第74話 雲集霧散 ⑬

 何故なぜ、開始直後にボスを爆破攻撃しないのかと言えば、ハンマーヘッドは一定の距離より外から放たれる遠距離攻撃を全て回避する上に高速でランダムに移動してしまうのだ。

 つまり、遠距離からスキル全乗せの爆破を狙おうにも逃げられ、近づけば恭平きょうへい自身が爆発に巻き込まれる。

 11回前はハンマーヘッド本体ではなく地面を狙う事による爆風での殺傷を試みたが、致命傷にはいたらなかった。

 スキル全乗せが封じられた形だ。

 近接を余儀よぎなくされる相手だからと言って、接近武器接待のボスかと言えばそうではない。

 浮遊ふゆうした状態からの巨大な腕のぎ払い、噛みつき、尻尾による殴打の波状攻撃はじょうこうげきが待っている。

 どれも即死級の攻撃が視界最悪の霧の中から繰り出されるのだ。

 軍曹ぐんそう御萩おはぎもチームを組んでようやく倒せるかどうか怪しい強さだが、ハンマーヘッドはそもそも倒す前提ぜんていのボスではないのだろう。

 やたらと自己主張の激しい、「ヒタッ……、ヒタッ……」という音は、これを頼りに攻撃しろという意味ではなく、ここに居るから迂回うかいしろという警告なのだ。

 でなければ、サメにわざわざ腕を付けて音を鳴らす理由が見つからない。


 無理に倒さず、無視したらいいじゃないか。


 恭平きょうへいも一度は、そう考えた。実績じっせきの取得も済んでいる。

 しかし、こいつが居る限り霧は広範囲に発生し続ける。

 そして、回避の判断はこの先で致命的な状況を作り出す事を、恭平は己の死を代償に経験している。


「いち、にい、さんっ、右、右、右、左、いち、にっ」


 ハンマーヘッドの攻撃を避けながら、見えない周囲の雑魚達を静かに仕留めていく。

 最早、戦いというよりも演舞。

 腕に真空波がかすった。

 位置取りを少し間違ったらしい。

 二発目のタイミングを微修正し、次を正確にわす。


 今度は上手く行った。


 把握している最後の雑魚を倒し、遂に霧の奥に居るハンマーヘッドと向き合う。

 起死回生の発動無しでここまで来られたのは三回目。

 敵の攻撃間隔を読み、ジグザグに動きながら前へ。巨大鮫きょだいざめとの距離を詰める。

 間合いが重要だ。攻撃が切り替わるポイント。

 それを見誤みあやまると即死する。


「ここだっ」


 踏み込んだ瞬間にファイアアローを起動、六連射した瞬間に体を地面に倒す。

 巨大な腕が頭上の霧をえぐる様にぐ。

 続けてショックアローを起動。

 まずは三発を虚空こくうに射出すると、噛みつきを仕掛けてこようとしたハンマーヘッドが身を素早くよじった。

 続けてやや敵胴体の左寄りに三発。

 振りかぶろうとした左腕が痙攣けいれんしたのが光の明滅から分かる。本来なら振り下ろされる拳を止める事に成功した。

 わずかに衝撃が自身に跳ね返るが歯を食いしばって耐える。

 ジャストタイムでクールタイムが終了したアイスアローを起動。

 前に出ず、下がりながら本体へと6連射。

 声にならない空気の振動の後、氷が割り砕かれる音が響いた。

 大腕で、体の氷を破壊したのだろう。

 追撃は無い。この隙に距離を取る。

 重要なのはこの後。次の真空波しんくうはまでの時間は、3、2、1!


 あえて大きく地面を転がる。

 予想通りのタイミングで真空波が霧をいた。


「やっとパターンをつかんだぞ、クソボス!」


 スキルのローテーションで接近から離脱までの流れを完成させる。

 後は周囲の敵に気を配りつつ、この流れを崩さないで立ち回る。

 武器を携帯に戻して鑑定機能かんていきのうを起動する。


『ハンマーヘッド:食い破る者 ライフ、4,331 特技:濃霧、浮遊、真空波』


「あと、30セットくらいか? 余裕だな」


 恭平は自分に言い聞かせるように笑って、武器をかまえ直した。


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