いつか憧れを現実に
「荘厳ですね」
「うん」
教会と言うと内部はもっと暗いイメージがあったのだが、意外にも窓の面積は大きく光もそれなりに入ってきていた。
所謂バージンロードの両側には木製のベンチ型の椅子が並び、その先には新郎新婦が神父の前で愛を誓うスペース。更にその向こう側には大きな壁の三分の二以上を占める巨大なステンドグラス。
「綺麗……」
通常の目線の高さからはるか天井まで、美園はうっとりとしながら視線を滑らせ、少しほうっとした様子でそう呟いた。
それについては同意だったが、僕は少し別の事を考えていた。
陽光を通して色鮮やかに光るその下で、ウェディングドレス姿の美園と愛を誓う未来を想像してしまう。その時の彼女はどれだけ綺麗に見えるだろうか、きっとそれは僕の想像など遠く及ばないはずだ。
「いいね、ステンドグラスが大きくて、ほんとに綺麗だ」
「はい。実際に見てみると、憧れが強くなりますね」
見上げていた視線を僕に戻し、少しぼうっとしていた自分を省みてか、美園が可愛らしくはにかんだ。
美園にウェディングドレスを着てもらう以上チャペルな事は決定済みだったが、彼女が憧れと言った以上はしっかりとしたチャペルを備えた式場を選ぶ事も必須だ。それを叶えるのが僕の役目なのだから。
「外から見るよりも天井が高く見えませんか?」
「言われてみれば、確かにそうですね」
内部を見回していた僕たちが一段落するのを待ってくれていたらしい大木さんから声がかかる。
天井方向を示す大木さんの手の先を美園と一緒に見上げると、ステンドグラスに意識が行っていた先ほどは気付かなかったが、確かに外から見た時よりも天井が高く見えた。
「ゴシック建築と言いまして、視覚的に天井が高く見えるように作られているんです。詳しい説明は避けますが、窓やステンドグラスを大きく作れるのもこの建築様式のおかげなんです」
「なるほど。確かに鉛直方向の荷重が柱に分散しやすい造りになってますね」
「……お詳しいんですね」
少し驚いたような大木さんに「たまたまです」と答えて改めて内部を見回していると繋いだ美園の手にきゅっと力が込められた。
顔を向けてみると僅かに目を細めた美園が「お部屋に帰ったら教えてください」と優しく笑うので、「喜んで」と返す。
「約束ですよ?」
「ああ、もちろん」
可愛らしく小首を傾げながら差し出された小指は左手のもの。僕の方は空いているのは右手だが、お互いに手首を少し回して小指を絡め合う。初めての時は手を繋いだままではだいぶぎこちなかった行為も今ではお手の物だ。
「いっその事あちらで誓いのキスの練習でもどうですか?」
嬉しそうにふふっと笑った美園と指を絡めたまま見つめ合っていると、苦笑の大木さんが手のひらで前方を示していた。
「やめておきます」
つられて先ほどのスペースに目をやった後で美園と見つめ合うと、彼女はやわらかに微笑んで小さく首を振った。
「実際のお式に感動をとっておきたいですから。魅力的なご提案ですけど」
「素敵な考えだと思います。それがこの場所だともっと素敵なんですけど」
大木さんはわざとらしく商売人の顔を覗かせて笑い、「それでは」と振り返りながら次を手で示す。
チャペル後方には大きな両開きの、暗めな色をした木製の重厚な扉。
「今日入って来る際はゲスト用の通路から来ていただきましたが、こちらが新郎新婦と、新婦様に付き添って下さる方用兼ゲストの方たちの出口です。段差があるので……大丈夫そうですね」
僕たちの繋いだ手に視線をくれながらそう言って男性チーフと二人で扉を開き――以外にあっさり開いたのでそう重くはないらしい――、僕たちを外へと招く。
チャペル内は思ったより明るかったが、それでも屋外は少し眩しい。そう感じたのは白い石畳による反射もあったのかもしれない。
「白いなあ」
「はい。結婚式のイメージそのままですね」
石畳も白、壁も、後ろのチャペルも白。一部壁面に飾られた植物が緑を加えている以外は、全て純白の花嫁に相応しい色。
「空も綺麗」
「うん」
こちらも純白の手をかざし、美園はよく晴れた八月の空を見上げ、僕もそれに倣った。
チャペルの前の広場は壁で覆われているので一面の青空とはいかず切り取られたものではあるが、真っ白な現在地とのコントラストが非常に美しい。しかし――
「雨が降ったら大変そうだね」
「確かに、あまり考えたくはありませんけどそうですね」
辺りを見ながら苦笑した僕に、美園も視線を下ろして同じく苦笑を見せた。
ジューンブライドとはよく聞く話だが、梅雨時では中々上手くいかない事も多そうに思える。この式場以外でも屋外で何かをする事は少なくないだろうし。
「この場所の最大の欠点です。雨さえ止んでくれれば吹き上げて使えるようにするんですけど、残念ながら降ってしまっていると手の施しようがありません」
「最大って事は他にもあるんですか、欠点?」
「雨と同じで気候ですね。夏は暑いですし、冬は寒いです。結婚式という特性上ゲストの方も季節通りの恰好とはいきませんので」
「確かに」
僕も美園も現在半袖。それでも少し暑さを覚えるのだから、少し困った顔をしている大木さんの言う通りなのだろう。
「でもその代わり、空の下、チャペルの前でイベントができますので、フラワーシャワーにブーケプルズ、バルーンリリース。どれもゲストの皆さんに楽しんでいただいています」
「広さも十分ですし、明るいので写真撮影も楽しそうですね」
「ええ。それももちろんですね」
美園と大木さんは結婚式後のイベントについて色々と話して盛り上がっている。僕個人としては美園が喜んでくれれば何でもいいと思っていたが、それではダメだと言われているし、何より一緒に楽しみたいと思う。
だから「ブーケプルズって何?」とこっそり美園に尋ねてみた。
「もう。大木さんに質問すればいいじゃないですか」
呆れた風に言いながらも、美園はどこか嬉しそうだ。
「ブーケトスの亜種です。花嫁が投げた物を受け取るのではなく、紐の先に結ばれたブーケを使ったくじ引きのようなものです」
「へえ。ブーケトスじゃダメなの?」
「最近はあまりしないそうですね。せっかくのブーケが地面に落ちてしまうケースもありますし、女性にとっては色々と複雑なので」
どこか曖昧な表情でそう締めくくった美園に、「美園も?」と尋ねてみれば、彼女は首を横に振ってふわりと髪を揺らした。
「私にブーケは必要ありませんので。お相手が決まっていますから」
「ああ、確かに」
優しい微笑みでチャペル前の広場を見つめる美園に頷いて返せば、彼女は「でしょう?」と顔を綻ばせた。
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