第72話 雲集霧散 ⓫


 彼は一体、何者なのだろう。


「話は後で。安全な場所がある。死にたくなかったらついてきて」

「ちょっと! ああもうっ」

美和子みわこちゃん……」

「とにかく、ついていってみよう」


 いきなり現れた鍬野恭平くわの きょうへいと名乗る少年は、半ば強制的に私とりんちゃんを引き連れて近くのスーパーに駆け込んだ。

 彼はこんな訳の分からない状況でも怖いくらい落ち着いていて、道中も気持ちの悪いバケモノを正確な射撃で倒して見せた。


「ねぇ、そろそろ説明してくれても――」

「もう少し待って。あと一人来る」


 まるで、私が何を言うのか分かっているようだった。

 そして、これから何が起こるのかも。

 彼の言う通り、しばらくすると八木やぎと名乗るサラリーマンが店に駆け込んできた。

 知り合いかと思ったけれど、どうやら面識はないらしい。

 一方的に、知っているようだ。

 驚く私達の表情を見ても、彼は顔色一つ変えない。

 もうその反応は見飽きたと、顔にありありと書かれていた。

 彼が話すところによると、私達は最悪のゲームに巻き込まれたらしい。

 その中で彼だけは、死んでもゲーム開始前に戻って繰り返すのだと言う。


「死ぬって、本当に『死ぬ』って事だよね?」

「うん。元々、浜辺はまべさんの力だよ」


 大真面目に彼はそう言った。

 元々は私が、何度もこの状況を繰り返していたらしい。

 彼は、私がトライ&エラーを繰り返している最中にチームのメンバーとして見つけてもらったのだと。


「俺がミスをして、君を殺した。多分、そのせいでスキルが引き継がれた」

「……それを信じろっていうの?」


 にわかには信じがたい。

 けれど彼は私達の名前を知っていて、りんちゃん、八木さんのスキルも正確に把握している。

 彼は私を殺したというけど、何の感情も湧いてこない。

 だって、私はこうして生きている。


「殺したなんて言わなくてもいい事、どうして――」

「ごまかしても、継承けいしょうした理由を聞いてくるから。それと、正直に言っても怒らないから」

「口に出さないだけで、怒ってるかもしれないでしょ」

「自分のケジメでもある。起こしてしまった事の責任から逃げてたら、この状況から抜け出せないと思うから」


 私より年下とは思えない気迫に、うたがいの念は波のように引いて消えていった。


「私は武器を持ってないのに、どうして連れてくの? それも罪滅つみほろぼしのつもり?」

「武器は途中で手に入るかもしれない。それに、検索機能は使えるから、アシストしてもらえる」

「役に立つとは思えないけど、……うん。頑張ってみる」


 お荷物だからと置き去りにされるのは流石に嫌なので、期待を裏切らないように頑張ってみよう。

 彼の説明によると、今から国会議事堂に向かうつもりらしい。


「必要なものだけ持って」


 30分は安全だと言っていたのに、15分そこそこで店を飛び出す。

 入口にたむろしていた案山子かかし? は、一瞬で倒してしまった。

 急がないといけない理由があるのだろう。彼は必要最低限しか説明しない。聞けばきっと答えてくれる。

 けれど何度も繰り返してきた過去の私達がきっと聞かなかったように、私も小さな疑問は口に出さず呑み込んだ。


「こんなに簡単に倒せるなら、意外と楽勝?」

「俺のレベルが上がりすぎてるだけだよ」

「そう……、なの?」

「普通は20発以上撃ち込まないと死なない」


 淡々とした口調。何度同じ説明をしてきたんだろう。

 怖くて聞くことは出来なかった。

 私達全員に役割があると言っていたけれど、彼は現れる敵を一瞬で倒してしまう。

 視界に入っていない敵も射線に入った瞬間には断末魔だんまつまの叫びと共に倒れている。

 どこに何が居るのか分かっているとしか思えない。

 頼りになる背中。けれど、何故か危うい気配が漂っている。

 目を離したら、ふっと消えてしまうのではないかと思うほどに。


「ねぇ、大丈夫? 少し休んだ方がいいんじゃない?」


 ほぼ無意識に、私は鍬野君の服のすそを掴んで問いかけていた。

 彼の表情が、ほんの一瞬だけ年相応としそうおうの、困惑へと変わる。


「あっ、ごめんなさい」


 はっ、として手を放す。


「そんなに疲れてるように見える?」

「……うん」

「大丈夫。必ずみんな俺が助けるから」


 安心させるために浮かべた笑みなのだろう。けれど覇気はきを感じない。

 きっと彼は、今回は救えないと思っている。そして、きっとその通りになる。

 だからと言って、私達は何もできない。

 私達は彼の言う通りに、邪魔にならないよう動くだけ――


 本当に、それでいいの?


 ジクジクと頭の片隅かたすみがうずく。

 私はどうして、見ず知らずの彼に共感きょうかんしているんだろう。



 何も知らないはずなのに。

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