第121話 闇の中 ④

 あの案山子かかしは、倒せない。


 今まで何度も何度も恭平きょうへいの予想は悪い形で当たって来た。

 巻き戻れば、あの案山子も復活する。だが駄目だ。出来ない。

 強い衝撃に、扉の蝶番ちょうばんきしみ始める。

 付け根が外れるのが先か、扉をぶち抜かれるのが先か。

 ボウガンを携帯に戻してドアノブにかざしてみる。しかし、何も起きない。

 ここでは安置あんちも発動しないらしい。


 どうすればいい? どうすれば……。


 ついに扉に穴が開き、みにくするどい爪の付いた手が顔のすぐ横から突き出した。

 抱いた感情は恐怖よりも絶望。

 扉から背を離した瞬間、案山子が部屋の中へと踏み込んで来る。

 何とか横を逃げ切れないかと考えたが、狭い部屋の中で交わす事は不可能だ。

 案山子が迫る。逃げ場はない。何度も経験したはずの光景。

 しかし、今回ほど絶望した事は無かった。振りかぶられた手が起死回生によって止まる。


 後は――、殺すか、殺されるかの二択だ。


 答えはすでに出ている。ここで死んだところで、またすぐに同じことの繰り返しだ。

 窓から逃げるにしてもここはマンションの上階。

 目の前の案山子を倒すしかない。

 分かっているのに手が動かない。体も、頭も。


「ごめん」


 こんな事になるなら、家に引きこもらなければよかった。

 震える手でボウガンを構える。

 俺が……俺達が何か悪い事をしたって言うのか。


「うわあああああああああああ!!」


 絶叫と共に、恭平はその引き金を――、



 ◆◆◆



 マンションを出る。外は異様な空気に呑まれていた。

 人の多過ぎた渋谷と違い、絶望の足音は静かに、しかし着実に世界をむしばんでいる。

 手にした携帯を見る。称号のらんには新たに、『親族殺し』が追加されている。

 他の実績と違い、これに付加能力は無い。ただ、肉親を殺したという事実を延々えんえんと残すだけの性質の悪い称号だ。

 携帯を床に叩きつけたい衝動を必死におさえて一歩一歩前へ。

 散発的に現れる案山子を淡々たんたんと殺していく。

 今殺しているのは、近所に住む知り合いだった人かもしれない。そう思い始めると、更に気分が沈んでいく。


 さぁ、これからどこに行こうか。


 失意に沈んで家で引き籠る事も恭平には許されなかった。

 ふらふらと当てもなく進んでいく。

 これからどうするのか、どうすればいいのか。

 考えようとしても、頭に何も浮かばない。まるで雲の上を歩いているようだ。

 普通なら、こんな状態で歩き回っていると直ぐに死ぬに違いない。

 だが、なまじ強くなりすぎたせいで死ぬどころかピンチになる気配がない。


「学校でも行くかな」


 空っぽの心の中で、ふとそんな言葉が恭平の口を突いて出た。

 学校。電車は動いていない筈なので歩かないといけないが、遠すぎるというほどでもない。

 この時間、恭平のような不真面目な生徒でなければ、皆は教室で授業を受けていた筈だ。

 前回は1日以上も生き残ってしまったので生存者がいる望みは薄い。

 それでも、もしも生き残っている人がいたなら、心強い仲間になる可能性がある。

 その日初めて知り合った相手と、ゲーム開始前に状況を打ち明けて連携を取る事は不可能だが、仮に知り合いが生き残っていた場合、次の死に戻りで早々に状況を説明して信じて貰う事でゲーム開始前に手を打つ事だって出来るかもしれない。


 ――多分、望み薄だけど。


 もっともらしい屁理屈へりくつを並べ、学校の方角へと足を向ける。

 本当は誰かを頼りたかった。

 クリアの為に集まった仲間は皆ダメになった。

 父親もゲームが始まる度に化け物に変わる。

 頼れるものなんて何一つない。独りぼっちだ。

 特別、仲の良い友達がいる訳ではないが、同年代の、少なくとも同じ学校に通っているという共通点がある。今はそれにすがりたかった。

 目標が決まると、そこから50分の道のりは長く感じなかった。

 気持ちが急いている分、早足にはなっていた。

 直前で長時間生き延びてしまった手前、学校の生存者で複数の死亡者が出ていた場合、チームメンバーが欠けて生存率が下がる可能性がある。


「……分かってたけどさ」


 携帯端末の検索機能で表示された学校周辺地図には生存者を示す光点は存在しなかった。

 端末から視線を外し、正門の前から学校の校舎を眺める。

 学校の内部も公共のエリアという事になるのだろうか、窓の奥には無数の人影、もとい案山子の影が見て取れる。

 一部の窓ガラスは割れ、建物の外を伝って逃げようとした者がいたのか、無数の血の筋が壁面にこびり付いている。

 渋谷で実際に目の当たりにした地獄絵図に等しいくらい、普段見慣れている日常の風景が取り返しのつかないほど変質している姿にショックを隠せなかった。

 呆然と立ち尽くす事、およそ40秒。此方に気付いた案山子の一部が恭平の方へと向かってくる。

 端末を武器に戻して構える。

 こうして向かってくる案山子も、1時間半ほど前は同級生や先輩だったのだろう。

 そう思うと引き金を絞る指が動かなくなる――なんて事は無く、淡々と案山子を仕留めて行く。両親を殺した後なので、今更他人を殺す事に躊躇ちゅうちょなどなかった。

 恭平は我ながら薄情だなと思いながらも、今撃っている相手が誰かまでは分からないし、と雑に心に折り合いをつけた。

 スキルを使うまでもなく敵を一掃し、次は何処に向かおうかと武器を端末に戻す。


「えっ?」


 驚いて、目を見開く。

 最初は見間違いだと思った。目に飛び込んできたのは、一通の全体周知メール。

 このタイミングで一斉送信をする人間に心当たりは一人しかいない。

 しかし、彼女はゲームから脱落したはずだ。

 タワー周辺に生存者の反応が無かった事は確認している。

 まだ彼女からのメールと決まったわけではない。震える指で端末を操作し、メールを表示する。


『武器が必要なら、東京タワーまで。携帯沢山あります。 上瀬かみせリオン』


 目を大きく見開き、呼吸をするのも忘れて短い一文を何度も目で繰り返しなぞる。

 間違いない。文面も今までと何一つ変わらない彼女の文章だ。


 しかし、何故なぜ


 考えるよりも先に端末を武器に戻し、矢の先端をあごの下に向けて構える。

 確かめに行かなければならない。起死回生は既に使ってしまった。

 今、死に戻ってもタワーまでは行く時間は無いだろうが、メールの送られてきた時間までには起死回生無しでも辿たどり着けるだろう。

 恭平は新たな希望を胸に、引き金を引いた。



 ― Continueコンティニュー


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