第2話「ぼくの5月19日」

 [無断転載禁止]おまいらが言い残したこと挙げてけ(part 52)@2fn.net


152 :名無しさん:20XX/05/19(金) 09:32:41.97

 俺1年後から来たけど黒髪美少女が嫁だよ

153 :名無しさん:20XX/05/19(金) 09:33:03.21

 >>152

 お前余裕だなwww尊敬するわwww

154 :名無しさん:20XX/05/19(金) 09:33:03.95

 せっかくだから今期スルーしていたアニメ見てるんだけど、微妙な空気系作品でもやけに面白く感じる……

155 :名無しさん:20XX/05/19(金) 09:41:49.01

 本当にもう助からないの?

 どこかに避難するとか

156 :名無しさん:20XX/05/19(金) 09:43:14.36

 息子に会いたい

157 :名無しさん:20XX/05/19(金) 09:44:41.95

 過疎ってきたな……これだからリア充は

158 :名無しさん:20XX/05/19(金) 09:46:27.76

 >>155

 どこに避難しろってんだよwww

 >>156

 俺のムスコで我慢して(はあと

159 :名無しさん:20XX/05/19(金) 09:46:40.11

 >>155

 いや、まだ助かるかもしれない

160 :名無しさん:20XX/05/19(金) 09:46:40.98

 >>155

 いやまだ助かるかもしれないだろ

161 :名無しさん:20XX/05/19(金) 10:01:02.82

 >>159 >>160

 お前らはどういう


 * * *


 明日というのも5月20日、地球のどこかに隕石が落ちて世界が壊滅するらしい。それはともかくとして、ぼくは明後日21日、封切りされる映画のことで頭がいっぱいなのだった。

 それは出会いと別れの物語である。出会いで人は盲目になり、別れで人は目が覚める。また誰かと出会って虚構に酔い、別れて現実に打ちひしがれる……ありふれた人生の縮図を濃縮した形で追体験できるのだ。シリーズものの3作目となるその映画も、よく練られたドラマであることが事前情報からも明らか。ぼくはとても楽しみだった。

 ぼくは映画や小説からアニメに至るまで、様々な作品に触れることが好きだ。だから映画の封切りを待ち焦がれるというのはぼくにとって珍しいことではない。一方ぼくの周囲はというと異常なまでに浮き足だっていた。原因は言うまでもなく明日世界が壊滅するという現実にある。ぼくのような独り者と異なり、周囲の人々はツタのように絡みあった関係性を生きてきた。だから明日、その生活が否応なく断たれてしまうことに絶望するのも無理はない。

 しかしここ数日の彼らの言動に関して、ぼくは疑念を拭うことができない。

 ものごとの終焉にさいし、人は精算に走るものである。学園祭が終われば後夜祭だとか打ち上げを行う。卒業式、結婚式など、世の中は儀礼的な式典にあふれているが、これも精算を明らかな形で行うものだ。そういうものに比べると世界滅亡というのはあまりに非常な事態かもしれない。それでも人はこれまでと同じように、自らの生活を精算しにかかるだろう。

 事実、ぼくの目にはそのように映っている。WEB上のまとめサイトを見れば「おまいらが言い残したこと挙げてけ」的な記事が乱立している(まとめサイトの管理人の心意気には感心してやまない)。テレビ番組も隕石の趨勢を逐一伝えることを諦め、過去志向のドキュメンタリーばかり放映している。さらに、高校の同期で、大学で同じクラスになったからといってLINEを交換したはいいものの、一度も交流したことがないような人から先日メッセージが届いた。「今までありがとうね」と。ぼくはその人と関わった記憶がないので礼を言われる筋合いなどないと思ったが、それでも悪い気はしない。その人はぼくと異なりバイタリティに溢れた女性だった。ぼくにとって彼女はあまりに別世界の人種であるから、彼女からLINEが送られてきたという事実はことの重大さをぼくに知らしめるのに十分だった。もっとも彼女は片っ端からメッセージを送っているに違いない。「立つ鳥跡を濁さず」の精神を徹底しているのだろう。

 親戚どうしで集まろうという話も持ちあがった。ぼくは大学の二回生で今は下宿の一人暮らしだから、明日世界が壊滅するくらいのきっかけがないとなかなか親戚と顔を合わせる機会がない。映画の封切り日と被りさえしなければ拒む理由もなかったのだが、両親と会わなければいけないという事実に思い当たるとすぐに参加を取りやめた。

