第78話 雲集霧散 ⑰

 そうそう、坂神さかがみさんはこういう所で怒るんだよな。


 赤玉あかだまの件で美和子みわこに詰め寄っていた、あの光景がフラッシュバックする。

 今と違うとはいえ当日の話だ。

 それに対してもう懐かしさを覚えてしまっている。


「私達も死んだらああなる可能性があるって事でしょ?」


 八木やぎが「死ななければ問題ないじゃないか」と胸を張り、美和子みわこが「極論ですよ、それ」とたしなめる。


「こんなにも強くなったら、死ぬ方が難しいと思わないか」

「あーそれ! その慢心まんしんしてる感じ。ドラマとかで最初に死ぬパターン」

「げっ、ホントに?」


 ふっ、と皆に笑みがこぼれる。今までになかった光景だ。

 恭平きょうへいが感慨深くやり取りを見守っていると、美和子に肩をそっと叩かれた。


「やっと笑ったね」

「え?」


 頬に手をあてる。


「気付いてなかったんだ」

「うん。そっか。俺、笑ってるのか」


 メンバーは少し違うが、美和子をリーダーとして動いていたあの時を思い出す。

 あの時も、こんな風に『このメンバーなら、乗り越えていけそうな気がする』と、


「……ッ!」


 頭の奥に刺すような痛みが走り、顔をしかめる。


「どうしたの? 傷が痛む?」

「何でもない。少し立ちくらみしただけだ」

「ボスと単独で殴り合ったんだろ? 俺達なら大丈夫だから、少し下がっててもいいぞ。東京タワーに着いたら大事なお役目もあるんだし」


 そんなやり取りの間にも案山子かかしが一体現れるが、ゆうがあっという間に蜂の巣にして倒してしまった。


「ルートは麻布通あざぶどおりに出てから」

「敵の量によるけど、今なら大通りを進めるはず。視界が開けている分、奇襲は受けにくい」

「木の裏とかに隠れてたりしない?」

「可能性はある。けど、敵も図体が大きいから完全には隠れられないと思う」

「気を付けてれば大丈夫って事ね。それに、八木さんの攻撃も使えるし」


 優が少し意地悪な笑みを浮かべる。

 戦いの中で分かったのだが、八木の攻撃は索敵さくてきにも応用できる。

 彼の持つ跳弾ちょうだんのスキルは、必ずしも打ち出した一発目が化け物に着弾する必要は無い。

 跳弾の発生圏内である4メートル以内の何かに当たれば、後は自動で敵に当たる。

 見通しの悪いビルとビルの隙間や壁、植林の中も、彼の能力で確認できるのだ。

 当然、跳弾範囲の外に敵がひそんでいた場合は見つけられないので過信は禁物だが……。


「もっと、大人を頼ってくれていいんだぞ」

「ケースバイケース。私だって弱くないんだからね。それはいいとして、籠城ろうじょうするならコンビニとか寄って食料調達した方がよくない?」


 確かにそれも必要かと思ったが、八木が怪訝けげんな表情を浮かべる。


「東京タワーの足元にある建物に、お土産とか色々あるだろ?」

「そうなの? 私行った事ないし」

「まぁ、東京に住んでると案外行かないよねぇ」


 皆が一様いちように頷いた。

 正式名称、日本電波塔にほんでんぱとう

 東京タワーはデジタル放送移行にともない、電波塔としての役割を終えてひさしい。

 全長333メートル。

 塔としての高さは今でも十分だが、ランドマークとしての役割は、より高いスカイツリーに明け渡している。

 今も観光・デートスポットとして根強い人気があるものの、経年劣化が進めばいずれ取り壊される事になるだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る