第126話 闇の中 ⑨

『2022年6月17日』


 時刻は4時57分。開始およそ5時間前だ。

 布団を跳ねのけて机の引き出しから古い携帯と充電ケーブルを引っ張り出し、すぐさま充電を開始する。

 30分ほど充電出来れば十分じゅうぶんだろう。

 その間に歯を磨き、暗いリビングで静かに朝食を済ませる。

 こういう時こそ平常心を心掛けないといけない。

 自分がこの後何をすべきか、全てイメージトレーニングと下準備を済ませている。

 充電する事30分。充電率は34%。ゲーム開始までは持つだろう。

 それよりも――、


「よしっ!」


 思わずガッツポーズと、安堵のため息が漏れた。

 起動した携帯端末の画面には見慣れた『PRIMARY OF THE DEADブライマリー オブ ザ デッド』のアイコンが確かにあった。

機種変更をしてから一度も電源を入れておらず、当然回線も繋がっていないのに……なんてことは、今更この馬鹿げた現象に散々痛めつけられた後では些事さじだ。

 アプリを起動するとカウントダウンが表示される。

 そこで特定の操作を行うと、武器確認画面が表示されるのだ。

 武器のシルエットはボウガン。この携帯は武器として機能する事が確定した。

 第一条件はクリア。だがまだスタートライン。


「……父さん、行ってきます」


 リュックを背負い、静かに家を出る。

 外はもう明るい。

 携帯で状況を確認しながら、開始までの下準備を整える。

 一時間早く池袋に到着。既に人混みが形成され始めている。

 人の流れ、配置、それを確認しながら美和子みわこりんが来るのを待つ。

 彼女達が1時間前に来るのは既に確認済みだ。ゲーム開始前の動きが変わるとは思えないが、それでも確認せずにはいられない。

 というより、それ以外にやる事が無い。

 四十分後、彼女達の姿を確認して所定の位置へ移動を開始する。

 この場での接触はしない。

 大通りに近すぎるので、ここで立ち止まって話をするのは危険だ。彼女達が逃げる方向に合わせて、安全な位置で合流する。

 奇しくも、恭平が美和子を探して初めて合流できたポイントが最善さいぜんだった。

 後は、東京タワーに所定の人員が集まる様に時間を決め打ちして特定の文面を送信し続ける。


「ふぅ……」


 所定の位置に立ち、

 後はもう一つ、一か八かのけを仕掛けている。

 吉と出るか、きょうと出るかは分からない。だが、成功した場合のメリットは計り知れない。

 正直、東京タワーに集められた人数でクリアまで行けるかと言えば難しいだろう。

 周囲の喧騒けんそうが更に大きくなる。もうすぐ始まる。短いようで長い最後の挑戦が。

 9時45分。カウントダウンが残り15分を切った瞬間、今まで白一色だったカウントダウンの文字が七色に光り始め、新たな文字が浮かび上がる。

 大通りの方から大きな歓声が響く。今から起こる凄惨せいさんうたげの事も知らず。


『手にした希望は武器となる。希望を自ら捨てた者は屍となる』


 スマートフォンが文字の点滅と共に振動する。


「これが最後だ」


 言い聞かせるように放った一言は喧騒に掻き消される。

 更に5分後、次の一文が出現。


『手にする希望は己の魂に刻まれた後悔と追憶』


 続けてボウガンのシルエットが浮かび上がる。

 古い携帯にも同じシルエットが表示されていた。


『身に宿る力は執着』


 カウントダウンに合わせて携帯が更に強く振動する。

 心臓の鼓動がリンクしていく奇妙な感覚。もう何度目だろう。

 この状況に違和感すら抱かなくなっている。

 残り15秒、10秒、……5秒、4、3、2、1


『時は来た。回避不能の終末に備えよ』

「回避してやるよ、この糞な終末を」

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