


 大山が露骨に難色なんしょくしめす。

 いきなり大軍を相手に練習をしろと言われているのだから無理もない。


「勿論、フォローもしっかりするので」

「気が付いたら逃げてるとか、止めてくれよ」


 見た目に反して臆病なのかもしれない。その臆病さ、慎重さゆえに電柱に登って助かれたのかもしれないが。

 恭平は彼を安心させる為に「大丈夫です。皆の力を合わせれば」と自信満々を装って頷いた。

 ここで皆に最低限の武器の取り扱いと、自信を付けさせなければならないのだから。



「大山さんの『インザダーク』と『アヒーセブクラッカー』は共に敵が飛び込んで来るのを阻害そがいできる筈なので、クールタイムを確認しながら出来る限り撃つようにしてください。弾の種類の切り替えまでは気が回らないと思うので、ニュートラルのままで大丈夫です。勿論、余裕があるなら切り替えて爆発範囲等を確認してください」

「お、おう。出来たらそうする」

「さっきのラッシュで倒した御萩おはぎの――」

「おはぎ?」

「ボスです。緑色の」

「あの気持ち悪い奴」

「そう。それを倒したことで、皆『半殺し』のスキルを所持しているはずです。念のため確認を」


 皆が一斉にアプリを確認して頷く。


「説明文を見ての通り、この効果で敵のライフを一気に半分まで削れる。慌てないで、対処するように。どうしても厳しそうなら、声をかけてください。春日かすがさんは、もしもの保険の為に閃光弾を一個、地面に転がしておいて。起爆の仕方は――」

「大丈夫、だと思います。手動で爆破できるんですよね」


 ボタンには触らず、正しい手順を見せてくれるりんに頷き返す。


八木やぎさんはかく、敵の多い場所を優先して撃ってください。跳弾ちょうだんが勝手に化け物を削ってくれます」

「もう撃ってもいいのか?」

「スキルに『セーフガード』が追加されてますよね。それがあれば、味方に跳弾は当たりません」

「ああ、跳弾が戻って来るから撃っちゃダメだったのか。なるほどな」


 その八木の言葉に、そういえば今回は跳弾の特性とくせいすら説明していなかったのだと思い出す。


「今説明した通り、敵の足止め、火力、両方の面でバランスよく戦力が整ってる。それでも、迫って来る大群には正直圧倒されると思う。冷静に対処するよう心掛けてください。いいですか?」


 恭平の問いに、皆は少し頼りない「おー」という掛け声で答えた。

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