 ぼくは幼少期からネグレクトを受けていた。せっかく映画を楽しみにしているというのに両親の顔を見て気分を害したくはない。そういうわけで今ぼくは狭くて散らかった学生寮の一室にいるのだった。

 閑話休題。問題はここからである。

 ぼくから見れば周囲の人々は明らかに浮き足立っている。生活を精算しようとしている。それなのに彼らは口を揃えて「最後くらいいつも通りに過ごそう」と主張するのだ。ぼくは彼らもとうとうおかしくなったのかと思う。今日は平日だ。「いつも通りに」過ごしたければ、出勤したり通学したりすればいい。たわいもない会話で盛り上がり、一人でラーメンでもすすって多幸感を得ればいい。憑かれたように歩きスマホをして、インターネットに依存し尽くせばいい。それなのに彼らはといえば、ひとつに集まって話題を共有しようとする。それを「いつも通り」だとのたまうのには無理があるというものだ。

 もっと言うと、ぼくは一同に会し話題を共有するといった「精算的な行為」を好んで行うこと自体に疑念を覚えている。このご時世、国はもはや共同体として機能していない。我々が取り持つ人間関係もひどく閉じてしまった世界だ。それに、もはや現実からドラマは失われている。お涙頂戴のドキュメンタリーがその残滓としてあるだけだ。ぼくの周囲の人々は、共同幻想に浸ることによって閉塞的な現実から最期の最期まで逃避しているに過ぎない。

 そう、逃避。

 ぼくは映画やら小説やらアニメばかりに陶酔しているので、しばしば「現実逃避」だと揶揄される。しかしぼくは決して現実から逃げてなんかいない。というのもぼくは映画をはじめとした虚構に引きこもっていないからだ。ぼくは虚構をあくまで虚構として受け入れている。さらに現実すらも一種の虚構とみなして受け入れているのだ。それこそ現実逃避ではないか、との指摘もあるかもしれないが、明日世界が破滅するという瀬戸際に真の「いつも通り」を保つためには現実を虚構化するほかない。

 現にぼくの周囲の人々は、「いつも通り」を標榜しながら「明日に終末すること」を念頭において行動している。「いつも通り」というスローガンのもと、慣れない結束で心を落ち着かせている。一方のぼくは現実に対して徹底的に冷酷である。だからこの期に及んで明後日の映画を楽しみに待つことができるのだ。

 現実と虚構を対立する二語と考えない。

 現実は、虚構より虚構度が劣る虚構に過ぎない。

 明日も明後日も酸いも甘いも出会いも別れも幸も不幸も、すべてがウソだと割り切ってしまう。

 それがぼくの処世術である。処す世も明日には消えてしまうのだが。



 今日は平日である。本来は大学の授業があるはずなのだが、世界壊滅前日ともなると学んでいる場合でもないのか、隕石衝突の情報が真実味を帯びてきた1週間ほど前から休業がつづいている。もっとも、休業でなかったところでぼくが大学に行っていたかは怪しいところである。それはともかくとして、ぼくは平日の昼間から撮り溜めていたいた深夜アニメの消化にいそしんでいた。

 日の入りあたりまでアニメを観て、それから適当な飲食チェーン店に赴いて腹を満たす予定。極めて現代的な最後の晩餐である。外出のついでに町の異様な雰囲気を味わうのも楽しみにしている。ぼくは正義感や殊勝さなんて持ち合わせていないから、単に野次馬として楽しむだけである。夜の町で妙な感慨に浸っている人間を尻目に笑ってやろうと思う。お前は虚構に踊らされているのだとあざ笑うのである。

 作品を鑑賞していると時間があっという間に過ぎる。実際はあっともうわーとも言わない。それでも時は無慈悲に歩を進める。今観ているのは『げきだんっ!』という、とある高校の演劇部活動を描いた青春日常ひらがな4文字系アニメであるが、その中のある登場人物のセリフがぼくの印象に強く残った。


「舞台に上がったら、私は私じゃなくなる。そこに立つのは劇中の登場人物。それも私であってほしいのだけれど、残念ながら少しも私じゃない。だけれど色々な人物を演じつづけていくと、なんとなくぼんやりと、ひとつの像がそこに共通していることがわかってくるの。それが、私の思う本当の私なのよ」


 示唆に富んだセリフである。しかし示唆の内容を考えるヒマがこの世界にはもはや残っていない。ぼくは窓越しの風景が薄暗くなりつつあるのを確認して、予定通りに外へ出た。

ぼくの5月19日は、至極いつも通りだった。

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