第90話 ensemble ②

「自分達が来たからにはもう大丈夫。この魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする地獄を、渋谷から切り抜けて来た実力があります!」

「渋谷……本当に?」


 ゆうが面白くないという表情で、「途中までお荷物だったのに」と吐き捨てる。


「証拠に、見てください。このレベルを」

「48!?」


 彼女もレベルの概念がいねんは把握しているようだ。

 リオンの画面を見せて貰うと、レベルは2で止まっている。

 今まで敵とほぼ戦わず、立てもっていたためだろう。


「他に、開始後に外から来た人は?」

「そこの窓の近くにいるカップルだけかな」


 彼女の視線の先を見ると、泣き疲れたのか顔を真っ赤にしてうとうとしている女性と、その肩を抱く男性の姿があった。 

 恭平きょうへいが鑑定機能を通して二人を見る。レベルは、女性が1、男性が2となっていた。

 彼らも近場から逃げ込んできたのだろう。ほぼ戦闘経験は無いと言っていい。


「そこの君、鍬野くわのくんだっけ?」

「はい」

「怪我してるみたいだけど、大丈夫?」

「平気です」

「……そうじゃなくて、感染とかそういうの」


 リオンの言葉にはとげがあった。

 距離を取られているなと思っていたが、そういう事かと納得する。

 伊達だて多趣味たしゅみユーチューバーをやっている訳ではないらしい。

 女性で好む人は少ないゾンビというジャンルについての知識もあるという訳だ。


まれて感染は、映画の定番ですもんね」

「で、どうなの?」

「この世界だと、死ねば案山子かかしになります。けど、噛まれて感染したのは見た事ないです。噛まれたら、その時点でほぼ間違いなく死ぬから」

「ならその傷は?」

「ボスとの戦いで、見えない攻撃を受けた時の」

「ボス? ああ、大きいのも居たね、確か」


 リオンはさらに質問を重ねようとしたが、恭平はそれを遮った。

 彼女の一つ一つ質問を待っていてはらちが明かない。

 ただでさえ時間が惜しい状況だ。

 恭平は「皆を集めて貰っていいですか」と提案し、全員が集まったのちに自分達の置かれた状況について細かに説明し始めた。


 それから約10分後。


「キミの言う通りにすれば、私達は助かるって事?」

「はい」

「それを信じろって?」

「はい。そうです」


 リオンはあごに指をあてて考えるそぶりをして、他の籠城ろうじょうメンバーに視線を向けた。


「少し、話し合わせて貰っていい?」

「どうぞ。でも、出来るだけ早くお願いします。時間が経てばその分だけ、難しくなる」

「分かった。15分。それでいい?」


 恭平は頷き、離れて行くリオン達の背中を見送る。


「よかったのか?」

「無理を通そうとしても、数的にこっちが不利だ。春日かすがさんの爆弾を完成させる為には、絶対ここで防衛線を張らないといけない」

「あの感じ、下手すると追い出されそうだもんね」

「敵を倒してる時に、背中から撃たれるかも」

「自分も死ぬぞ。流石にそこまで馬鹿な事しないだろ」


 八木やぎは冗談めかして笑って見せたが、誰もそれに続く事は無かった。

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