第127話 温故知新 ①

 開始から3秒遅れでつんざくような悲鳴が各所で巻き起こる。

 間もなく、逃げまどう人々の足音と人の波が押し寄せて来る。

 恭平きょうへいは頭の中でゲーム開始からカウントを開始。

 約51秒で美和子達みわこたちがここに到達する予定だ。

 その時間を計りながら、両手のボウガンを携帯に戻して『武器を使いながら逃げろ』という文面を一斉送信する。

 現時点で武器を携帯に戻す事の出来る人間がどれだけいるかは分からない。

 だが、もしもが0.1%でもあれば。

 とはいえ、現状で生き残りなんてほぼいないので意味は無い――という事もない。

 大通りの方から銃声と爆発。数は多くない。だが、誰かが戦っている。


 なぜ、生存者が激減しているこのタイミングで?


 理由は一つ。恭平の打ったもう一つの博打ばくちの成果だ。

 やった事は簡単。家に眠っている古い携帯でゲームの参加資格を得られるかもしれないという情報をネットにばらいたのだ。

 自分自身の携帯の写真付きで。

 恭平ひとりの発信力は低い。

 だから、あらゆるメディア、掲示板、生放送のコメント欄に書きまくった。

 結果、ゲーム開始前には複数の成功報告と共に、情報が大きく拡散された。

 1度きりの復活。勿論もちろん、それで皆が生き残れるわけではない。

 加えて、武器を得た事により人の動きは変動する。

 恭平が地道にリサーチした事が、どこかでくるう可能性もある。

 それでも、最終決戦には人が必要だと判断した。


浜辺はまべさん! 春日かすがさん!」

「ちょっ、あなた誰!?」


 2人の腕を掴む。振り解こうとする美和子だったが、もう慣れたもの。

 彼女の力の入れ方は分かっているので、上手く力を同じ方向に逃がして振り解かれないようにする。

 力づくで抑えられたわけではない美和子は当然、怪訝けげんな表情を浮かべた。


「死にたくないならついてきて」


 何と言えばいいのか、それもすべて分かっている。彼女達をマーケットまで誘導し、状況を説明する。その間も、外に目は向け続ける。

 もしかすると、別の生存者が通る可能性もある。

 だが、人が多すぎて中々見つけるのは難しそうだ。

 それよりも、彼が――。


「来た。こっちです!」

「うぉっ。ありがとう、助けてくれ!」


 乱れた銀髪に一発で伊達と分かる鼈甲柄べっこうがらの眼鏡をかけた長身の男性が、空けた扉に走り込んで来る。

 恭平はその後ろを追っていた案山子達かかしたちを処理してから扉を閉めた。

 彼は息も絶え絶えに、頭を少し下げる。


「わるい。逃げるのに必死で、連れてきちゃったよ。助かった。君強いんだな」

鍬野恭平くわの きょうへいです」

「俺は八木やぎ八木進一やぎ しんいち

「今、古い携帯持ってたりします?」

「ん、ああ。偶々たまたま持って出たのが鞄の中に……うぉ、銃!?」


 自然と口元が緩む。彼も死のふちからよみがえった。

 だからこそ行動が変わって、再びこのマーケットまでやって来たのだ。

 恭平は手早く今の状況と、自分達の目標を説明する。


「本当にそれで助かるの?」

「今は信じてくれとしか言えない」


 皆懐疑的な表情だが、もう慣れ親しんだ反応だ。

 ぐいぐいと話を前に進めて行く。


「話だけだと信じて貰えないと思う。まずは春日さん」

「はっ、はい!」

「このボウガンを受け取ってほしい」


 差し出したボウガンの受け取りを躊躇ちゅうちょするりん

 そして、こういう時に口を開くのは必ず――、


「これを受け取ったら、爆弾になるって言うの?」


 凛を守る様に一歩前に出た美和子だ。恭平は静かに頷く。


「言った通りにならなかったら、捨てて貰っていい」


 ボウガンを再度差し出すと、凛は恐る恐るそれを受け取った。

 彼女が手に取ると同時にボウガンは形状を変えて、オレンジ色の四角い箱に変化する。

 三人が信じられないという表情を浮かべた。


「これが?」

「そう。このゲームをクリアする唯一の希望……になる爆弾の箱」

「いいな、そういうの。ワクワクして来た」

「八木さんのスキルもかなり強いですよ。ただ、今はまだ同士討ちの可能性があるので撃たないでください」

「おう、わかった」

「支度を整えて東京タワーを目指します。出来るだけ早い方がいい」


 ここから先の道のりで気を付けなければならないのは、霧が発生した際に出現するハンマーヘッドと東京タワー近辺にひそ灯籠とうろうだ。

 東京タワーに到達するだけなら灯籠は無視できるが、注意するに越したことはない。

 ハンマーヘッドは何度も単独撃破しているとはいえ、視界ゼロの状況ゆえに一歩でも立ち位置を間違えば起死回生きしかいせいが暴発する。

 そうなれば、目標に足をかけることすら出来ずゲームオーバーだ。


「準備は?」

「オッケー」

「宜しくお願いします」

「絶対に離れないように。浜辺さんは周囲を索敵して、他の生存者が居ないか探して」

「分かってる。任せて」


 ガラスの扉を開いて外に出る。敵はまだ案山子のみ。

 素早く連射で敵を沈め、手の合図で安全を知らせた。

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