第75話 雲集霧散 ⑭

 気が付けば霧が晴れていた。

 倒した実感も何もない。

 断末魔だんまつまもなければ、ファンファーレの一つもなかった。

 やり切った、という達成感よりも疲労感の方が強い。

 二度攻撃パターンが変化したので、新たなパターンを覚えるのに12回も死ぬ羽目になった。

 霧が晴れた事で、霧に潜んでいた化け物共がグズグズと溶け始める。

 まるで魔法が解けるように。

 ハンマーヘッドは大きな頭部を残して骨になっていた。


「爆殺しなかったら、こうなるのか」


 立ち上がり、皆の待つ安置へと引き返す。

 脚が異様に重い。

 25分以上も気を張って動き続けていたのだから、運動不足の体が悲鳴を上げていた。

 汗がとめどなく流れてひたいを濡らす。

 経験をどれだけ積んでも、体は死ぬ度にリセットされるので毎回同じように疲労する。


「お待たせ」

「凄いですね。本当に霧が晴れました!」

「ボス級だっけ? 一人で倒すとか尋常じゃないな。けど、その傷大丈夫か?」


 真空波が二度かすった為、右腕と左足から血が出ていた。

 しかし、少し痛む程度で肉までは深く切れていない。


「かすり傷だから」

「こっち来て。手当てしてあげる」

「私、タオル探してみるわ」


 有無を言わせぬ表情の美和子みわこに強く手を引かれ、警備室から引っ張り出したパイプ椅子に座らされる。

 意外な事に、一番動かなそうなゆうも積極的にタオルを探しに警備室の奥へと向かった。

 皆口には出さないが、恭平きょうへいの背中を見て感化される部分があったのだ。


「手の消毒用だから染みるけど我慢して」


 彼女は入口に設置された消毒液をポケットティッシュに含ませて傷口にそっと押し当てた。

 鋭い痛みが走ったが、唇を噛んで耐える。


「今はテーピングで仮に押さえておくから、あとで近くのコンビニに寄って。多分、包帯ぐらいなら置いてる筈だし」

「分かった。でも、浜辺はまべさんが手当て出来るなんて思わなかった」

「今までの私はしなかったんだ?」

「……怪我する時は、死ぬ時だったから」

「そっか。ごめんね、ほとんど役に立てなくて。私達、足手纏あしでまといだよね」

「そんな事ない!」


 大きな声を出してしまい、八木やぎりんが驚いて恭平の方を見た。

「何事?」と、優も奥から駆け戻ってくる。


「ねぇ? びっくりさせないでよね」

「ごめん。でも知っておいてくれると嬉しい。みんなが居るから、俺はここまで頑張ってこれた。皆の知らない所で、沢山助けて貰ってる。それに、これからも」


 最初はレベルや経験で大きな差がついていたとしても、共にチームとして行動していればレベルが上がり、肩を並べられる時が来る。

 どれだけ一人が強くなったところで、このゲームでは生き残れない。

 何度も繰り返しているからこそ、恭平はその事実を痛感していた。


八木やぎさん、春日かすがさん、坂神さかがみさん。新しいスキルは覚えてない?」

「ああ、おかげさまでかなりレベルが上がったからな。でもその言い方だと、もう知ってるんだろ?」


 八木の問い掛けにうなづく。

 三人の表情が引き締まった。


「八木さんのスキルは『セーフガード』。跳弾が生存者、一般人に当たらなくなる」

「それって、言葉通りに受け取っていいんだよな?」

「うん。今から攻撃は全面解禁」


 八木が「ようやくだな」とガッツポーズを作る。彼の能力は強力だ。

 そして、今後の戦いで絶対に必要になる。

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