第129話 温故知新 ③

 これも少なからず恭平きょうへい博打ばくちによる人々の行動変化の影響だろう。

 其々それぞれの死骸の距離、数を即座そくざに頭の中に叩き込み、立ち回りをシュミレーションする。

 最も注意しなければならないのは珊瑚さんごだ。木偶でくの死体は合計で5つ。

 数は同じだが場所が違う。軍曹ぐんそうの死体から近い3つがネックだ。

 開始早々に処理しなければならないが、珊瑚を狙った攻撃でハンマーヘッドの位置が分からなくなると途端に戦い辛くなる。

 非常にリスクが高い戦いになる。

 このまま霧が発生する前に、軍曹を爆破する事でハンマーヘッドの出現をキャンセルさせる事も考えた。

 しかし、奴を倒した際にチームの皆が取得できる実績と膨大な経験値は捨てられない。東京タワーに到着する前に、りんにはホーリーボムを使えるようになって貰わなければ。

 周囲に霧が立ち込める。タイミングを計り、恭平はスキルを全て乗せた矢を素早く五発、木偶の死体のあった方にはなった。

 それも直接狙うのではなく、爆風で致死を狙える方向へ。最悪、けずり切れなくとも数発で対処可能な範囲まで弱らせる事は出来る。

 問題は、この爆発の最中は爆音で耳が使えない。

 わりに、爆発により霧が一瞬だけ晴れる。

 最低限、ハンマーヘッドの位置と初撃が分かればいい。

 ほぼ全方位から爆発の音圧と熱波を感じながら、軍曹の死体のあった場所の付近をにらむ。どんな些細ささいな変化、体の一部の動きも見逃すつもりは無い。

 しかし霧が晴れた一瞬、奴の姿は何処にも見当たらなかった。


 嫌な予感がする。


 こうなっては相手の一発目はかんで避けるしかない。

 だが、いつ? どの方向に逃げればいい?


「手の音がしない」


 あの『ヒタッ……、ヒタッ……』という耳障りで粘着質な音がまったくしない。

 まさか、珊瑚を吹き飛ばした時に軍曹の死体を吹き飛ばしてしまったのだろうか。

 そんな筈はない。恭平が矢を打ち出したのは霧が出始めてから。

 ハンマーヘッドは既に出現の条件を整えている。

 となれば、やはり爆破から逃れるために移動したと考えた方がいい。


『ジジジジジジジ』『ジジジジジジジ』『ジジジジジジジ』

『ジュルルルルル、ジュルルルル、ピィピィ』

『ジジジジジジジ』『ジジジジジジジ』


 他の敵が行動を開始する。この声は水母くらげ海牛うみうしだろう。

 集中力を途切れさせないように、四方へと矢を放つ。

 普段なら既にハンマーヘッドの攻撃が数発飛んできている頃合いだ。

 音に集中するあまり、自分の鼓動さえ五月蠅うるさく感じてしまう。

 奴は何処にいる。この近辺から離れてしまったのか。ただ、一度攻撃してきた相手を見過ごすとも思えない。

 今までの奴の動きを思いだして洗ってみるも、やはりこんな状況は今までなかった。

 考えうる限り最悪の、予想外の場所からの攻撃を想定。

 敵が音を立てることなく、此方を攻撃できる場所――、


 ……ある。


 気付いた瞬間、背筋に悪寒が走った。

 同時に、大きく地面にダイブするように前方へ体を投げ出す。


 べちゃり、と形容した方がいいだろうか。豆腐を上階から地面に叩きつけたような音と共に、それは落ちて来た。

 落ちてくると同時に、巨大な複数の牙が追撃する。

 半身で地面を転がっていた恭平はアイスアローを起動、大きく開いた口の中に全弾を射出する。

 たちまち口の中は凍り付き、ハンマーヘッドは声にならない叫びをあげた。


「久しぶり」


 口の中から突き出た氷の柱の数本が恭平の顔まで数センチの所に迫っていた。

 危機一髪。恭平は更にファイアアローを起動し、凍った口の中に連続射出。

 ハンマーヘッドは砕けた氷で口の内部から頭部を串刺しにされて仰け反りながらも、左の大腕を横凪よこなぎはらった。

 恭平は脚と腕のばねを最大限使って飛び起きながら、腕を回避。

 しかし、服の裾がハンマーヘッドの鋭い親指の爪に引っかかり、半回転して尻から地面に落下。

 余りの痛みに一瞬目を閉じてしまったが、すぐさま気合でまぶたをこじ開け、右手を振り下ろそうとするハンマーヘッドの腕にショックアローを叩き込みながら後退。


 衝撃波まで3、2、1……、


 左方向に回避すると、衝撃波が元居た場所を切り裂いた。


「やっとパターン通りになったな鮫野郎サメやろう


 荒い息を吐きつつも、恭平の口元には不敵な笑みが浮かんだ。

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