第83話 希望の丘 ②

折角せっかく戦って、上手く行って、はいお疲れ、さよならって悲しいだろ?」

「あー、出会い求めてる系?」

「そんなんじゃないって。犯罪になる年齢層はストライクゾーンの外」

「必死。あやしー」

「参ったな。そんなチャラく見える?」


 八木やぎの問いに、全員がそろって頷いた。

 銀髪に伊達だてメガネなんて、逆に自分からアピールしているようなものだ。

 本人にその自覚は無いようだが。


「止まって。新手だ」


 恭平きょうへいの視界の端に、妙なものがチラついた。

 皆が立ち止まり、周囲を警戒する。


浜辺はまべさんの見てる方向。三つ奥のビルの間」

「どこ、見えないけど」

「下の方じゃない。地上から少し上の方だ」

「上?」


 気になったのは、建物の3階の窓がある辺りの部分。

 ハンマーヘッドを見る前なら、鳥が動いたか気のせいだと見過ごしていただろう。


「飛んでる、って事か。どちらにせよ、隠れてるなら出番だな」

八木やぎさん、気を付けて。まずは一発でいいです」


 八木は頷き、慎重しんちょうに狙いを付けて引き金を引く。

 弾丸はビルの角に着弾した後、外壁の塗料を僅かに削って死角へと消えていく。


「ぎゃぁぁあああぁぁぁぁぁあああぁぁあ」


 着弾を知らせる咆哮ほうこう。皆が身構える中、恭平だけは顔をしかめる。

 あの咆哮は知っている。もう耳にタコが出来るほど聞いた案山子かかしの発するものだ。

 案山子がビルの外壁をよじ登ったのだろうか。

 ここにきて、敵も新たなスキルを得たか個体が出てきたのか。

 その予想はすぐさま裏切られる。

 着弾したことで、隠れていた敵が姿を現した。

 そのおぞましい姿に皆が息を飲んだ。


 端的に説明するなら、大きな赤い風船のヒモで首を吊りながらゆらゆらと飛ぶ案山子だ。

 ただ、その風船のヒモは人の腸のようなもので出来ていて、風船の本体は直径一メートルほどあるいびつな肉で出来た球体である。

 りんが口を押さえる。美和子みわこも頬を引き攣らせて「悪趣味」と呟き、全員が心で同意した。

 風船は全裸の男女を一メートルの球体の型に押し込め、折り曲げて圧縮しましたような醜悪な造形だった。

 そうして組み合わさった人の胴体と胴体との間、タテに割れた部分が大きなくちびるのように、「デュップ」と、舌打ちとゲップを混ぜたような音を響かせている。

 その口が恭平達に向かって正面を向いた。


「『気球:昇天する者。 ライフ300 特技、浮遊、束縛』」


 美和子が冷静を務めて敵の情報を読み上げる。

 八木が自分を奮い立たせるようにわざと失笑を漏らした。


「男女で昇天、首釣って昇天を掛けてんのかね」

「ちょっと!」

「今のは下ネタのつもりじゃないからな?」


 八木の予想はともかく、敵の動きは鈍い。風船が風に揺られて飛んでいる程度の速度だが、敵は着実にこちらに向かってきている。木偶と同じ程度の早さだろうか。


「どうする、鍬野君くわのくん?」

「直接本体、って言いたいけど、まずは吊られてる敵を俺が倒します。気球の行動パターンが知りたい。ライフは低いから、雑魚の部類だと思うけど」

「了解。フォローは任せろ」

「単体相手なら私の方が適任でしょ」


 自信を覗かせる八木と凛。

 この二人が居れば、多少のイレギュラーは対応出来るだろう。


「でも、おかしいな。二体いるなら跳弾ちょうだんするはずじゃない?」

「俺も思った。でも、案山子の表示がでないな」

「二体で一体って事?」

「八木さんの攻撃が一回当たってライフが300なら、元のライフは600ですね」


 なんにせよ、今いる敵は奴一匹。


「どっちかが死ぬと、単体で動き出す気がする」

「私もそう思う。今までの感じからすると」


 予定通り、案山子を狙う事にする。

 それで気球ごと死ねば御の字。単体になって攻撃してきた場合は、出来るだけ行動パターンを記憶する。

 こちらに死傷者が出ない程度に。



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