第47話 起死回生 ⑨

 やった。ついにやった。


 カフェは店舗として一階で独立した内装の為、たとえ上階に敵が進入しても、例のオフィスビルのように入り込んでくる心配はない。

 敵に囲まれ四面楚歌しめんそかかつ絶体絶命の状態だとしても、30分は時間を稼げる。

 そうすれば、巻き戻った際に立っているのはあの裏路地の辺りの筈。

 最速で走り抜ければ、大通りを抜けられる。

 窓ガラス全面を覆う敵の群れを睨むように、椅子に座り込む。


「ふぅ……はは、ハハハ」


 安堵で気が緩んだ途端、笑いがこぼれた。

 同時に視界がぼやけ、涙がとめどなく流れ落ちる。

 10分ほど泣いて、泣いて、泣き疲れてから立ち上がりレジカウンターの方へ。

 折角カフェに来たのだから、お茶をしなければ勿体もったいない。

 カウンターの中の厨房は、正に今この時まで人が居たような状態で、作りかけのコーヒーやお皿に出したてのカットケーキがいくつか並べられている。

 複数の作りかけのドリンクの中から、比較的仕上がりに近いカフェモカらしきものを選び、チョコレートソースとキャラメルソースを加えてマドラーでかき混ぜて口を付ける。


 あっま。


 苦味の次に甘ったるさが口全体に広がる。

 しかし、おいしいと感じた。

 ショーケースからチョコブラウニーを手掴てづかみで取り出して頬張ほおばる。

 濃厚なビターチョコの酸味が口に広がり、丁度いい甘さが遅れてやってきた。


「お前らも食う? 食えないだろ」


 窓の外に向かって、ケーキを持ち上げてみる。当然、反応はない。


 これぐらいのご褒美があったっていいじゃないか。


 何しろ恭平は、あの地獄の大通りから――


「う˝ぉえ˝」


 いた。


 今食べたものを、そっくりそのまま。

 茶色い濁流だくりゅうが床に広がる。


 俺は、逃げる為に何人を殺した?


 巻き戻るのは分かっている。けれど簡単には割り切れなかった。

 足にはまだ、感触が残っている。

 靴に付いた血が、「お前が殺した」と責め立てる。

 慣れるしかないのだろうか。

 りんと合流できたとして、巻き戻るのが今回最後だとは到底思えない。

 同じような、あるいはもっと過酷な状況におちいる可能性もある。

 人を殺す事に慣れてはいけない。

 しかし、最低限の覚悟が無ければこの先必ず窮地に立たされることになる。


 俺なら、やれる。この馬鹿げたゲームを攻略してやる。

 マゾゲー?

 くそゲー? ……上等だ。


 そういうのには慣れている。

 現実リアルのゲームも同じだ。

 最初からと知っていればこのんで遊びはしないが、知らずに手を付けたゲームは、どれだけ糞ゲーだろうと、マゾゲーだろうと攻略不可でない限りは最後までやる主義だ。

 今一度、ケーキを口いっぱいに頬張り、何度も強く租借そしゃくしてからカフェラテで一気に流し込む。

 今度は吐き出さないように、しっかりの胃の奥まで。

 覚悟が決まった後にはもう、吐き気をもよおす事は無かった。


「やれる限りのことをやるだけだ。それしかないんだろ」


 居直り、開き直り。今はそれでいい。

 残り一分を切る直前まで椅子に座って今後の対策を練った後、スキルを全て起動して立ち上がる。

 巻き戻ればすぐに走らなければならない。

 屈伸くっしん柔軟じゅうなんを軽くしてから、窓に向かってボウガンを構える。


 安置生成から30分。

 窓ガラスが枠ごと粉砕され、敵が雪崩れ込んでくると同時に六連射。

 凄まじい爆発に、恭平きょうへいの体は雪崩れ込んできた化け物諸共もろとも、一瞬でちりと化した。



 - Continueコンティニュー

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