第88話 希望の丘 ⑦

 音のする2階から――、と言いたい所だったが、まずは地下1階に降りる。

 地下はちょっとしたホールになっていて、敵の姿は見当たらなかったが、ところどころに血痕が見て取れた。

 ここでも争ったのだろう。

 素早くきびすを返して一階に戻り、敵が居ないか一通り見てまわる。

 チケットカウンターの裏の通路に入ると東京タワーの歴史を伝える展示物が並んでいた。

 何もない時に来ればミニチュア等に感動の一つもしたかもしれないが、今はそれに見惚れている余裕はない。

 展示エリアを抜けてエレベーター前に戻ると、右手奥の階段を使って2階へ。


「フードコートがあるらしい。見晴らしがいいと助かるんだけど」

「さっきの音はどこだっけ?」

「エレベーターの前だから、丁度ちょうど目の前のお土産物売り場の辺りだな」


 階段の場所からだと、商品棚で確認し辛い。

 棚の間隔は広いが、入って行くのは躊躇ためらわれる。

 恭平きょうへいはしばし考える。思った程ではないにせよ死角が多い。

 このメンバーならば、此方こちらが無理に仕掛けない限り奇襲を受ける事はほぼないだろうが、リスクは最小限に抑えたい。

 特に、商業施設は未知のエリアだ。車の警報が鳴った時のように何かしらのトラップが仕掛けられていないとも限らない。

 となると、最も効率のいい方法は――、


春日かすがさん、音響弾おんきょうだんを」

「ここで、ですか?」

「無理に全フロア回るより、おびき出した方が安全だと思う。どうかな?」


 皆に意見を求める。


「私は賛成。出来る限り歩き回りたくないし」

「なら下で待ってればよかったのに」

「それとこれとは別!」

「私も賛成。一番安全だと思う」

「私も、それでいいです」

「リーダーの指示に従うよ」


 満場一致で決定。

 音響弾を床に置き、りんがボタンを押すと、耳障りな大音量が鳴り響く。


 その効果は絶大だった。


 まず、お土産売り場から案山子かかし2体が商品棚をなぎ倒しながら出現し、飲食店の方からも1体が向かってきた。

 ボウガンで手堅く処理している間に、上階からエスカレーターを転げ落ちるように5体。

 団子になって折り返してきた所を八木やぎゆうがしっかりと仕留める。

 まだ敵が来るかと耳を澄ませていたが、どうやらこれで全部のようだ。

 試しに音響弾を建物の奥に蹴り出してみたが、やはり化け物は現れなかった。


「大正解だったな」

「上にも行かなくて済むし」


 優は案山子かかしが暴れた事で床を滑ってきた東京バナナの箱をおもむろに拾い上げてふうを切る。


「……食べる?」


 皆は無言で包みを一つずつ取り、開封して口に頬張った。

 今回の行軍中、そういえばろくに食べずにここまで進んできた事を思い出す。

 緊張と集中の連続で、今の今まで空腹なんて感じていなかった。


「あっま……」

「でも、意外とうまい」

「ふわふわ」

「私、もう1個食べよ」



 初めて食べた東京土産みやげの定番は、甘い勝利の味がした。

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