第70話 雲集霧散 ⑨

 そう考えると中々難しい。恭平きょうへいはあまりにも渋谷周辺に土地勘が無さすぎる。

 様々な案が頭に浮かんでは消えて行く。


 いっそ、美和子みわこを真似てみるのはどうだろう?


 多少の衝突をしつつも納得を得られる最低限の説明。

 立て籠もっての銃撃練習も自然とクリアしていた。

 美和子がの事を話さなかったのも、チームの一人一人が自主的に行動するようにする為だろう。

 仲間の助力無しに、何でも一人で片付けようとすれば、いずれはたんする。

 記憶を持っていた頃の美和子もその壁にぶつかった筈だ。

 そして、どれだけの努力を重ねてあの状況に辿り着いたのだろう。

 恭平に足りていないのは、試行錯誤の回数ではないだろうか。


「でも、状況が違いすぎる」


 恭平は複数回ボスを撃破する事で突出して強くなりすぎてしまったので、レベルを隠して進むのは無理だ。

 とにかくパーティーのバランスが悪い。


 どうすれば、安全に進める?

 自分はあえてサポートにまわり、皆の自主性に期待する?

 ダメだ。一撃は強力だが攻撃間隔が致命的なりん、複数の敵に絶大なアドバンテージを持ちつつも同士討ちの可能性が高い八木やぎ、射撃精度は高いが、持続力と威力になんがあるゆう、そして武器を持たない美和子みわこ

 一人一人の能力がとがり過ぎている。

 そして答えが出ないままに渋谷に到着する。


「ただ撃ってるだけじゃだめだ。戦いながら考えて……なんて器用なこと出来ないんだよなぁ、俺」


 しかし……唯一ゆいいつ、恭平が人並み以上に誇れる特技を上げるとするなら、それは忍耐力だ。


「出来るまで、いくらでも繰り返してやる」


 考える頭が無いのなら、トライ&エラーでその穴を埋める。

 思いつく限りのパターンを試し尽くすしかない。

 そしてもう一つ。自分自身の武器の鍛錬たんれんも重要だ。

 単独で動いている間は、レベルに比例して上がる攻撃力と、スキルによる爆破でゴリ押し出来ていたが、仲間と合流して初めて自分の未熟みじゅくさを痛感させられた。

 霧の有無にかかわらず、正確に敵を射貫く技術が必要だ。

 今までは敵の死亡確認を目視で行っていたが、当てた本数を正確にカウントすることで確認の手間を省く。

 その為には、どの敵に何発を撃ち込めば倒せるのか、今一度確認する必要がある。

 

 本当に心の底から不本意だが、練習に最適な場所を恭平は知っている――、


「ただいま」


 人のあふれる渋谷交差点を見渡せる位置に、恭平は再び立っていた。



◆◆◆



案山子かかし8発。赤玉あかだま13発。木偶でくは頭部に攻撃で一撃。爆散して酸の飛び散る範囲は20メートル。酸は敵同士にも有効。アイスアローを使用した場合の飛散は3メートル以内におさえられるし、こおっているから少し触れた程度なら軽症で済む」


メモは形として残らないのでしっかりと暗唱あんしょうして記憶に焼き付ける。

状況に応じて、素早く味方に説明をしなければならない。

慣れない単語も口に馴染なじませておく必要がある。


恭平はたった一人、例の安置となるカフェの席に座って考えをまとめていた。

地獄の訓練で死に戻りを繰り返す事58回。

その間、追加の実績などは解除されなかった。

椅子の下には着々と血だまりが広がっている。

逃げ込む直前に背中をざっくりと切られたせいだ。

だが、傷の程度は問題ではない。このあと死ぬのは決まっている。

美和子達と再び合流する為の時間さえ稼げればそれでいい。


「問題は、起死回生きしかいせいをどうやって温存するか」


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