第82話 希望の丘 ①

 麻布通あざぶどおりに敵の姿は殆どなかった。

 首都高速のせいで地図上は広い道路に見えるが下道は半分の面積しかない。

 先程の戦いで、近辺の敵を粗方あらかた倒してしまったのかもしれない。

 車道の脇には道路規制を行っていたと思しきパトカーや装甲付きの輸送車が点々と止まっている。


「どうして、こんな所を規制してるんでしょう?」


 りんの疑問に、得意げな表情を浮かべたのは八木やぎだ。


「他の国の大統領が来た時もそうだ。この通りを北にのぼっていくと六本木通りに入って、その先が国会議事堂だろ。テロ対策でこのへんの大通りは漏れなく規制されるんだよ」


 映画やゲームなら装甲車やバスに乗り込んで大量のゾンビをひき殺しつつ道路を爆走する所だが、残念ながら海外と違って日本の狭い道路では1キロも進めないだろう。

 そもそも、車で案山子を轢き殺せるのだろうか。

 普通の人間の何倍も体力があり、見た目も大きいのでリスクが高い気がする。


「そういや、君らはどうしてアプリを消さなかったんだ?」


 八木が周囲を警戒しながらも唐突とうとつにそんなことを聞いてきた。


「俺は、これが何かのゲームだと思って」

「確かに、ふたを開ければ頭の良かれたゲームではあるよな」

「そういう八木さんは?」

「話のネタになるから残してた。仕事にしろ、何にしろ。アプリを残してる奴には『何の武器選んだんですか』とか聞いてみたり、逆なら『俺も消した方がいいですかね』とか。まぁ、天気を聞くようなもんだ」


 なるほど、そういう使い方もあるのかと感心する。


「私は、周りが残してたから」


 続いて答えたのは凛だった。彼女らしい答えだと思う。

 それに同調するように、ゆうが「私も」と続いた。

 やはり周りの友人や家族がどうしているのか、という環境要因は大きい。

 どれだけ得体の知れないものでも、使い方次第で人との繋がりを作るツールとなる。


浜辺はまべさんは?」

「私は単純に興味が無かっただけ。いつでも消せるって聞いてたし。丁度、例の一斉ダウンロードがあった翌月ぐらいに今の携帯を買ったんだけど、それにも入ってたから」

「もしかして、一つ型落ちのタイプ?」

「どうだろ。少し安いのを選んだから、そうかも」


 前に八木の言っていた事を思い出す。

 最新機種でなければ、ほぼすべての携帯にアプリがインストールされているという話は本当のようだ。


「どうして、そんな事聞いたの?」と、優が八木に問いかける。


「だって俺達、これから最低でも24時間も一緒に戦うのに、お互いのことを何もしならないからさ。いや、恭平君きょうへいくんは一人一人よく知ってるんだろうけど」

「そうでもない」

「同じ目標に進む仲間同士、多少の親睦しんぼくを深めるぐらいは良くないか?」


 八木の言う事にも一理ある。

 今日まで面識のなかった皆がこうして集まったのも何かの縁。

 親交を深めるのを拒否する理由は無いだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る