第122話 闇の中 ⑤

 目覚めた瞬間に支度したくを開始し、3分で部屋の扉を開いた。


「行く気になったのか?」


 部屋を出た瞬間、驚いた表情の父親と目が合った。

 そういえば、行かないと言って部屋に閉じこもっていた事を思い出す。

 強く思い出すのは、案山子かかしを殺したときのあの光景で、恭平きょうへいは苦虫を噛み潰したような表情を隠すように深くうなづいた。

 父親はそれをバツの悪い表情だと受け取ったらしい。


「気を付けて行けよ」

「うん。……ごめん」

「ん?」

「なんでもない。行ってきます」


 そのまま玄関に向かい、くつを引っかけて扉を開いて外へ。

 特に何をしたわけでもないのに、心臓の鼓動がうるさかった。

 携帯で東京タワーまでのルートを検索する。

 渋谷と違い、東京タワー方面ならそれほど混んでいない……かと思いきや、既に全路線で電車の遅延が発生し始めていた。

 陸路りくろは何処も交通規制がかれており、バスも運行時間が読めない状況になっている。

 万が一にでも、バスの車内でカウントダウンをむかえるのは避けたい。

 狭い空間で敵が出現した場合、起死回生きしかいせいがあるとはいえ対処が難しくなる。

 自転車にまたがり、経路を検索。

 ペダルを強く踏み込んで走り出す。目的地までの予想所要時間は約1時間40分。

 交通規制諸々無こうつうきせいもろもろなしの時間配分なので、恐らくもっと掛かる事が予想される。

 ゲーム開始は約一時間後。徒歩一時間けんには到達できるだろう。

 大きな通りは車で埋まっているので気を付けながら歩道を走行するしかない。

 スーツ姿の人々を交わし、都心へ向かってペダルをこぎ続けながら例のメールについて考える。


 上瀬かみせリオン、彼女も何か特別な力を持ってるのか?


 そうは見えなかった。だが、ゲームオーバーになった筈の彼女は復活している。

 成り済ましや愉快犯ゆかいはんとは考えづらい。そんな事をするメリットは何もないからだ。

 都心に向かうにつれて規制が徐々に厳しくなっていく。

 そして遂に、交通誘導にあたる警察官に立ちふさがられて自転車を止められてしまった。


「君、学生だろう。学校は?」

「休校です。交通網こうつうもうが混乱するかもしれないからって」

「今から何処どこに行くつもり?」

「それは……部活。部活はやるらしいので」


 もっともらしい嘘がと口から出た。

 自画自賛じがじさんするも、三十代後半のガタイの良い警察官は不服な表情で「生徒手帳持ってる?」と続ける。

 ああ不味まずい。持ってはいるが、電話で確認されると今日が休校ではない事が分かってしまう。


「生徒手帳は学校の机の中に入れっぱなしで」

「……まぁいい。けどね、ここから先は自転車は押して行くこと」

「どうしてですか? 急いでる……んですけど」

「テロ対策の措置だよ。取り上げたりはしないけど、この先もずっと止められる事になるよ」

「うぇ」


 となれば自転車はここまで、という事だ。


「よろしく頼むよ」

「はい。お仕事ご苦労様です」


 まさかの足止め。

 恭平きょうへいは警察官の姿が見えなくなった所で自転車を乗り捨て、走り出す。

 勿論もちろん、全力疾走ではない。

 再び職質で止められるのは嫌なので、少し急いでいる程度の小走りだ。

 スタミナも温存しなければならない。

 本当はリオンの動画配信を確認して状況のヒントを探しながらカウントダウンを迎えたかったが、当然そんな余裕はない。

 ひたいの汗を何度もぬぐいながら、遂にカウントダウン30秒前を迎える。

 最短ルートから一旦横道に入り、比較的人通りが少ない事を確認する。

 渋谷交差点ではまったデスマーチのてつは踏まない。


ときた。回避不能かいいふのう終末しゅうまつそなえよ』


 付近ふきんに4体いた案山子かかしを処理しつつ、元の大通りの方をうかがう。

 やはりと言うべきか、相当量の案山子がいるのが分かった。

 この辺りは人口密集地域ではないのか、ボス級の姿は見て取れない。

 目標の東京タワーまでは、通常のペースで歩いておよそ1時間強。

 例のメールが来た時間には間に合いそうもない。ここで起死回生を発動してもいいのだが、そうするとボスの灯籠とうろう鉢合はちあわせする可能性がある。

 奴は手当たり次第にスキルを無効化して来るので、流石に一人で相手をするのはリスクが高い。

 敵の無効化範囲が分からない以上、起死回生を解除された時点で窮地に立たされる。


「上手く行かないな」


 急く気持ちを何とか押し殺して、雑魚の殲滅せんめつに意識を集中する。

 折角せっかくの期会だ。これも練習だと割り切って敵を倒しながら進む事にする。

 起死回生を発動するのはメールが来てからでも遅くない。

 遅かれ早かれ、メールが届いてから2分以内には彼女の元へと到着できる。

 恭平きょうへいは視界の端の光点を3つ消費し、輝く矢を大通りに放った。

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